第30話 村の頭
雨が降り注ぐ中、アイラとアルゴは、女とともにこの村の“用心棒”と呼ばれる男たちに囲まれながら外へ出た。
アイラは、そっと男たちへ目を向ける。彼らの頭上には、それぞれ一本ずつ金の糸が伸びている。
(よかった……神の涙には手を出してない)
黒髪の女には、やはり何度見ても糸はない。
男たちが加わったせいで、彼女の正体について何ひとつ聞けなかったことをアイラは少し残念に思った。
「私たち……どうなるのかな?」
アイラはまわりを気にしながら、小声でアルゴに囁く。
「さあな。めんどくせぇことに巻き込まれたのは確かだ」
アルゴが肩をすくめたところで、先導していた用心棒たちが急に足を止めた。
たどり着いた場所は村の中心。
他の建物とは比べ物にならないほど大きく、石造りで重厚な作りの建物だった。
何も分からないまま、二人は押し込まれるようにその中へ入っていく。
「頭、連れてきました」
先導していた男が声を張る。
“頭”と呼ばれたのは、白髪まじりの老年の男だった。
執務室と思われる部屋の奥で机に向かい、書類をめくる手を止めずに顔だけをわずかに上げる。
アイラですら明確に感じ取れるほどの、冷たく、研ぎ澄まされた気配。
この村がどういう場所かを、彼の存在ひとつで理解できてしまうほどだった。
頭の男は、アイラとアルゴを一瞥しただけで興味を失ったように書類へ視線を戻した。
「侵入者はそいつらか?」
「はい」
「どこからの回し者だ。“やつら”か?」
“やつら”と言われても、アイラには何のことかわからない。
ただ、森を歩いていたらここについただけなのに、何故こんな尋問を受けているのかも分からない。
その時、女が静かに手を上げた。
「よろしいでしょうか?」
頭の男は返事をしない。
だが、女はそれを肯定と受け取ったのか、そのまま話し始めた。
「彼らが村に通りかかったのと同じ頃、私も森から戻りました。多少の魔術の乱れで、結界の“揺らぎ”に巻き込まれただけかと」
アイラとアルゴは、女が村に入るより前に、宿屋を探して既に村の中を歩き回っていた。
つまり、彼女は堂々と嘘をついて二人を庇ったのだ。
「……まあいいだろう。朝一で村を出ていけ」
許可とも追放ともつかない言葉が投げられたが、少なくとも今夜はここにいても良いらしい。
だが、むしろ今すぐにでも出たいのは二人の本音だった。
頭の男はようやく顔をあげ、女に鋭い視線を投げる。
「……任務は?」
「遂行いたしました」
その短いやり取りだけで、この場の緊張が一段深まる。
もう興味はないというように頭の男が手をひらりと振ると、アイラとアルゴは用心棒に促され、執務室から追い出された。
外に出ると、用心棒の一人が女に歩み寄り、低い声で問いかけた。
「で、全員見つけて殺ったのか?」
「ええ。彼らは町から出ていなかったわ」
「まったく。鉱山でも掘ってりゃ平和に暮らせるものを……愚かだ」
降り続く雨の下、女と用心棒たちは、まるで日常の報告でもするかのように淡々と会話を交わした。
男たちはそれきり互いに頷き合うと、霧の向こうに溶けるように姿を消していく。
「……さて。私たちは帰りましょうか」
黒髪の女は濡れた肩を軽く払うと、森の奥にある彼女の家のある方へ歩き出す。
その背中を追いながら、アイラは胸の奥に広がる違和感をどうしても拭いきれずにいた。
“村の頭”
“任務”
“殺る”
会話のどれもが、普通の村人には似つかわしくない言葉ばかりだ。
(鉱山でも掘っていれば、平和に暮らせる?まさか……)
アイラの脳裏にある記憶がよみがえる。
ケール町の鉱夫たち。
あのとき覚醒したばかりの光で、数名の鉱夫の糸を切ってしまった。
さらに、ハイバの宿屋の食堂で耳にした会話。
『ケール町の鉱夫たちが、何人か仕事を放棄したらしい。前代未聞だ』
『俺も聞いた。土砂崩れのあとから様子が変だってさ。採掘が止まってるらしいから、そのうち金の値も上がるぞ』
(そんな……もしかしたら、私のせいで……)
彼女に聞かなければならないことが、山ほどある。
そう思えば思うほど、言いようのない後悔と胸の奥のざわつきが、じわりと広がっていった。




