第27話 森の道
ハイバの町からどれほど離れただろうか。
神殿が混乱に陥った隙をつき、三人はルードの馬車で夜のうちに町を離れ、いまは深い森の道を進んでいた。
アイラが放った光は、神の涙から輝きを奪い、
それらをただの水へと変えてしまった。
神官たちは魂の光が見えるのか、異変に即座に気づき、祭壇は大混乱となった。
「……神官たちの糸は、切れてなかったの」
アイラはうつむき、思い出すように呟いた。
これまでアイラの光を浴びた者たちは皆、金の糸が切れ、本来の自分に戻っていた。
しかし神官だけは違った。光に包まれても、彼らの糸は微動だにしなかった。
「なるほどね……」
ルードはそう呟き、手綱を握りしめながら深く考え込むように表情を曇らせた。
心当たりがあるのか、いつになく重い空気をまとっている。
「まあよくわかんねぇが、神官は別格ってことだな。気をつけろよ」
アルゴは馬車の荷物に寄りかかり、気楽そうにそう告げた。
今頃ハイバはどうなっているのだろう。
神殿から逃げ出すとき、町の家々から伸びていた金の糸はすでにどこにも見えなかった。
きっとあの光が町全体に行き渡ったのだ。
彼らが朝目覚めた時には、それぞれの役目をつづけるのだろうか。ケールの町の鉱夫たちのように、放棄するのだろうか。
「私……大変なことをしてしまったのかもしれない……」
工業の中心地ハイバ。
そこには各地から多くの商人が集まり、国を支えていた。もし彼らが役目を放棄してしまえば、国の経済は大きく揺らぐはずだ。
胸に込み上げる後悔と恐れが、アイラの体を締めつける。
「もし……もっと上手く力が使えていたら、私……」
「それ以上余計なことを考えるのはやめとけ」
アルゴが寝転んだまま、ぶっきらぼうに遮った。
「でも……」
「この世界がおかしいんだよ。お前は、そのおかしな世界に囚われてた人たちを解放しただけだ。
あとはそいつらが、自分で考えて生きりゃいい」
「そうだよアイラちゃん。僕なんて役目を放棄しても今ちゃんと商人できてるしね!」
二人にそう言われ、アイラは胸の奥に溜まった重いものをひとつ飲み込み、ぎこちなく笑みを返した。
ルードは気分を変えるように、鞄から地図を取り出し、アルゴに向かって放り投げた。
「で、これからどうしようか?」
「神殿の連中には顔を覚えられてるかもしれない。しかも俺とアイラはミリアの町から逃げてきてるし、目立つのはマズい」
「えっ!?そうなの!?もっと早く言いなよ!」
アルゴは地図を広げ、難しい顔で唸った。
確かに、勇者一行に見つかるのもまずい。
あの件もまだ片付いていないのだ。
「とりあえず森の中を進むしかないな。どっかで国境に出るだろ」
アルゴがそう言うと、アイラは地図を見つめたまま、小さく呟く。
「……このまま、この国を出ちゃっていいのかな」
神の涙の犠牲者は、ハイバだけじゃない。
きっと各地の町で同じことが起きている。
アイラの力はまだ不安定で、次に何が起きるか分からないが、真実を知ってしまった以上、背を向けて国を出るのは違う気がしてしまう。
アイラの言葉に、アルゴもルードもそれぞれ胸の内で思うことがあるのか、口を開かず、沈黙したまま互いの表情を交わしていた。
その時——
どこからともなく、青い羽根をひらめかせた一羽の鳥が、上空から舞い降りてきた。
その鳥は迷いなくルードの肩へと降り立つ。
「あー、ごめーん。仕事関係の呼び出しだ」
ルードは手綱を話すと、鳥の脚に括りつけられた小さな紙片をほどき、目を通したルードは、軽く溜息をついてまた紙を鳥の脚へ結びつけた。
鳥はひと鳴きして、青い尾をひるがえし空へ消える。
「隣国に行くかどうかは別として、とりあえず君たちは北に向かうんだろ?
あとで合流するから、先に行ってて。
森を抜けた先に僕の隠れ家がある。そこで待ち合わせしよう」
「そうだな。まずは北へ進むか」
アイラとアルゴが頷くと、二人は馬車から降り、遠ざかる馬車に手を振った。
こうして、旅の始まりと同じように、
アイラとアルゴ、二人きりの徒歩旅が再び始まった。
突然なりゆきで一緒に旅をするようになったのだが、今アイラの中でアルゴは、ぶっきらぼうで口は悪いが、いざという時に頼もしい相棒になっていた。
「……ルードは、別にいなくても困らんが、馬車がないのはだるいな」
「アルゴとルード、意外といいコンビだと思うけど?」
「どこがだ?」
二人が北へ向かって森を歩きながら軽口を交わしていると、いつのまにか周囲が暗さを増し始めていた。さっきまで覗いていた空は厚い雲に覆われ、いまにも雨が降り出しそうだ。
「どこか洞窟でも見つけないと、今日は野宿はきついね」
「だな。雨の中は勘弁だ」
足を進めるほどに森は闇に包まれていき、
獣たちが動き出す時間が近いことを知らせるように、遠くで鳴く声が低く響きわたる。
そんな不穏さの中、ふっと視界が開けた。
鬱蒼とした木々がそこで途切れ、
まるで森に隠れるように、ひっそりと小さな村が姿を現した。




