第29話 女の家
女の家は村から少し外れた森の奥にひっそりと建っていた。三人が中へ入ると同時に、雨脚はさらに強まり、屋根を叩く激しい音が静かな室内に響く。
「どうやって、この村に辿り着いたの?」
暖炉に火をくべながら、女は振り返りもせずに淡々と言った。
アイラとアルゴは特別なことはしていない。ただ森を歩いていただけだ。
「たまたまだ」
アルゴが言うと、アイラも小さく頷いた。
女はようやく二人の方を見て、値踏みするようにじっと視線を向ける。
そのまま、暖炉の上に鍋を置いて湯を沸かしながら、静かに告げた。
「明日の朝一で、この村を出なさい」
「もともとそのつもりだ」
アルゴが軽く返すと、女はそれ以上は何も言わず、沸いた湯で茶を淹れると、無言のまま二人の前に差し出した。
アイラは湯気の上がる湯呑みを両手で包み、冷えた指先を温めながら、ずっと胸につかえていた疑問を口にした。
「どうしてさっき、命が惜しいなら引き返してって言ったんですか?この村にはいったい何があるんですか?」
地図にも載らない森の奥の小さな村。
そこに命の危険があると言う理由が、どうしても気になった。
女は、暖炉の火の揺れを静かに見つめたまま、すぐには答えなかった。
その沈黙は、否応なく部屋の空気を重くする。
やがて、細く長い息をひとつ吐くと、呟くように答えた。
「ここは……外の人間が来ていい場所じゃないの」
その声音にはどこか、諦めのような響きがある。
「理由を聞いても?」
アイラが一歩踏み込むと、女ははかすかに笑った。笑っているのに、目はひどく疲れていた。
「聞いてどうするの?あなたちには関係のないことよ、知らない方がいいことだってあるわ」
アルゴが横目でアイラを制そうとしたが、それより早く、家の外で何者かの気配が動いた。
それは隠れるでもなく、あえて存在を知らせるような、露骨な気配だった。
アルゴは即座に腰の剣に手をかける。
女は暖炉の火をじっと見つめ、やれやれと小さく息を吐いた。
「ほら……もう来ちゃった」
「なにが来たんだ?」
アルゴが低く問う。
「村の用心棒よ。この村に外の人間が入ったら、必ず様子を見に来るの」
言い終わるか終わらないかのうちに、家の扉が激しく叩かれる音が響く。
「そこに誰かいるのか!」
荒々しい声が、土砂降りの雨音に紛れず響き渡る。
女は椅子から静かに立ち上がり、アイラとアルゴへと視線を向けた。
「……挑発するようなことは言わないで」
その一言だけは、いつになく真剣な響きを帯びていた。女は扉へ歩み寄り、ゆっくりと取っ手へ手を添え、そして深く息を吸い静かに扉を開いた。




