第33話 ルードの寄り道
ルードは森を抜けると、そのままハイバの町へ引き返した。
深くフードを被り、認識阻害の魔法をまとったまま、人通りの少ない裏路地を脇目も振らずに歩く。
ハイバの町は、昨日の出来事を境に、明らかに様相を変えていた。
人々の糸が切れた影響か、通常なら仕事場へ向かう者たちで溢れかえる時間帯にもかかわらず、通りにはまばらな影しか見られない。
指定された食堂の扉を押し開けると、奥まった席に一人の男が腰を下ろしていた。
光を帯びているかのような金髪、そして右目を覆う眼帯。その存在は、雑多な店内の中でも不自然なほど目を引く。
ルードの姿を認めた瞬間、男は口元にわずかな笑みを浮かべ、気取らない様子で片手をひらりと上げた。
「僕さ、この町にはあまり戻りたくなかったんだけど。よりによって、ここで会う必要なくない?」
不満を隠そうともせず言葉を尖らせるルードを、金髪の男は面白そうに眺める。
「酒のつまみにちょうどいいと思ってさ。さっき神殿を覗いてきたが、慌てふためいてる様子が実に見ものだったぞ」
「それで? 何しに来たの。先を急いでるんだけど」
金髪の男は口の端だけを吊り上げて笑い、人の顔が描かれた二枚の紙を差し出した。
それを見た瞬間、ルードは思わず目を見開く。
「……え? もう手配書が出てるの?」
紙には、アイラとアルゴと思しき人物の顔が、それぞれ描かれていた。
昨日の、あの短い時間だけでここまで正確に顔を把握し、手配書を用意するのはあまりにも早すぎる。
ちなみにルード自身は、あの時認識阻害の魔法がかかったフードを被っていたため、話しかけない限り顔を記憶されることはない。
「いや、ハイバで起きた件とは別だ。これは国からの手配書だな」
ルードは記憶の糸をたぐり寄せる。
詳しい事情は聞いていないが、アイラたちは聖剣の眠る町・ミリアから逃げてきたと言っていたはずだ。
「ふむ……なんだか面白くなってきたね。で、何に対する手配?」
「詳しくは知らんが、ミリアの町で勇者が何かしらの問題に巻き込まれたらしい。そのせいでやつら動けていないだろ? たぶん、それ絡みだ」
面白がるように語る金髪の幼馴染——ケインを、ルードは呆れた目で眺めた。
だが、すぐに表情を引き締める。
軽口の奥に潜むものを見逃さぬよう、真剣な眼差しでケインを見据えた。
「やっと、僕たちと同じ側の仲間を見つけたんだ。
あいつらに捕まったら、たまったもんじゃない。……君も協力してくれるよね?」
「俺も暇じゃないんだがな。まあいい。
認識阻害のローブを、そいつらにも渡してやろう」
アランはそう言うと、あらかじめ準備していた、大きな袋をルードに放り投げた。
それを受け取りながら、ルードはふと、アイラの顔を思い浮かべる。
あの少女はきっと、ルード一人では決してやり遂げられなかったことを、平然と覆してしまう存在だ。
役目を放棄した後、現実から目を背けてきた。
だが今は、もう一度この世界と向き合う覚悟が、胸の奥に芽生え始めていた。
「君はどうするの? そろそろ、はっきりさせれば?」
ルードはそう言って、ケインを見据える。
そもそも彼から渡された、たった一つの林檎をきっかけに、ルードはこの歪んだ世界から解放されたのだ。
「傍観者のままでいるつもり?」
軽い調子の裏に、逃げを許さない声音が混じる。
何も返せないケインに向けて、ルードは言葉を続けた。
「僕は彼女を使って、この世界を壊すよ」
あまりにも静かな声だった。
冗談めいた響きはなく、ただ覚悟だけが淡々と滲んでいる。
ケインは一瞬、言葉を失ったように目を瞬かせた。
それから、いつもの軽い笑みを浮かべようとしたが、途中でやめる。
「……ずいぶん物騒なことを言うようになったじゃないか」
「壊すって言っても、なにも全部を焼き払うわけじゃないよ」
ルードは視線を逸らさない。
「役目で塗り固められた、この歪んだ仕組みをだ。
彼女——アイラちゃんがいれば壊せる」
「……なるほど」
ケインは小さく息を吐き、肩をすくめた。
「それで、俺はどこまで付き合わされる?」
「選んでよ」
ルードは即答する。
「傍観者のままでいるか、
それとも、壊す側につくか」




