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誰もが役目を放棄した世界で  作者: ソニエッタ


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第25話 死神

 ハイバの町が完全に闇に沈んだ頃合いを見計らい、アイラ、アルゴ、ルードの三人は、リストの中でもとりわけ神の涙の取得本数が多い者——町医者の家の前で張り込んでいた。



「町医者かぁ……」


フードを深く被り、ルードがぽつりとつぶやく。


「命を救うために神の涙に手を出して、自分が犠牲になるなんて……とんだ笑いぐさだな」


アルゴは呆れたように鼻を鳴らした。


『金のスパイス亭』の店主よりも、倍以上の本数を摂取しているらしく、もう正気を保っていない可能性は十分あった。



医者の家から、幾重にも糸が絡み合い束になって天へと伸びている。

その数は尋常ではなく、どれほどの魂を抱え込んでしまっているのか想像もつかない。


「周りには誰もいないな」


「んー。そうだよね」


アルゴとルードの気の抜けたやり取りに、アイラは小さく首を振る。


見えている。


家の周囲を漂うように、金の糸が数本、かすかに瞬いて揺れている。



彼ら商人は、夜の闇に溶け込むように息を潜め、まるで獲物の最期を待つかのように、命の灯火が尽きる瞬間をじっと伺っている。


——この世界にとって、命ってなんなのだろう。



アイラもこの世界の枠から外れるまで、そんなこと深く考えたことがなかった。


祖父母が、両親が、聖剣の前で静かに命を落としたあの光景を自分の目でみた時でさえ、悲しみよりも「役目を終えたのだ」としか思えなかった。


(私たちの生も死も、そんなものだったんだ……)


まるで、この世界の神が人をただの駒だと思っているかのように。


私たちの命は、尊いものではなく、取替えのきく部品のように扱われている。


そんなことをアイラが考えていると、アルゴがぼそりと言った。


「あいつらはいつ動き出すんだ? それに、今が死にかけのタイミングなんて、どうやってわかるんだ?」


確かに、アイラのように糸が見えるわけでもない彼らが、外から待っているだけでその時を察するのは不自然だった。


ルードが顎に手を当てて考え込む。


「たぶんさ、ある程度の本数を摂取した人間は、危険な状態になるタイミングがある程度決まってるんだと思うよ。だから、狙えるんだ」


「夜、眠ってる間とかかな?」


「いや、彼らは神の涙の摂りすぎで眠らないと思うよー?」


三人は闇の中で小声ながら必死に頭を働かせる。どうやって商人たちは、身体をのなかにある魂が外に出る前にそれを察し、神殿に連れて行くことができるのだろうか。




そのとき、医者の家の中から、何かが倒れるような大きな物音が響いた。


「——なんだ!?」


「おい、商人が動くぞ!」


物音が鳴った瞬間、家の周囲に潜んでいた黒い影が、一斉に動き出した。


商人たちは物陰から姿を現し、迷いもなく医者の家の扉をこじ開けると、堂々と中へ入っていく。


わずか数分後、

彼らはぐったりとした町医者を肩に担ぎ、台車に乗せて外へ運び出した。


その手際のよさは異様で、まるで訓練された死神が、決められた時刻に魂を刈り取りに来たかのようだった。




台車の軋む音が、静かな夜道に溶けていく。



「……どうする?追う?」


ルードが息を潜めた声でささやく。


「どうせ神殿にいくだろうが、ついてくか」


アルゴが身を低くしながら言った。


アイラは二人の顔を見ないまま、ただ医者の体から伸びる金の糸を目で追っていた。

その糸は、絡まって束になったままゆらゆらと揺れている。


三人は暗闇に身を潜め、商人の台車と距離を取りながら神殿へと進む。


(今切れば……彼は神の涙の材料にならずに済むかもしれない。でも……)


アイラは手のひらを見つめる。先走る思いに心が揺れ、集中しようとしても力はまだ出せない。


「アイラ」


小さな声でアルゴが呼ぶ。


「ここで助けられるのは、お前だけだ」



言葉に背中を押され、アイラは深く息を吸う。

手のひらに意識を集中し、金色の光が微かに集まってくるのを感じた。

揺れる糸に視線を合わせ、心の奥の怒りと痛みを思い浮かべる。


母を失う子供たちのこと。

死してもなお、苦しみを強いられること。


光はじわりと強くなり、手のひらからほとばしる。だが、力の制御はまだ不安定で、少し距離のある台車から伸びる糸までは届かない。


「落ち着け……深呼吸しろ」


アイラはぎゅっと目を閉じ、全ての思いを手のひらに集中させる。


――そして、指先から光がほとばしり、手を伸ばした先から金色の光の帯が弾丸のように飛び出した。

それが、距離の先にある絡まった糸に触れた瞬間、光はぱちりと弾け、


糸が切れた。


医者の体をつたう光はゆっくりと消え、夜の闇に溶けていく。


「……間に合った」


アイラの手はまだ小刻みに震え、同時に立っているのもやっとというほどの疲労が、一気に身体を襲った。


ふらつくアイラを、アルゴとルードが両脇から支えながら、三人は神殿の近くにある低い植え込みの陰に身を隠した。


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