第3話 小さな絆の夜
元・聖剣案内人の少女と、勇者と共に魔王討伐へ向かうはずだった元・騎士アルゴ。
ひょんなことから始まった二人の逃亡生活は、もう数日を数えていた。
行くあてもなく、ただ隣領を目指して森を抜けていく。
その夜、二人は焚き火を囲み、川で釣った魚を焼いていた。
「……野宿ばかりで、すまんな」
魚を串から外し、アルゴはぎこちなく彼女に差し出す。
「ううん。むしろ……すごく楽しい」
少女は目を輝かせてそれを受け取る。
「町から出るなんて考えたこともなかったの。頭に浮かびさえしなかった。
でも……こうして森の中で焚き火をして、
ご飯を食べて……なんか、すごい!」
その屈託のない笑顔に、アルゴは肩の力を抜いたように目を細める。
「……お前、変わってるな」
「アルゴこそ、本当にそれでよかったの?」
少女は首を傾げる。
「勇者と旅に出るなんて、名誉なんでしょ?」
問いかけに、アルゴは少し考え、首を振った。
「名誉かどうかなんて知らん。
ただ……小さい頃からそれが当然だと思って剣を振ってきただけだ。だが今となってはただの、めんどくさい役目にしか思えん」
「……それ、わかるな」
少女は小さく頷き、炎の揺らめきを見つめる。
「私もね、勇者に会ったときに思ったの。“なんで初対面の人に、大切な場所を教えなきゃいけないんだろう”って。前までは使命だと信じて疑わなかったのに」
アルゴが視線を向ける。
「大切な場所?」
少女は少し口ごもり、やがて静かに語り出した。
「うちの家系はね、勇者が現れた代は“案内人”になる。でもそうじゃないときは……聖剣を守る番人であり、糧になるの」
「糧……?」
アルゴの眉が動く。
「次の世代が育ったら、その親は聖剣に身を捧げるの。祖父母も、両親もそうだった。私の代は勇者が来たから案内人の役目になったけど……もし私が子どもを産んでいたら、その子は将来、剣に命を奪われる役目になる」
アルゴは焚き火を見つめながら、低く呟いた。
「それは……聖剣なんて呼べる代物じゃない。呪いの剣だ」
「そうよね」
少女の声は、かすかに震えていた。
「でも、前はそんなこと考えもしなかった。両親が剣に命を取られても、“役目だから”って受け入れていた。……それが当たり前だと思ってたの」
二人の間に沈黙が落ちる。
「だから、あの場所は私にとって……家族のお墓のようなものなの。そんな大切な場所を、会ったばかりの勇者に、魔王を倒すから必要だなんて言われて……素直に差し出せるわけがない」
焚き火の赤に照らされた少女の横顔は、哀しみと確かな意志を帯びていた。
アルゴはしばし黙っていたが、やがて低く、はっきりと言った。
「……アイラ。お前はもう、自由だ」
少女が驚いたように顔を上げる。
「剣に命を捧げる必要もない。わけのわからん勇者に、大事な場所を教える必要もない。役目でもなく……お前自身が決めればいい」
焚き火がぱちりと弾け、言葉を後押しするように響いた。
「……自由、かぁ」
その言葉を噛みしめるように繰り返す。
「そんなふうに考えたこと、一度もなかった。ずっと役目で……当たり前に決まってて……自分で選んでるなんて思ったこともなかったのに」
彼女の声は震えていたが、同時にどこか軽やかでもあった。
アイラは小さく笑みを浮かべる。
「ありがとう、アルゴ。……なんだか、少し楽になった気がする」
その笑顔に、アルゴはほんの一瞬だけ言葉を失ったが、すぐに照れ隠しのように火をつついた。
「……礼を言われるようなことじゃない。俺も同じだからな」
アイラが瞬きをする。
「同じ……?」
「俺も、勇者の“剣”として生きるのが当たり前だと思ってた。疑うこともなかった。けど……やめてみたら、案外どうにでもなるもんだなって」
焚き火の炎が、彼の不器用な横顔を赤く染める。
アイラはふっと肩の力を抜いた。
「……そうだね、アルゴも自分自身で決めていい。私たち自由仲間だね!」
アルゴはわずかに口元を緩めた。
「仲間……悪くない言い方だな」
夜風が吹き、炎が揺れる。
炎の揺らめきのように、二人の心に新しい灯りがともっていた。




