第43話 青い鳥
アイラたち一行は、王都を目指してひたすら街道を進んでいた。
町に立ち寄って宿屋で休めないのは、正直なところ身体に堪える。だが、ルードの馬車で休める分、野宿よりは遥かにましだった。
いつ影に襲われるかわからない以上、油断はできない。
それでも森の近くを通ると、アルゴとルードが狩りに出てくれるおかげで、食べ物に困ることはなかった。
「ねえ、アイラ。これ、食べられるやつだよ」
焚き火の準備をしていたアイラに、セトが得意げな声をかける。
彼が指さしたのは、木の根元に群生するきのこだった。
「本当だ。よく分かったね」
ここのところ肉続きで胃が重くなっていたところだ。きのこのスープを思い浮かべ、アイラは自然と頬を緩めた。
セトの頭を撫でると、彼はくすぐったそうに肩をすくめながらも、どこか誇らしげな顔をする。
調子づいたのか、そのあとも次々ときのこを見つけて回っていた。
やがて、数匹の獣を担いだアルゴとルードが戻ってくる。
「捌くぞ。ルード、そっち頼む」
アルゴはナイフを取り出し、慣れた手つきで獣に向き合った。
この旅で、何度も見てきた光景だ。
最初は戸惑っていたルードも、アルゴの的確な指示のおかげで、ずいぶん手際が良くなっている。
焚き火のそばには、きのこのスープと焼けた肉の香ばしい匂いが立ち込める。
それを囲む、頼れる仲間たち。
旅に出てから、危険なことばかりだった。
けれど、この穏やかなひとときは、アイラが役目を放棄しなければ、決して得られなかった時間だ。
――そう思った、そのときだった。
「……あ」
ルードが、肉の焼き加減を確かめていた手を止める。
視線の先。
青空を切るように、小さな影が弧を描いて近づいてきた。
「青い鳥!」
セトが声を弾ませる。
鳥は迷うことなく焚き火のそばへ降り立ち、ルードの肩にちょこんと留まった。
透き通るような青い羽。首元には、細い糸で括られた小さな金属片。
「……来たかぁ」
ルードはめんどくさそうに呟き、鳥の脚に結ばれた紙片を外す。
一読すると、軽く息を吐いた。
「どうした?」
アルゴが低く問いかける。
「近くの小さな町で、神殿が放火されたらしい」
その言葉に、焚き火を囲む空気が一瞬で張り詰めた。
「被害は?」
「建物だけ。死人は出てないみたい」
紙片を畳みながら、ルードは続ける。
「それでさ……送り主が『一度、現地を見てほしい』って」
――神殿の放火。
秩序が保たれているこの鳥籠のような《《世界》》で、そんなことをする者など、想像し難い。
同じ疑問を抱いたのか、アイラ、アルゴ、二人は顔を見合わせた。
「その送り主って、誰なんだ」
「僕の幼馴染だよ。時々こんなふうに連絡がくるんだ」
そう言って、ルードは思い出したように付け加える。
「あ!もちろん彼も僕たちのような気がついてる側ね。僕たちは同じ林檎を食べたんだ。ちなみに、君たちが着てるそのローブも、彼からもらったものだよ」
「……信用できる相手ってことか」
アルゴはそう言いながらも、眉を寄せる。
「だが、神殿絡みの事件現場に行くのは危険すぎる。影に捕まりに行くようなものじゃないか?」
ルードは少し考え込み、やがて読めない笑みを浮かべた。
「いや、今は犯人の確保が最優先だと思う。役目に縛られてる連中は融通が利かないからね。僕たちは後回しになるはずさ、見つかってもアイラちゃんになんとかしてもらおう! 」
「……そうだといいが」
ルードは笑みを消し、真剣な表情で三人を見渡した。
「正体は分からないけど昔から時々あるんだよ、神殿を狙う事件。放火も初めてじゃないしね。神殿側は“神に見放された者”の仕業だって言ってる」
「でも、そんなことができるってことは……」
アイラの言葉を、アルゴが静かに引き取った。
「役目から解放されてない限り、無理だろうな」
神殿を攻撃する――それは、この国の在り方を少なからず知っているということだ。
どんな方法であれ、神殿が行ってきたことに疑問を持ち、立ち向かおうとしている者たちなのかもしれない。
その考えに至った瞬間、アイラの胸が高鳴った。
無意識のうちに、視線が上がる。
「もしかしたら……」
だが、その表情を見逃さなかったルードが、すぐに口を開いた。
「仲間だと思うのは、まだ早いよ」
柔らかな口調とは裏腹に、言葉ははっきりとしていた。
「彼らは、僕らが生まれる前から存在している。でもね、足取りはまったく掴めないんだ。影たちだって、当然追ってるはずだ。それでも捕まらない。つまり――」
言葉を区切り、ルードは静かに結論を落とした。
「僕らが思ってるほど、単純な相手じゃないってことさ」
希望と警戒が、同時にアイラの中でせめぎ合う。
それでも、小さな光が消えずに揺れているのを、アイラは否定できなかった。




