第52話 王都の神殿
目の前に広がる景色に、アイラは思わず声を失った。
穢れなど一切存在しないと言わんばかりに、染みひとつない真っ白な神殿が、これまで彼女が見てきたどの町の神殿よりもまばゆく光り輝いている。
大きく開かれた門の扉は、人の背丈をはるかに超え、数人がかりでなければ動かせなさそうなほど重厚だった。
「おい、アイラ。口、開いてるぞ。セト、お前もな」
アルゴの声に、二人ははっとして視線を逸らす。
王都に侵入してから数日。
影たちが追ってくる様子もないことから、ルードの提案で、アイラとセトに地理感覚を掴ませるため、こうして外を歩いていたのだった。
初めて目にする王都は想像以上に広く、通りには大勢の人々が忙しなく行き交っている。
そしてやはり――ハイバの町と同じように、“神の涙”はここでも深く根を張っているようだった。
多くの市民から、複数の糸が絡み合うように伸びているのが、嫌でも目に入る。
目の前に見える神殿からも、無数の糸が空へと伸びていた。
神官の数も多いのだろうが、それ以上に余命わずかな人々が“神の涙の材料”となるため、この場所へ集められているのだと、容易に想像できてしまう。
そんなふうに神殿の外観を見つめながら、アイラがその内側にいるであろう人々へ思いを巡らせていると――ふと、他とは明らかに違う一本の糸が、神殿から伸びていることに気づいた。
太く、力強く、まるで宝石のように澄んだ輝きを放つ糸。それは周囲の糸を圧倒するほど、はっきりと存在を主張していた。
「アイラちゃん、どうしたの?」
「……すごい糸を持ってる人がいる。神官の人かな」
「ふむ。僕には糸が見えないから断定はできないけど……神子か、ここの神殿の神官長あたりじゃないかな」
「……神子」
テトラの町の衣服屋で、神官たちが囁いていた存在。アルゴの話では、それはまだ子供だという。
神に最も近い存在――そう呼ばれる者だからこそ、他の誰とも違う糸を持っているのだろうか。
アイラは、その一本の糸から、なぜか目を離すことができずにいた。
「俺は少し近づいて様子をみてくる」
「あ!私も行く!」
アルゴとアイラはローブを深く被り直すと、辺りを気にしながら白い建物へと近づいていく、ルードはセトとともに二人の背中を見送った。
*****
アイラとアルゴは神殿を見渡しながら、侵入できそうな場所を探って歩く。建物は圧倒されるほど大きいが、外部と繋がる扉の数は意外なほど少ない。
どこも人の目が行き届いており、容易に忍び込めるような隙は見当たらなかった。
「……王都には、こんな形で来たくなかったな」
大通りを堂々と歩き、食堂に立ち寄り、気ままに街を眺めて回る。
アイラが思い描いていたのは、そんなごく普通の観光だった。しかし現実はそうではなく、彼女は小さく愚痴をこぼす。
けれど、役目を背負ったままでは、ミリアの町から出ることすらできなかったはずだ。今こうして王都に来られたのは、この境遇になったからこそ。
そう考えれば仕方がないと、アイラは自分に言い聞かせていた。
「王都なんて、でかいだけだ。他の町と変わらないぞ」
生まれも育ちも王都であるアルゴにとって、この煌びやかな街並みは、幼い頃から見慣れた日常にすぎない。その言葉に、アイラはわずかに眉を上げて彼を見つめた。
同じ景色を見ていても、感じ方はまるで違う。それを説明しても、たぶん無駄だ。
なのでアイラは口を開きかけて、やめる。
まあ、いいか、と心の中で区切りをつけ、ため息ともつかない息を吐いた。
「おい、こっち来てみろ」
少し先を歩いていたアルゴが、何かに気づいたのか足を止め、下のほうにしゃがみ込んでアイラを手招きした。
近づいてみると、雑草に覆われるようにして、汚れでくすんだ小さな窓がひとつ、壁の下部に埋もれている。
どこもかしこも磨き上げられた神殿の外観とは不釣り合いなほど、長いあいだ手入れされていない様子だ。使われていない地下室か、それとも――人目につかない場所を選んで残された何かなのか。
「中、見えるかな?」
アイラは自分の服の裾を引き寄せ、窓ガラスに押し当てるようにして擦った。
白くこびりついていた雨染みと埃がわずかに落ち、ぼんやりとだが中の様子が覗けるようになる。
「……倉庫か、何かか?」
「うん。中、いっぱい物が積み上げられてる」




