第23話 看護師見習い
「いいかい? 君たちは看護師見習いだからね?」
ルードはそう念を押すと、商品が詰まった袋を肩に担ぎ、アイラとアルゴを順に見渡した。
神殿では余命の短い者たちが集められており、アイラとアルゴはそこで看護師見習いとして潜入することになった。
一方ルードは、商人のつてを使って夜に神殿へ運ばれてくる者について探りを入れるため、別行動をとる。
「特にアルゴは看護師見習いっぽくないから気をつけてねー!」
そう軽く手を振りながらルードが神殿から離れていくのを見送ったあと、二人は神殿裏の小さな扉を叩いた。
しばらくして扉が静かに開き、髪をすっきり後ろにまとめた若い女性が顔をのぞかせる。
「看護師見習いの者です」
アイラがそう告げると、年配の看護師と思われるその女性は穏やかに微笑み、二人を中へと案内した。
「ようこそいらっしゃいました。さあ、こちらへどうぞ」
長い廊下を進むと、明るい日差しが差し込む中庭に出た。そこでは車椅子に座った人々が、思い思いに日向ぼっこをしている。
「ここが、みなさんが残りの時間を穏やかに過ごせるよう開放している場所です」
家族の意向で預けられた者、自ら望んで来た者——その体調もさまざまだ。
アイラは以前、神の涙で聞いた悲痛な叫びを思い出し、胸がきゅっと締めつけられる。
ここにいる人たちも、いずれは神の涙の材料にされてしまうのだろう。
案内役の女性が、中庭で老人たちと談笑している老年の看護師に声をかけた。
「看護師長、見習いの方達がいらっしゃいました!」
看護師長と呼ばれた白髪をきっちり束ねた女性は、老人たちに挨拶をすると、にこやかにこちらへ歩み寄ってきた。
「王都の神殿がお手すきだから来てくださったんですよね? 助かります」
どうやらルードが何かしらの手を回して王都神殿からの応援という設定にしたらしい。
「では、担当のお部屋へ案内しますね」
看護師長は二人を連れて中庭を抜けると、並んだ扉のひとつを開いた。
中には十台ほどの寝台が並び、老若男女が静かに目を閉じて横たわっている。
その側では祈り手たちが熱心に祈りを捧げていた。
「もう意識のない方々です。神のもとへ旅立たれたら、すぐに知らせてくださいね」
ここは、余命が尽きかけた者たちの部屋なのだ。
息を引き取ったら、魂が離れてしまう前に祭壇へ運ばれる——きっとそういう仕組みなのだろう。
だが夜、神殿に運ばれてきていた者たちは祈りの言葉すらかけられず運ばれていた。
(祈りがなくても、亡くなってすぐなら魂は身体にとどまれる……ってこと?それとも、あの運ばれていた人はまだ息があったのかも……)
考え込み眉を寄せていたアイラは、隣のアルゴに肘で小突かれて我に返った。
「では、見習いさん。どうぞよろしくお願いします。お顔を拭いたりして差し上げてくださいね」
そう言い残して看護師長は部屋を後にした。
直後、アルゴが小声でぶっきらぼうにささやく。
「おい、早くここにいる奴らの糸を切れ」
祈り手たちが同じ部屋にいるため、大声では話せない。
「む、無理だよ! 光ったら絶対あやしまれる!」
「んなもん、ここにいる祈り手どもの糸も一緒に切っちまえばいい」
アイラは、あまりにも当然のように言い放つアルゴの言葉に、思わずぽかんとした顔を向けた。
そして小声で反論する。
「この世界に縛られて天に行けない魂ならともかく……理由もなく人の糸は切りたくないよ」
アルゴは理解できないとでも言いたげに眉をひそめ、アイラを見下ろした。
だがアイラには分かってしまう。
自分の意思とは関係なく、決められた役目を果たすのが当たり前の世界で生きてきた者が、
ある日突然その当たり前が崩れた時の、足元が抜け落ちるような、どうしようもない恐怖を。
みんながみんなアルゴみたいに強くて、何もかも平然と受け入れられるわけじゃない。
急に与えられた自由に戸惑い、怯えてしまう人だっているはずだ。
この世界の仕組みは間違っている、とアイラは思う。
けれど どうすればいいのかについて、簡単に答えを出せるわけでもなかった。
「……それはおいおい考えるか。とにかく、お前は力をちゃんと使いこなせ。いつでも糸を切れるようにな」
あまりにも軽く言ってのけるアルゴに、アイラはじろりと睨みつけ、そして彼を無視するように、寝台に横たわる人々のもとへ歩き、お湯を含ませた布で一人ひとりの顔をそっと拭いて回った。
アイラが寝台に横たわる人々の顔をお湯で拭きながら歩いていると、ふと視界の端に見慣れた横顔が映る。
——ルルとロイの父親だった。




