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誰もが役目を放棄した世界で  作者: ソニエッタ


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第24話 神の涙とリスト

 ルルとロイの父親はは看護師に案内されながら、静かに部屋の入口付近に立っていた。深く刻まれた眉間の皺と、握りしめられた拳。


目の奥には、どうしようもない迷いと決意が混ざり合っている。




(……やっぱりここに預けるつもりなんだ)




胸がぎゅっと締めつけられ、アイラの手が一瞬止まる。




看護師が説明する声がかすかに聞こえてくる。




「……こちらは、意識がない方や、余命が短い方をお預かりして……最後まで穏やかに過ごしていただけるよう……」




父親は何度もうなずいていたが、その横顔は、どう見ても決心しきれていないようだった。




アイラはふと、父親と目があう。


昨日言葉を交わしたのは一瞬だったのだが彼はおぼえていたようで、アイラと目があった瞬間、頭を下げた。






*******


アイラとアルゴの見習いとしての手伝いは夕方で終わった。大した時間働いたわけでもないのに、宿へ戻るころには、歩くのも億劫になるぼど、どっと疲れが押し寄せてきた。


「……すごい疲れた……」


「そうか? 俺は別に平気だな」


アルゴは肩をすくめて言う。


そりゃそうだ、とアイラは思った。結局、彼は仕事のほとんどをアイラに押し付け、途中で「散策してくる」とどこかへ消えていたのだ。


「あのさ……明日はちゃんと仕事してね?」


「気が向いたらなー」


軽い口笛とともに、アルゴは階下の食堂へと姿を消した。

残されたアイラは、重い身体をなんとか起こすと、自分の手のひらをじっと見つめ、ゆっくり呼吸を整える。


温もりがじわりと集まってくるような気配。

そのままそっと目を開いた。


次の瞬間、集まりかけていた光は、ふっ、と霧散して消えた。


「まただめか……」


暇を見つけては力の制御の練習をしているが、なかなか加減がつかめない。


きっと感情が揺れれば近くの者の糸くらい簡単に消せるのだと思う。だが、手当たり次第ではなく、狙った糸だけ消せるようにならなければいけない。


「せめて……あの部屋にいる人たちが神の涙になるだけは、絶対に避けたい」


祈りが役目の者たちは昼夜問わずあの部屋で祈り続けている。彼らも特別に神の涙を与えられているのだろう、複雑に絡み合った糸が何本も伸びていた。


神殿が「一つも魂を逃すまい」としているのが、嫌になるほど分かる。


「いやー、疲れた疲れた」


集中していたアイラの耳に軽い声が飛び込んできた。ルードが戻ってきたらしい。


「アルゴがね、食堂でお肉にかぶりついてたよー」


苦笑を返すと、ルードはアイラの隣に腰を下ろした。


「面白い情報つかんだんだ。神の涙を渡された人のリストがあってさ。それを神殿が贔屓にしてる商人に配っている」


「リスト……?」


「そう。神の涙を何本も飲んだ人の名前が書いてあって——」


ルードの表情が少しだけ曇る。


「大量に飲むと、体調に異変が出るでしょ? だからそのリストをもとに様子を見て……弱ったところを夜に神殿へ連れてきてるっぽい」


「……そんな……」


ルードは鞄から数枚の紙束を取り出し、アイラに差し出した。


役目、住所、そして与えられた神の涙の本数まで、細かく記されている。


「アイラちゃん、ここ」


紙を数枚めくりながらルードが指差した先、

そこには数日前、三人で調味料を届けに行った『金のスパイス亭』の店主の名があった。


「店主さん……」


「店に張り込んでたら、お迎えの商人と鉢合わせできるかもしれないね」


ルードの声は明るい調子のままだったが、その奥にほんの少しだけ、焦りと緊張が混じっていた。


「神の涙の危険性を知ってて黙ってるなんて……商人たちは罪悪感、ないのかな?」


「それはアイラちゃんの価値観だよ。あの人たちは、そもそも危険だなんて思ってないんじゃないかな?」


そうルードに言われて、アイラはつい自分たちの感覚が少数派だということを忘れてしまっていた。

自分が普通だと思うことは、この世界では異常なのだ。


「今夜このリストにある人たちのところ、行ってみない?」


提案され、アイラは無言で頷いた。


リストの中から、明らかに本数が異常な者たちを選び出していく。

このリストを渡された商人たちは、闇夜に潜み、彼らの命が消えかける瞬間を、まるでハイエナのように今か今かと待ち望んでいるのだろう。


そう思うと、アイラの胸の奥に、言いようのない気味の悪さと、静かで強い怒りが込み上げた。


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