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誰もが役目を放棄した世界で  作者: ソニエッタ


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第42話 セトの選択

 規則正しい揺れに身を委ねながら、アイラはゆっくりと目を覚ました。


どれくらい意識を失っていたのだろう。

鉱山で倒れたときは、二日も眠り続けていた。

もしかしたら、今回もそれくらい経っているのかもしれない。

そんなことを考えながら重たい瞼を開くと、すぐ隣に腰掛けて外を眺めていたセトと目が合った。

アイラの意識が戻ったと分かった瞬間、彼はほっとしたように眉を下げる。


「……私、どれくらい気を失ってた?」


「一刻くらいだな」


答えたのはアルゴだった。

剣を膝に乗せ、刃を磨きながら、ちらりとこちらを見る。


前は二日も眠っていたのに、一刻で目を覚ました。

それは、力を使いこなせるようになってきている証なのだろうか。


「お、アイラちゃんお目覚めだね」


御者台からルードが振り返り、軽い調子で続ける。


「影は追ってきてないみたいだから、ひとまず安心していいよ」


その言葉に、アイラは胸を撫で下ろした。

だが、安堵と同時に、先ほどの出来事が脳裏をよぎる。


「《《影》》って、魔法か何かで、あらゆる影に潜めるってことよね?」


もしそうなら、この国には逃げ場がない。

建物の影、木々の影、人の影—どこにでも、潜める場所はある。


「この国、影なんていくらでもあるじゃない?それなのに……どうやって、私たちを見つけ出すの?」



誰も答えられないでいるとやがて、ルードが顎に指を当て、考え込むように視線を宙へ泳がせる。


「たぶんだけどさ……目印みたいなものがないと無理だと思うんだよね」


「目印?」


「うん。そうじゃなきゃ、夜なんて特に無理でしょ。暗闇なんて、どこもかしこも影だらけなんだから」


「そうなら、俺らが認識阻害ローブを着てたところで奴らには関係なく見つかるってことになるだろ」


確かにそうだ。

だが、影が無数にある中で特定の“獲物”だけを追えるはずがない。

つい最近、その存在を知ったばかりだ。

影に属する者の仕組みも、役割も、まだ何一つ分かっていない。


レーネがいれば、何かを教えてくれたかもしれない。だが、彼女は今回も、アイラたちに加わることを選ばなかった。


セトは不安そうに、自分の手や足を持ち上げては、何度も確かめるように見回していた。

袖口の裏、靴の底、指の間。

だが、目に見えるような印や傷は、どこにもない。

それでも、彼は落ち着かない様子で、何かが“ついている”気がしてならないようだった。


「まあさ、今追ってきてないってことは――アイラちゃんの光で、印ごと消えちゃったのかもね。

だったら、考えても仕方ないし、王都に向かおうよ」


「……どれくらい、かかる?」


アイラの問いに、ルードは一瞬視線を宙に泳がせ、うーんと唸るように首を傾げた。


「そうだなぁ……一直線なら、一週間ってとこかな」


王都。

アイラは、これまで一度も足を踏み入れたことがない。


この国の中心にして、神殿の総本山。


そこへ行けば、アイラが抱えてきた疑問のいくつかは、形を持って答えを見せるかもしれない。

役目は誰が、何のために定めているのか。

そして、糸とは、本当は何なのか。


人口が多い王都では、神の涙の材料となる魂も、ハイバの町よりはるかに集まりやすいはずだ。

実際、あの町と同じように――あるいはそれ以上に、生成は日常的に行われているのだろう。


だが同時に、王都は危険でもある。


神殿の目。

影の手。


どれもが、地方の町とは比べものにならないほど濃く、深く張り巡らされているに違いない。


(そんな場所に……)


アイラの視線が、無意識のうちにセトへ向く。


まだ子供だ。

戦う力も、逃げる術も、選ぶ自由さえ十分には持っていない。


自分たちの目的のために、そんな彼を王都へ連れて行ってしまっていいのだろうか。

危険だと分かっている場所へ、引きずり込むことにならないか。

迷いが、胸の奥に静かに広がっていく。



アルゴは、アイラの視線がセトへ向いていることに気づいたのだろう。

彼女が口を開くより先に、低く、はっきりと告げた。


「おい、セト」


名を呼ばれ、セトはびくりと肩を震わせる。


「俺たちは、これからもっと命を狙われる場所に行く。さっきまでとは比べものにならねぇ」


馬車の揺れの中、アルゴの声だけがやけに重く響いた。一拍置き、言葉を選ぶように続ける。


「お前がいれば、危険は増えるし、守れるかわからねぇ。正直、足手纏いだ」


アルゴの視線は、セトから逸らされない。

脅しでも、試しでもない。

ただの現実だった。


「だから聞く。怖いなら、国境まで戻る。

この国から逃がすこともできる。どっちを選ぶかは、お前が決めろ」


沈黙が落ちる。


馬の蹄の音と、車輪の軋む音だけが、間を埋めていた。セトは一度、膝の上で握った手を見つめ、

それから、ゆっくりと顔を上げた。


その目には、確かに怯えがあった。

だが、それ以上に揺るがないものが宿っていた。


「……怖いよ。想像してた国と違かったし」


小さな声だった。

それでも、視線は逸らさない。


「でもさ」


セトは、ぎゅっと唇を噛みしめてから、続けた。


「僕の国の帰ったところで結局一人だもん」


その言葉に、誰もすぐには答えられなかった。


「それなら僕はみんなと一緒にいたい」


震える声で、けれど、はっきりと。

セトはアイラを見た。助けを求める目ではなく、

並ぶことを選んだ目で。


「みんなと行きたい」



アルゴは、しばらくセトを見つめてから、短く息を吐いた。


「……覚悟はあるって顔だな。後悔すんなよ」


アイラは、胸の奥が熱くなるのを感じながら、セトの肩にそっと手を置いた。



馬車は王都へ向かって、

それぞれが選んだ覚悟を乗せて、走り続けていた。


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