第44話 レギルの町と神殿
「あれか。……真っ黒だなぁ」
ルードの気の抜けた声が、本来なら神殿がそびえていたはずの広場に虚しく響いた。
王都へ向かう街道の西側、小さな町――レギル。
数日前に放火された神殿は、無残な黒焦げの骸となって残されており、今なお焦げた匂いが周囲に漂っている。
ルードはその焼け跡を前に、熱心に、まるで調査でもするかのように視線を巡らせていた。
「おい。あんまり目立つ行動はするなよ」
アルゴは低くそう言うと、アイラとセトに目配せをする。三人はルードを残し、その場を離れた。
「ルードを一人にしちゃって、大丈夫だったかな……?」
不安げに眉を下げるアイラに、アルゴは視線すら向けなかった。まるでルードのことなど最初から気にも留めていないかのように、淡々と歩みを進めていく。
「大丈夫だろ。そもそも、あいつがそうしろって言ったぞ?」
この町に来たことがあるのか、すでに目的地が決まっているようで、アルゴは迷いのない足取りで先導した。
少し歩くと、人の賑わいが集まる一角へ出る。その場所は屋台が軒を連ね、焼き物や煮込みの香ばしい匂いが辺りを満たしていた。
アイラは、いつもの癖で人々へと視線を走らせる。
見える――人から空へ伸びる、細い金の糸。
この町にも神の涙は広がっているらしい。何本もの複数の糸を持つ者が、ちらほらと目に入った。
ハイバの町のように常用している者は少ないが、安息の地へ行くことができなかった魂を思うと、アイラの胸の奥がきゅっと締め付けられる。
「……」
「おい、お前らも好きなもん食えよ」
アルゴは足を止め、ちらりと振り返る。
「俺は肉を食う」
それだけ言い残すと、香ばしい匂いを漂わせる屋台の方へ、さっさと歩いて行ってしまった。
「あんなに毎日肉ばっかり食べてたのに、まだ食べるの?!」
「僕は野菜がいいな……」
「同じく……」
小さく頷き合い、アイラとセトは顔を見合わせた。
******
黒く焼け落ちた神殿の前で、ルードは一人、ゆっくりと視線を巡らせていた。
柱は途中で崩れ、床石は無残にひび割れ、煤が幾重にもこびりついており、その有様は激しい炎を物語っていた。
「……魔法でやったな。しかも、結構な使い手か?」
独り言のように呟き、ルードは焼け跡の中へ一歩踏み込むと、靴底が灰を踏みしめ、乾いた音が静寂に響いた。
ふと、足を止める。
焼け焦げた床の中で、神殿の中心に近い一角だけ、明らかに被害が少ない。
ここだけなんらかの理由で炎が回らなかったのだろう。
――おそらく、そこは祭壇が置かれていた場所。
「ここだけ火が通ってない……」
ルードはしゃがみ込み、顎に指を当てて小さく首を傾げる。
「もしかして、神の涙でも作ってたのかな」
誰に言うでもなく、そう呟いた――そのときだった。
「……あんた、よそ者か?」
背後から声がかかる。
低く、警戒を含んだ声音。
振り返ると、神殿跡の縁に年配の男が立っていた。
年の割に背筋が伸び、立ち方に無駄がない。町の者……にしては、どこか整いすぎている。
「ああ。通りすがりの商人さ」
ルードは立ち上がり、いつもの軽い調子で肩をすくめる。
「ここ、派手にやられたな。犯人はもう捕まった?」
ルードの問いかけに、男は鼻で小さく笑った。
だが、その仕草は妙に作為的で、感情が遅れている。
「そんなわけあるか。夜中だったからな、証拠も残っちゃいねぇ」
わずかに目を細め、ルードの反応を量るように視線を走らせる。
「町を出たって話もあるし……まだ潜んでるって噂もある。どっちにせよ、よそ者が首を突っ込む話じゃない」
そう言いながら、ルードの仕草を真似るように、
わざとらしく肩をすくめる。
忠告の形を取った、牽制。
「命が惜しけりゃ、深入りしねぇことだ」
その言葉に、ルードは困ったように笑った。
「へぇ、優しいな。初対面のよそ者にそこまで言ってくれるとは」
ルードは軽口を叩きつつも、視線は老人から外さない。
老人の呼吸、重心、指先の動き――どれも、町の年寄りのそれじゃない。
互いに、どこまで踏み込むかを量り合っているようだった。
「ま、忠告ありがと」
ルードは手をひらひらと振り、踵を返す。
「命は大事にするよ。……できるだけね」




