第46話 手配書
アイラはローブのフードを深くかぶり、視線を落としたまま屋台広場を突き進んでいた。
胸の内では、“神から見放された者たち”のことが離れずに渦巻いている。
どんな人々なのか、何人いるのか――それすら分からない。
ただ、百年以上もの間、今に至るまで神殿と対峙し続けてきたという事実だけがある。
それは、どんな思いを抱えてのことなのだろうか。
もしかしたら、始まりはアイラたちと同じだったのかもしれない。
この《《世界》》を変えたいと、疑問を抱き、声を上げようとした者たち。
だが、抗うにはあまりにも大きすぎる敵の存在を知り、それでもなお諦めきれず、自分たちなりのやり方で、もがき続けている――
そんな姿が、ふと脳裏をよぎった。
アイラがそんなことを考えていると、
少し前を歩くアルゴの気の抜けた声が聞こえてきた。気になって顔を上げた瞬間、立ち止まっていたアルゴの背中に、そのまま顔をぶつけてしまう。
「……これ、俺か? ……あ、アイラもいるぞ」
ぶつけた鼻をさすりながら、アイラはアルゴの視線の先を追った。
そこには、男女の顔が描かれた手配書が、家の壁や店先に、隙間なく貼られている。
アルゴはそのうちの一枚を壁から剥がし、まるで他人事のように読み上げた。
「『魔王討伐に対する妨害』か。まあ、確かに妨害と言われれば、そうだな」
「この国で手配書に載る初めての人間じゃない?記念に一枚もらっておいたらいいよ」
アイラは手配書に描かれた自分の顔を見つめ、ミリアの町でほんの数度言葉を交わしただけの黒髪の青年——勇者のことを思い浮かべた。
今頃、どうしているのだろうか。
アイラのせいで、彼の役目は宙ぶらりんになっているだろう。
勇者としての役目を果たせない彼は、
いま、どんな気持ちでこの《《世界》》を過ごしているのだろうか。
「あの勇者さん……今頃、どうしてるんだろ」
ぽつりとこぼれた呟きを、ルードは聞き逃さなかったらしい。
彼は笑いをこらえるようにしながら、言った。
「ああ、彼ならね。ミリアの町で待ってるみたいだよ。本当に、役目に縛られてる人たちって、融通がきかないよね」
アイラは、行き交う人々に目を向けた。
ここに生きる人々は、一人ひとりが歯車のようだ。
すべてが正確に噛み合い、動くことで、この《《世界》》は機能している。
たとえ自分が、取るに足らないちっぽけな存在でも、その歯車がひとつ欠けるだけで、他の歯車は、簡単に止まってしまう。
「本当の勇者なら、聖剣がなくても魔王討伐に行けって話だ」
つい数か月前まで共に旅をしていた仲間だというのに、アルゴの口ぶりには、まるで赤の他人を評するような距離があった。
彼は勇者という存在そのものに、もうほとんど興味を示していないようだった。
アイラは返事をせず、手配書に描かれた自分の顔から、そっと視線を外す。
その時ふと、人の流れの隙間から、こちらを見ている視線に気づく。
フードを深く被った人物。
男か女かも分からない。
ただ、確かに――こちらを見ていた。
目が合った、と思った次の瞬間、その人物は何事もなかったかのように人混みに紛れて消える。
「……今、見た?」
「アイラちゃんどうしたの?」
「こっちをみている気がしたの」
アルゴが即座に周囲を見渡すが、怪しい影はもうない。
「影か?そろそろこの町を出た方がよさそうだな」
刺すような気配はなかった。
追ってくる様子もない。
ただ、探るような、確かめるような視線だった。
「……行こう」
アイラはそう言って、もう一度フードを深く被り直す。
四人は視線を交わし、
言葉少なに、屋台広場を後にした。




