第47話 絆
ルードの馬車は、綺麗に舗装された石畳の道を進んでいくと、不規則だった揺れは次第に整い、車輪の音も軽やかに変わった。道が整備されるにつれて、行き交う馬車の数が増えていく。
商人の馬車、荷を積んだ行商人、歩いて王都を目指す者たち。すれ違う人々の服装も、少しずつ上等になっていくのが分かった。
人の流れが濃くなるほど、空気が変わっていく。
騒がしさの中に、秩序がある。
この先に、この国の中心があるのだと、嫌でも実感させられた。
遠く、かすかに見える城壁の影。
まだはっきりとは見えないそれが、確かに王都の存在を告げていた。
休憩がてら道を外れ、草原に馬車を停める。それぞれが荷台から降り、凝り固まった体を伸ばした。
馬たちは手綱を緩めると、待っていましたと言わんばかりに草を食み始める。
青々とした草を美味しそうにほおばるその様子だけが、のどかだった。
「王都に入るには、検問があるんだ」
ルードは御者席から降り、肩を回しながら三人のもとへ歩いてくる。
「まずは、そこをどうにかしないとね」
アイラとアルゴは指名手配中。
セトは隣国からの侵入者。
ルード自身も、神殿関係で表沙汰にはできない事情を抱えているようなので、正面から通るなど、捕まりに行くようなものだ。
「潜り込むとしたら夜だな」
「そうだねー、僕もそれ考えてたとこ」
ルードは王都に長く住んでいたことがあり、アルゴは王都出身だ。王都の地理を思い浮かべているのか、地面に指で大まかな形を描きながら話し始める。
「東門は人の出入りが多すぎる。検問も厳しい」
「西は神殿関係者専用の通路が多いから論外」
「北は貴族区画だろ? 夜でも巡回が多い」
「となると……」
「南だな。下層街に近い門。見張りはいるけど、形式的だ」
「だね、魔道具で錯覚を見せて中に入ろう」
あーでもない、こーでもないと、侵入経路の話が続いていく。二人のやり取りは慣れていて、まるで前から何度も同じ話をしてきたかのようだった。
その様子を、アイラとセトは少し離れた場所から見つめていた。
――王都。
神殿の総本山があり、この《《世界》》の歯車が最も密に噛み合っている場所。
そこへ、自分たちは《《異物》》として足を踏み入れようとしている。
アイラは、隣に座るセトをそっと見つめた。
これから先、状況はさらに危険になるだろう。
果たしてセトを王都へ連れて行くことは、本当に正しい選択なのだろうか?そんな思いが頭をよぎる。
セトはアイラの視線に気づいたのか、少しだけ身体を寄せ、小さな声で話し始めた。
「僕の父ちゃんと母ちゃん、戦争で死んだんだ。それで……叔母さんの家に預けられてさ、いっぱい働いたよ。でも……ご飯、あんまりもらえなくて」
言葉を探すように、一度息を吸う。
「……だから、逃げてきたんだ」
「……そうだったんだ……」
アイラは、それ以上言葉を継げなかった。
セトは、平和に憧れてこの国に来たと言っていた。だが、自分たちはその平和を揺るがす側かもしれない。
その不安を見透かしたように、セトは続ける。
「アイラたちが、なにをしようとしてるのか、正直よくわからない」
セトは小さく笑った。
「でもね、僕、わかったんだ。僕が本当に欲しかったのは、ご飯とか、平和とかじゃなくて、一緒にいてくれる人だったんだって」
その一言が静かに、アイラの胸を締めつけた。
まだ、自分たちのやろうとしていることが正しいのかは分からない。
この先に待つものが、救いなのか、さらなる混乱なのかも。それでも、この旅が、誰かにとっての居場所になり始めていること。そしてアイラ自身にとっても、同じであることだけは確かだった。
セトの言葉が途切れ、しばし沈黙が落ちる。
その空気を破ったのは、アルゴの間の抜けた声だった。
「……なんだ? 二人して、急に辛気臭え顔して」
アルゴとルードは、話がまとまったのか、いつの間にかこちらを見ていた。
「腹でも痛いのか?」
「ちがうよ」
セトは小さく首を振る。
「なになに? 僕、なんか聞き逃した?」
ルードも地図を畳みながら、深く追及する様子もなく、いつもの調子で笑った。
「ま、いいや。もう少し休んだら動こう」
「だな」
アルゴは興味を失ったように視線を戻し、セトは小さく肩をすくめる。
だが、その何気ないやり取りが、かえって胸を温めた。
説明しなくてもいい。
すべてを共有しなくても、ここにいていい。
アイラは三人を見て微笑むと、その向こうに待つものを思いながら、遠くに見える城壁を見つめた。
王都は、もう、すぐそこだ。




