第51話 会議
翌朝、アイラが目を覚まして部屋を出ると、居間ではルードが机の上に王都の地図を広げ、アルゴと頭を突き合わせていた。
その光景はまるで、国を攻め落とすための参謀会議のようだ。
セトの姿はまだ見当たらない。
昨夜はすぐに眠りについたものの、眠ったのが明け方近くだったため、今も夢の中なのだろう。
「アイラちゃん、おはよー」
「二人とも、もう起きてたんだね」
地図を見つめるアルゴとルードの顔には、疲れの色はほとんど見えない。
アイラは自分の少し寝癖のついた髪を手早く整えると、二人の隣に立ち、机の上に広げられた地図へと視線を落とした。
「ここの建物が神殿で、それからここが王城……で、ここが今、僕たちがいる場所ね?」
ルードは指を滑らせながら、アイラにもわかるようにそれぞれの位置を示していく。
神殿と王城は思ったよりも近く、互いに目と鼻の先と言っていい距離にあった。一方、今いるルードの隠れ家は、そこからずっと南、王都の入り口門にほど近い場所にある。
「侵入者がいるとなれば、王城も神殿も警戒は相当厳重だろうな」
「そうだねー。だから、計画はちゃんと練らなきゃ。《《頼りにしてた魔術師》》も、尻尾を丸めて逃げちゃったし」
その言葉に、アイラはあっ、と声を上げた。
認識阻害の魔法が施されたローブは、昨夜あの金髪の幼馴染が用意したものだとルードは言っていた。
つまり、あの男が魔術師だったということなのだ。
「あの男は、何をそんなに気にしてるんだ? 瞳の色くらいで、あそこまで騒ぐほどのものか?」
アルゴの問いかけに、ルードはすぐには答えなかった。一瞬だけ視線を落とし、まるで遠い記憶の底を探るように、唇を引き結ぶ。
やがて、胸の奥に溜まったものを押し込めるように、深く息を吐いた。
「僕はずっと、あいつのそばで見てきたからさ。……ケインが逃げたくなる気持ち、わからなくもないんだ」
ルードは一度言葉を切り、静かに息を吐いた。
「あいつは、ずっと恐怖の中で育ってきた。そして役目から解放されて、ようやく——それが“恐怖だった”ってことに気づいたんだ」
それだけを、ぽつりと落とす。
いつもの軽口も、曖昧な笑みもない。
感情を表に出さないよう意識しているのが、かえって痛いほど伝わってきた。
アイラも、役目から解放されてようやく両親の死を悲しいものだと感じられるようになったように、きっと彼——ケインも、自分の置かれた状況に初めて恐怖を覚えてしまったのだろう。
——どうして、自分たちだけが楽園の外へ放り出されてしまったのだろう。糸に繋がれたまま、何も感じず、何もわからないまま、ただひたすら自分の役目を全うするほうが、もしかしたら幸せだったのかもしれない。
神は、何のためにこんな悪戯をしかけたのか。
その答えはきっと与えられず、私たちは大きな力を前にしてもがき続けなければならないのだろう、とアイラは思わずにはいられなかった。
「ま、彼のことは気にしなくていいよ。そんなに悪いやつじゃないし、もしかしたら気が変わるかもしれないしさ」
ルードはそう言うと、地図の上で神殿を指で数回軽く叩いた。
「とりあえず今は、やれることをやろう。神の涙に囚われた魂を解放してあげるんでしょ?」
そう言いながら、アイラを見つめ片目を閉じる仕草をすると、先ほどのことがまるでなかったかのように軽く微笑んだ。
アイラはその微笑みに、一瞬心がほぐれるのを感じたものの、答えの出ない疑問はまだ心の奥に残っている。
すべてを理解できるわけではない。それでも、この不安や疑問と向き合いながら、決して立ち止まらずに前へ進まなければならない――そう心の奥で覚悟し、自然と、彼女の視線は神殿の位置が示された地図へと向かっていく。
「神の涙は、存在させてはいけない……。まずは王都にある神の涙の中から、囚われた魂を解放する。それから、これから神の涙の材料になろうとしている人たちの糸も、切らなくちゃ」
ルードは微かに笑みを浮かべながらも、視線は鋭く地図の一点に注がれている。
アルゴも、普段の面倒くさそうな態度は影を潜め、無言で頷いた。
「よし、作戦を組み立てよう!」




