第41話 逃走
四人は全速力で町を突き抜け、ようやくルードの馬車へと辿り着いた。
息を切らしたまま荷台に身を預ける。
胸の奥で心臓が暴れ、脚はまだ震えていた。
「……ローブ、着けてたのに」
アイラは肩を上下させながら、かすれた声で呟く。
「どうして、私たちだって分かったんだろう……」
「だよね」
ルードもフードを外し、乱れた呼吸のまま首を傾げた。
「このローブ、認識阻害としてはかなり強力なはずなんだけどな」
指先で布地を摘み、確かめるように視線を落とす。
「普通の兵や神官なら、気配すら掴めないのに……」
その言葉を遮るように、低い女の声が響いた。
「今回は、あなたたちじゃないわ。その子供よ」
ぞくり、と空気が冷える。
馬車の前に、いつの間にか女が立っていた。
影のように黒い髪を後ろで束ね、全身を覆う黒装束。
気配はない。
「……レーネ」
アルゴが名を呼ぶ。
「お前もこいつを狙ってるのか」
「私はこの子担当じゃないの」
レーネは表情を変えす、淡々と視線をセトへ向ける。
「《《不良品》》の処理をしに来ただけよ」
その言葉に、セトの肩が小さく跳ねた。
「ふふ、《《不良品》》はあなたじゃないわ?それにしても……厄介な子連れてちゃって」
「レーネさん」
アイラが一歩踏み出す。
「……気は、変わらない?一緒に——」
問いかけに、レーネは何も答えない。
ただ、静かに首を横に振った。
その瞬間、彼女の視線が鋭くなる。
「――来る」
次の瞬間、レーネはルードの馬車の馬の脇へ回り込み、迷いなく手で馬の尻を叩く。
馬が驚いたように嘶き、馬車が大きく揺れる。
「今すぐ行きなさい」
アイラをまっすぐに見つめ、レーネは言い放つ。
「影がある限り、私たちはどこまでも追う」
「ありがとう!!」
アイラの叫びが背後に残り、レーネの姿は、再び影の中へ溶けていった。
馬車は跳ねるように街道を駆けていく。
石畳を外れ、土の道に入った瞬間、車輪が大きく軋む。
「しっかり掴まれ!」
アルゴの怒鳴り声が、風に掻き消されそうになる。
アイラはセトの腕を引き、荷台の奥へ抱き寄せた。
馬の荒い息、革の軋む音、そして――
背後から、じわりと這い寄る気配。
振り返らなくてもわかる。
追ってきている。
「ちょ、ちょっと待って!?」
ルードが半ば悲鳴のような声を上げ、手綱を引き絞る。
「こんだけ飛ばしてるのに、距離が縮んでるんだけど!?」
鞭が鳴り、馬がさらに速度を上げる。
それでも気配は消えない。
むしろ、確実に近づいていた。
「ルード! さっきの板!!
光を出して、影を消せばいいのよ!」
アイラの叫びに、ルードはすぐさま片手で鞄を探る。
だが、次の瞬間、顔が引きつった。
「……あー、まずい」
「なに?」
「さっきので使い切ったっぽい!」
「はぁ!?」
悲鳴が重なり、アイラは思わず荷台に手をつく。
セトもバランスを崩し、転びそうになるのを必死で堪えていた。
その中で、ただ一人、アルゴだけが冷静だった。
「アイラ!!光ならお前が出せるだろ!!
全力でいけ!!」
アイラは歯を食いしばり、目を閉じた。
力を出せるのか――そんな不安に立ち止まっている暇はない。
「……来て」
喉の奥から、絞り出すように声を放つ。
「お願い……全部、照らして!!」
叫びと同時に、胸の奥が灼けるように熱を帯びた。
次の瞬間、アイラの内側から、目を開けていられないほどの光が溢れ出す。
それは爆ぜるように広がり、馬車を包む影という影を、容赦なく白に塗り潰していった。
闇は、悲鳴を上げる間もなく、光の中で消え失せる。
光が収まったあと、世界は一瞬、耳鳴りだけを残して静まり返った。
風の音が戻り、馬の荒い息遣いが耳に届く。
そして、先ほどまで肌を刺していた殺気は、嘘のように消えていた。
「……アイラ?」
アルゴの声が、どこか遠くで響く。
アイラは返事をしようとした。
しかし、喉が重く、思うように声は出ない。
胸の奥が焼けるように熱く、視界の端がじわじわと滲む。
(……また、糸を切っちゃったかな)
そんな考えがかすかによぎった瞬間、体が限界を告げる。
力が抜け、膝から地面へと崩れ落ち、
そのまま、アイラは静かに、暗闇に包まれた。




