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誰もが役目を放棄した世界で  作者: ソニエッタ


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第4話 ケール町

元・聖剣案内人の少女、アイラが生まれ育ったミリア町を出てから数日、二人は隣領ケール町へたどり着いた。


「す、すごい!ミリア町からそんなに離れてないのに……雰囲気が全然違う!」


「そうか? ここで驚いているようじゃ、王都に行ったら腰を抜かすぞ」




ケールの町並みは石造りの家々が並び、道端の露店には煌びやかな装飾品が並んでいる。


町の空気そのものが、どこか華やかで落ち着かない。




「なんというか……豪華っていうか、お金持ちそうな町!」


「この領は鉱山をいくつも所有している。だから潤ってるんだ」


「へぇ……アルゴ詳しいんだね」


「勇者と旅に出る前に、一通り国の地理は頭に入れておいた」




その言葉に少女は小さく笑みを浮かべたが、すぐに胸の奥に奇妙なざわめきを感じた。


「……前までは、隣領のことなんて気にも留めなかったの。知りたいとも思わなかった。

私の世界はミリア町と……聖剣のことだけ。疑問も持たずに、それが全てだった」




言葉を吐き出したあと、彼女は自嘲気味に笑った。


「今思うと、すごく奇妙だよね」




アルゴは腕を組み、町の人々の賑わいを眺めながら静かに言う。


「まあな。俺たち以外は、今もまだその“奇妙さ”の中で生きている」


「……ねぇ、呪われたりしないよね? 神様とかに背いた罰とかで!」



慌ててアルゴの腕をつかむと、彼は顔をそむけ、わざとらしく咳払いをした。


「心配なら聖剣を引っこ抜いて、その呪いごと斬り捨ててやればいい」


少女は思わず吹き出し、アルゴも堪えきれず口元を緩めた。


二人の笑い声は、町の喧騒に紛れて消えていった。




――その日の宿は、町外れの宿屋に決めた。


勇者たちの耳に入らないよう、目立たない場所を選んだのだ。


「うちのご飯は町一番だよ!」


宿の主人に勧められ、併設された食堂へ入ると、昼時の店内は活気で溢れていた。


「二名様ですね? ご宿泊の方ですか?」


「ああ、今日からだ」


接客に立っていたのは、宿の女将によく似た少女だった。

笑顔を絶やさず、忙しなく客をさばいている。




「うわぁ……美味しい!」


「野宿続きだった分、余計にな」


感激している二人に気づいたのか、先ほどの少女が足を止めて、微笑みながら声をかける。


「旅のお客さんですか? どちらから?」



アイラは一瞬、言葉を詰まらせる。口を開こうとして、視線を泳がせた。


「王都からだ」


迷いの気配を悟ったのか、アルゴがすぐに口を挟む。その声音は揺るぎなく、何の疑いも抱かせないほど自然だ。


「まぁ! お祭りの時期は王都からのお客さんが増えるんです。うちは家族四人でやってるから、てんてこ舞いですけどね!」


「へぇ……お祭り!すごく楽しそう!」


アイラは両手を合わせるようにして、少女に身を乗り出した。


「そうだ! せっかくお世話になるんだし……お名前、聞いてもいいですか?」



「……?」


彼女は首を傾げ、不思議そうに答える。


「私は“若女将”って呼ばれてます。それで十分じゃないですか?」


まるで名前という概念が初めから存在しないかのように、彼女は自然にそう言った。


アイラは慌てて取り繕った。


「……そ、そうなんですね。若女将さん、ありがとうございました。お祭りの話、また今度聞かせてくださいね」




彼女が去ったあと、アイラは小さく息を吐く。


「ねぇ、アルゴ。あなたは……自分の名前をいつ意識した?」




アルゴは顎に手をやり、少し考え込んだ。


「……言われてみれば、初めてお前に名乗った時だな。親がつけてはいたが……誰も呼ばない。俺も口にしない。あっても、ないのと同じだった」


「……私も」


アイラの声は小さく震えていた。


「名前があるのに……誰にも呼ばれなくて、呼んでもらおうとも思わなくて……。そうやって過ごしてきた日々を思い返すと、まるで夢みたい。私、本当に存在してたのかなって」




アルゴは少しの沈黙のあと、低く応えた。


「存在してなかったのは……“役目に縛られてた自分”のほうだ」




アイラがはっと顔を上げる。

アルゴは目を細めると、淡々と続けた。


「役目を果たすための案内人。役目を果たすための騎士。……そんなものは、ただの紛い物だ。俺たち自身じゃない」


「……紛い物」


その言葉を反芻すると、胸の奥に冷たいものがすっと走る。



アルゴはふっと視線を空いたグラスに向けた。


「だから俺たちは今ここにいる。本物の自分を探すために」




アイラはうまく返事ができず、ただ小さくうなずく。


心の中にまだ残る違和感は消えなかったけれど、隣に同じ思いを抱えた人がいる——

その事実だけが、彼女を支えていた。


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