第28話 村
冷たい雨粒が、アイラとアルゴの肩に落ちてきた。
空は厚い雲に覆われ、雨が本格的に降り出すのも時間の問題だ。
「この状況で村を見つけられたのは、運がよかっね」
アイラはほっとしたように村を見つめ、わずかに目を輝かせた。
「なんだこの村。地図には——、のってないな」
アルゴは、ルードから渡された地図を広げ、指先で何度も森の名をなぞる。
だがそこには村を示す印はどこにもなかった。
「どうする? 行ってみる? それとも、あまり人目につかない方がいいかな?」
「小さな村だし、ハイバで起こったことがここまで伝わってるとは思えねぇ。宿屋くらい探してみるか」
アルゴがそう言って歩き出し、アイラも後に続く。
村に近づくと、どの家からも薄く煙が立ち上っている。屋根の煙突から真っ直ぐ昇るその煙の横には、住人たちの金の糸が天へ向かって静かに伸びている。
アイラは一本ずつ金の糸を確認するように視線を走らせ、ここの住人たちは神の涙を服用していないのだと気づくと、ほっと安堵の息を漏らした。
二人は村の中を進み、宿屋らしき建物を探して周囲を見渡した。
しかし、どう見ても宿屋はない。
この人里離れた森の奥深くにある小さな村では、旅人のための宿など必要とされないのだろう。
村人は皆、家の中に入ってしまっていて、外には人影一つもない。
「村を見つけても、結局野宿決定かぁ」
アイラが肩を落としたその時——、
不意に気配を感じ振り返ると、そこに立っていたのはひとりの女性だった。
黒い外套に身を包み、夜の闇のように深い黒髪。
雨の気配すらまとわぬまま、驚くほど静かに、アイラとアルゴの背後へと立っていた。
アイラは、誰からも当たり前に伸びている物を視線で探す。
しかし、女の頭上には一本も見当たらない。
アイラは息をのんで目を見開き、思わず横に立つアルゴの方みた。
彼女には、金の糸がない。
「……旅人?この村に辿り着くなんて」
女性は眉を寄せて、考えるように手を顎にのせる。
その瞳は一切の温度を帯びていない。
「ここは、本来、よそ者が立ち寄る場所じゃない。命が惜しいなら、今すぐ引き返して」
その声音は、優しさを装いながらも、どこか人ならざる冷たさが滲んでいた。
「……命?」
アイラが小さく首を傾げる。
隣ではアルゴが警戒を解いておらず、
外套の下に潜む彼の手は、静かに腰の剣へと伸びていた。
アルゴの手が剣の柄に触れた瞬間、
女は細い指をわずかに上げ、軽く制するように言った。
「待って。戦うつもりはないの。……少なくとも、今はね」
その一言に、アルゴの警戒心は逆に強まる。
「じゃあ、何のつもりだ」
「雨が来る。立ち話をする場所じゃないわ。
ついてきて。あなたたちが無事でいたいなら」
そう言うと、女は歩き出した。
足音は驚くほど静かで、まるで影が移動しているようだった。
アイラは迷いながらも、思わず声をかける。
「あ、あの……どこへ?」
女はほんの一瞬だけ振り返り、薄く微笑んだ。
「私の家」
先を歩く女を見つめながら、
アルゴはアイラの耳元で低くささやいた。
「絶対に油断すんな。あいつ……動きが尋常じゃねぇ」
アイラもこくりと頷く。
確かに彼女の所作には無駄がなく、森を歩く音すらほとんどしない。
その静けさは、獲物を狩る前の獣のようで、思わず背筋が冷える。
ぽつり、ぽつりと落ちていた雨は、すぐに本降りへと変わる。
アイラとアルゴは顔を見合わせ、結局その背中を追うように女の後についていった。




