第21話 何が正解か
「お姉さん、大丈夫?具合悪くなっちゃった?」
手のひらを見つめて俯くアイラを、澄んだ四つの瞳が心配そうに下から覗き込む。
アイラはゆっくり顔を上げた。
ほんのさっきまで天に向かって伸びていたはずの二本の金の糸は、もうどこにも見当たらない。
「大丈夫よ」
力のない声でそう答える。
確かに、自分の意思とは関係なく役目を課せられ、時には死すら当たり前の犠牲として許容される人たちがいる。
けれど、何も知らずそれを当然のものとして生きていった方が幸せな場合もあるかもしれない。
役目を果たすことが悪いのか、自分のように解放されることが正しいのか、そんな単純な話ではない。
役目を失って初めて生まれた闇。
ふとした瞬間にそれが胸に忍び寄り、視界が暗くなる時がある。
「おい、また余計なこと考えてるな」
アルゴがアイラの頭に手を置き、乱暴に左右に撫でた。
「こいつらの糸が消えたんだろ? 責任を感じるな。これからこいつらは、自分の進む道を自分で選べるんだ」
アイラは小さくうなずき、子供たちに向き直った。
「私はアイラっていうの。二人のお名前、教えてくれる?」
男の子と女の子は顔を見合わせ、少しだけ考えてから答えた。
「ぼくはロイだよ」
「わたしはルル」
アイラはアルゴに乱された髪を整え、二人にやわらかく微笑む。
「ロイ、ルル。薬草探し、私たちも手伝ってもいい?」
「「うん!」」
明るい返事に、アイラの胸の重さがほんの少しだけ軽くなった。
******
四人は両手いっぱいに薬草を抱え、町の中心へ向かって歩き出した。
アイラは薬草集めなどしたことがなかったのだが、アルゴは勇者との旅に出る前に叩き込まれたらしく、まるで歩く薬草図鑑のように名前も効能も正確に言い当て、次々と採取していった。
「お兄ちゃんすごいねー! これだけあればママ元気になるね!」
ロイが純粋な尊敬の眼差しを向けると、アルゴは少し照れたように頭を掻く。
まんざらでもなさそうだ。
しばらく進むと、赤い屋根の小さな一軒家が見えてきた。庭は丁寧に手入れされ、色とりどりの花々が風に揺れている。
「パパー!」
ロイとルルは薬草を抱えたまま駆け出す。
その声に気づいたのだろう、扉がちょうど開いた。
「どこへ行っていたんだ!」
父親の声は叱責というより心配の色の方が濃い。子どもたちはその胸に飛びつき、興奮気味に両手いっぱいの薬草を見せびらかす。
「パパ! こんなに見つけたの! これでママよくなるよ!」
父親はその薬草を見つめ、小さく笑った。
けれどその笑みに宿る影を、アイラは見逃さなかった。彼はもう、妻が助からないことを悟っているのだろう。
子供たちの後ろで、薬草を抱えたまま立つアイラとアルゴに気づき、父親は少し驚いたように姿勢を正す。
「え、えっと……何か御用でしょうか?」
「パパ、この人たちが薬草探し手伝ってくれたの!」
ルルの嬉しそうな声に、父親の警戒はゆっくりと和らいでいく。
「そうでしたか……。うちの子どもに付き合わせてしまって、すみません」
謝罪混じりのその声に、アイラは小さく首を振ると、ふと父親から伸びる金の糸に目を向けた。
それは一本だけ、まっすぐ天に伸びている。この町では珍しく、彼はまだ神の涙を服用していないようだ。
アイラたちを家の中に迎え入れると、父親はこれから仕事に戻るらしく、慌ただしく支度をしながらも、どこか後ろめたそうな表情を浮かべていた。
「すみません、いつも昼休みを少し長めにとらせてもらって妻の看病をしているんですが、今日はもう戻らないといけなくて。何もお構いできず、本当に……」
小さく頭を下げると、そのまま足早に玄関へ向かい、扉の向こうへと消えていった。
背中からは、後ろ髪を引かれるような迷いと焦りがにじんでいた。
アイラはしばらく父親の背を見送ったあと、ふと服の裾に小さな手の感触を覚え、視線を下ろすと、ロイとルルがにこりと笑いかけていた。
「……きて。ママ、こっちで休んでるの」
子供たちに導かれ、アイラとアルゴは奥の部屋へと進んだ。扉を開けると、そこには眠る彼らの母親の姿があり、彼女から伸びる金の糸はかすかに揺れ、弱々しい光を放っていた。




