第40話 神子
「神子様?」
アイラは、確かめるようにその言葉を小さく口にした。その呟きが聞こえたのか、アルゴが声を落として補足する。
「神殿にいるガキのことだな。勇者と旅に出る前、神の祝福がどうとかで一度会った」
「……子供なの?」
「ああ。少し前に代替わりしたらしくてな。今はセトくらいの年のガキが、その役目をやってる」
神官たちは、購入した服を両腕いっぱいに抱えると、慌ただしく店を出ていった。
その後ろ姿を目で追いながら、アイラは“神子”という存在に思いを巡らせる。
神殿は、セトと同じくらいの年齢の子供に、いったい何を背負わせているのだろう。
「……その神子には、どんな役目があるの?」
問いかけに答えたのは、服選びを終えたルードだった。淡々としながらも、どこか含みのある口調で言う。
「神の声を聞く存在だよ。そして、それを人々に伝える。本当に聞こえてるかどうかはわからないけどね。それから――役目を与えることもしてる」
「役目を……与える?」
この国では、ほとんどの人間が親の役目を引き継ぐ。だが、“ほとんど”に含まれない者たちがいる。
その役目を定めるのが、神の声を聞いた神子だという。
「例えばさ、王妃とか」
ルードは少し考え、言葉を続ける。
「王妃になるのに、親の役目を継ぐわけないでしょ?そんなことしたら血が濃くなりすぎる。
だから、ああいう役目は神子が決める」
「……王妃も、役目の一つなの?
それを、神子が決める……?」
アイラは信じられないという様子で、目を見開いた。
「そう。この国じゃ、自分の意思で決められることなんて何一つない。僕たちみたいに“解放”されない限りはね」
それ以上は語らず、ルードは両手に持った服を店員のもとへ運んでいった。
アイラの中で、疑問は増すばかりだった。
神殿という存在が、この国に計り知れない影響力を持っているのは、もはや疑いようがない。
――神官たちの糸は、アイラには切れなかった。
それほど深く、この国の仕組みと結びついているのだろう。
******
支払いを済ませ、四人は衣服屋を後にした。
外に出ると、テトラの通りは相変わらず人で溢れている。国境で仕入れた異国の商品を商人たちは声を高らかに上げ、通行人たちに売り込んでいる。
四人は人混みに紛れながら町の出口へと目指す。
セトは購入したばかりの新しい洋服が気に入ったのか、袖口を引っ張ったり、くるりと回ってみせたりしている。
「どう? 変じゃない?」
「大丈夫だ。さっきよりよほど町の子供に見える」
アルゴのぶっきらぼうな返事に、セトは満足そうに頷いた。
人通りの少ない細い道に差しかかった、そのときだった。
まるで、見えない刃を突きつけられたかのような感覚を微かにおぼえる。
肌の内側をなぞる冷たい気配が、はっきりとこちらへ向けられているようだった。
アルゴが即座に足を止め、周囲へ鋭く視線を走らせる。一方でルードは、苦笑するように口元を引きつらせた。
「……あー。これ、面倒なの来たかも」
「え? なに?」
セトの問いに答える間もなく、空気が歪む。
音が消えた。
風の気配も、人の足音も、遠くのざわめきさえも、唐突に断ち切られる。
「アイラ、セト。後ろに下がれ」
アルゴは剣に手を添え、低く、短く言った。
その瞬間――
路地の奥で、影が歪んだ。
壁と壁の隙間。
陽の届かないはずの場所から、影が剥がれるように立ち上がる。
黒い影は、ゆっくりと輪郭を得ていく。
曖昧だった形が次第に収束し、やがて――人の姿を成した。
一人、二人、三人。
数える間もなく、影は増えていく。
「あの村の人たち……」
アイラはそう呟き、影たちを見渡した。
かつて村で彼女たちを助けた女――レーネの姿を探すが、そこにはいない。
「ここは、僕に任せて」
低く告げると、ルードは素早く鞄に手を伸ばした。
取り出したのは、鉱山でも使用していた、手のひらサイズの金色の板—隣国で開発された魔道具だ。
短く呪文めいた言葉を囁き、それを影の者たちへと投げ放つと、次の瞬間、視界が白く弾けた。
目を開けていられないほどの閃光が、影たちを包み込み、完全に視界を奪う。
「影には、光だよね!」
ルードは振り返りざまに叫ぶ。
「今のうちに行くよ!」




