第22話 とりあえず糸を切れ
彼らの母親から伸びている糸を見つめながら、アイラは考え込んでいた。
この目の前の糸を今切ってしまえば、もしかしたら彼女が終わりを迎えた時には、この地に縛りつけられることもなく、安息の場所へ行けるのかもしれない。
――けれど、そんな保証はどこにもない。
糸を切ったとしても神殿へ連れて行かれ、あの祈りによってこの地に縛りつけられたままになるかもしれない。
そもそも、自分はまだ力を完全に使いこなせていない。今ここで糸を切れる確信すらないのだ。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
沈黙したままのアイラを、ルルが不安そうに覗き込む。
できることなら、この子たちの母親を死の淵から救い出せるような魔法でも使えればいい。
けれどアイラにできるのは、天に伸びる糸を切ることだけ。それすら不安定だ。
「ルル、ロイ。薬草も運んだし、私たちそろそろ行くね。私たちがいたら、お母さんもゆっくり休めないと思うし」
そう言うと、二人は残念そうにしながらも「またきてねー!」と明るく手を振ってくれた。
家を出ても、アイラはどこか心ここにあらずのまま足を進める。
「……あいつらの母親を、なんとかしてやりたいんだろ?」
隣のアルゴがぽつりと言う。
「うん。でも、どうしたらいいのかわからない。お母さんの糸を切れたとしても、神殿に連れて行かれてあの祈りを聞いたら、神の涙にされてしまうかもしれないし」
役目を放棄して町を出てから、数え切れないほどの真実を知った。
だが、どう動くのが正解なのかはまだわからない。
相手があまりにも大きすぎて、立ち向かう方法すら見えない。この世界ではアイラの価値観こそが悪とみなされるので、アイラ自身も何が何だか正直わからなくなっていた。
「わからないなら、思い浮かぶことを全部試せばいい。――とりあえずあの母親の糸を切れ」
あまりに唐突な言葉に、アイラは思わず固まった。
最近は何もかも難しく考えすぎていたのかもしれない。アルゴもアイラと同じタイミングで役目を放棄したはずなのに、彼は迷いなく、ただ真っすぐ前を見ている。
魂たちの悲痛な叫びを一つでも減らすこと。
神の涙にされてしまった魂を解放すること。
これが今、アイラがやるべきことだ。
「……アルゴがいてよかった」
そうこぼすと、アルゴは珍獣を見るような目でアイラを見つめ、彼女のおでこに手を当てた。
「熱でもあるのか?」
*****
宿屋に戻ると、二人はこれからのことを話し合った。
健康な体に戻すことはできないが、せめて神殿の魔の手からは救いたい。
「ルルとロイのお父さんがお母さんを神殿に連れて行くのは……止めたいよね」
「様子を見る限り、あまり時間は残されていない……。何がなんでも糸を切れ」
簡単そうに言うが、アイラの力はまだ不安定だ。
今日分かったのは、彼女の力が感情に大きく左右されるということ。
「何がなんでもって言われても……」
どうしたらいいのか悩んでいると、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ただいまー! 帰ってきたよ! ねぇ聞いて聞いて!」
突然の明るい声に、アイラとアルゴは呆気にとられてルードを見た。
本人はお構いなしに続ける。
「神殿の、余命わずかな人たちを世話する場所! そこの仕事を見つけてきましたー! 明日から二人とも行ってきてね!」
ルードは誇らしげに求人の紙を見せ、胸を張る。
「ほう、なかなか面白そうだな。アイラ、そこにいるやつの糸、全部切ってやれ」
アルゴの無茶な言葉に、アイラはただ目をぱちぱちさせるだけだった。
考えるよりまず行動するアルゴとルード。
この二人は似た者同士で、良いコンビなのかもしれない。
アイラはルルとロイの糸を切ったこと、そして彼らの母親のことをルードに話した。
神殿の情報を持ってきたルードのおかげで、ようやく道筋が見えてくる。
「役目の人たちがいるだろ? 求人なんておかしくないか?」
「僕は商人だよー? 人脈を生かせば、それくらい簡単にどうにかできちゃうのだ」
そう言うが、そんなことが本当に可能なはずがない。
この世界では皆、自分の役目以外の仕事をしないのが常識なのだ。
求人を出しても、誰も来ないはず。
アイラもアルゴもそれ以上深くは聞かず、無理やり納得しておくことにした。




