表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰もが役目を放棄した世界で  作者: ソニエッタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/56

第2話 少女は名前を取り戻す

拒絶の言葉を残したまま、少女は静かに鍋を片付けていた。

だが、心は落ち着かず、頭の中で言葉が何度も反響する。


(……あんなにお役目を全うすることが楽しみだったはずなのに……今は、すごく嫌だ)



リビングの中央で、勇者たちは小さく眉を寄せて立っていた。


黒髪の青年はまだ呆然とし、金髪の女性は目を細めて様子を窺い、背の高い騎士は静かに腕を組んでいる。



「……案内人」


勇者がゆっくりと声を出した。


「君の気持ちは理解した。……が、この国のために、君の協力が必要なんだ」



少女は顔を上げるが、目の奥の揺れる迷いは消えない。


「……どうして、私が……?」


胸の奥に、小さな違和感が再び芽生える。



勇者は視線を下ろし、慎重に言葉を選んだ。


「急がすつもりはないが、君が気が変わって案内してくれるのを待つ」


「……魔王の脅威って、本当にあるのですか? こんなに平和なのに」


彼女の声には、素直な疑問と少しの苛立ちが混ざっていた。




勇者は微かに頷き、言葉を落とす。


「そうだ、そう決まっている」




その一言に、少女の眉がひそめられる。


腑に落ちない気持ちを抱えたまま、彼らを家から押し出すように距離を取る。



「……とりあえず、今日はもう帰ってください!」




*******



翌朝、少女の眠りを破ったのは、扉を乱暴に叩く音と、外から押し寄せる人々のざわめきだった。




「案内人さん!!!」


「案内人、いるのか?!勇者たちが出発できないじゃないか!」




慌てて身支度を整え、窓から外の様子を確認する。


家の前には、大勢の人影が詰めかけていた。



「なんなのよあの勇者、町の人に話して……口の軽い人に私の大切な場所なんて絶対教えたくない」



案内人と呼ばれる少女は必要なものを鞄に詰め、裏手の窓から外へ飛び降りた。




「あ!裏から逃げたぞ!!」



足音が玄関の方向から迫る。少女は脇目も振らず、深い森の中へ走り込んだ。



「いたか?」


「こっちは見つからないぞ!」


「もっと奥かもしれない!」




数人の男たちが通り過ぎるのを、少女は木の上で息を潜めて見守る。だがこれ以上同じ体勢で木の上に潜むのは無理そうだ。


(……もう行ったかな? そろそろ限界かも……)




枝に手を伸ばした瞬間、指先が柔らかな草のような感触に触れる。


――鳥の巣だ。


小さな羽音とともに雛が鳴き、驚いた少女の身体は支えを失った。

次の瞬間、枝がぱきりと音を立てて折れ、重力に引きずられる。


「――きゃあぁぁっ!」


視界が反転し、木々の間の空と地面がぐるぐると入れ替わる。

背筋を冷たい風が駆け抜け、心臓が喉から飛び出しそうに跳ねた。



森に響く悲鳴。


男たちは声の方を探す。



「叫び声は向こうから聞こえたぞ」


一際低く、聞き覚えのある声が返事をした。


「騎士様!ありがとうございます!」


男たちは背の高い騎士に感謝すると、そのまま森の奥へと消えていった。


昨日、勇者と共にいた、深い茶色の髪を持つ背の高い騎士が木陰から静かに歩み出た。

ざわめく森の空気が一瞬だけ止まり、少女ははっと息を呑む。


「……立てるか?」


木の根元に身を潜めていた彼女へ、騎士は迷いなく手を差し伸べた。


「……たぶん……ちょっと痛いけど」


彼は腕を取り、ゆっくりと支える。


「なんで……?どうして助けるの?あなたも聖剣の場所を知りたいんでしょ?」


「いや……興味はない」


「え?でも勇者と魔王を倒すために聖剣が必要じゃ……?」


「やめてきた」


「え?」


「勇者との旅をやめてきた」


その言葉に、少女は口をあんぐり開け、固まる。


「なんで?」


「わからん。昨日、急に興味がなくなった。めんどくさい」


「……め、めんどくさい……?」


「おい、立ち止まってる暇はない。ここから離れるぞ」




二人は無言で森を進むと、数刻後には町から随分と離れた別の森の出口まで辿り着いた。



「ここまでくれば……大丈夫かな。でも、これからどうしよう……」


「まあ、騒ぎになっているからな、俺も勇者たちに追われている」


「あなたと二人で逃亡生活ってこと……?」


「そういうことになるな。聖剣の案内人よ、頼んだぞ」


「頼まれても何もできません!……あ、聖剣の案内人って呼ぶのやめてもらえます?私の名前は……」




少女はふと考える。


確かに、自分には名前がある。ずっと前から存在していたはずなのに、誰にも呼ばれたことがなかった。誰も気に留めたこともない。


鼓動が早まる。


口に出してみたい……自分自身の名前を。


小さく息を吸い、震える声で言った。




「……私の名前は……アイラ」




言い終えた瞬間、胸の奥に温かい安堵が広がる。

初めて自分の名前を、自分自身で抱きしめた気がした。


「アイラか……よろしく頼む。

俺の名は……名前は、アルゴだ」




アルゴは静かに頷き、視線をそらさずにアイラを見つめた。


静けさの中、ただ二人だけが呼吸を合わせる。



恐怖と混乱が渦を巻く中で、ただ息をすることさえ苦しかった。

けれど今、ここでようやく、その重さが少しだけ遠のいた気がした。


自分という存在を、誰かに確かに受け止めてもらえた。その温もりが、二人をやわらかく満たしていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ