表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰もが役目を放棄した世界で  作者: ソニエッタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/56

第17話 闇夜

アイラは何度寝返りを打ったか分からないまま、観念したように大きくため息をついた。

寝台から上半身を起こすと、夜の静寂の中で自分の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。

窓の外に目をやると、家々の屋根の上から無数の金色の線が淡く瞬いていた。

それは星明かりよりもかすかで、けれど確かに生きている魂の光だ。


寝台を降りると、部屋の隅の鏡が目に入る。

闇のせいで色は分からないが、そこに映る瞳はもう、長年見慣れた琥珀色ではないのだろう。


小さく息をつき、身支度を整えたアイラは音を立てぬように扉を開けた。アルゴとルードの寝息が遠くに聞こえる。二人を起こす気にはなれなかった。



外は、不気味なほど静まり返っていた。


風すら止んで、まるでこの町に生きているのは自分ひとりだけのよう。

それでも家々からは、細く揺れる金の糸が伸び、夜の空気に淡い光を落としている。


(自由を手に入れたはずなのに……)


足を動かしながら、アイラは思う。

役目を放棄して、ようやく自分を生きられるはずだった。

でも、先の見えない不安が時折、どこからともなく顔を出す。


目の色は変わり、そしてこの奇妙な糸が見えるようになった。それが何を意味するのかも分からないまま、謎だけが増えていく。


アルゴとルードのように前を向いて笑うことは、今のアイラにはまだできないだろう。




やがて、視界の先に白い影が浮かぶ。


昼間、太陽の光を受けて眩しく輝いていた神殿が、今は闇の中にぼんやりと浮かび上がっていた。



アイラは神殿前の広場にある古いベンチに腰を下ろし、闇夜に瞬く金の糸を見上げる。

神殿からも無数の線が立ちのぼり、天へと消えていた。


「神殿の中……こんなにたくさんの人がいるんだ」


誰に言うでもなく呟く声は、夜気に溶けていった。




その時――、


遠くから、かすかな車輪の軋む音が聞こえてきた。

静まり返った町に、不自然なほどはっきりと響く。

アイラは身を低くして近くの木陰に身を隠す。


やがて通りの向こうから、数人の男たちが現れた。

台車を押しながら、何か重そうなものを運んでいる。

木の影からそっと顔を覗かせた瞬間、背筋に冷たいものが走った。


荷台の上には、人の形をしたものが横たわっていた。その身体から見覚えのある、金色の糸が伸びている。


「……人を、運んでるの……?」




男たちの姿が神殿の門の前で止まる。

月明かりに照らされたその瞬間、重い扉がゆっくりと開いた。


そこから現れたのは、見覚えのある男、神官長だった。白い法衣をまとい、金糸の刺繍が夜の光を反射して淡く輝く。


「ご苦労さまです。……今日はずいぶん多いですね」


神官長の声は柔らかく、まるで優しく労うような響きだった。だが、その笑顔はどこか貼りついたように動かず、目元だけが空ろに笑っていた。



「えぇ、今日も恵みがありまして」


男たちは恭しく頭を下げる。

台車の上のそれが、微かに揺れた。




「では、どうぞ中へ。夜は冷えますからね」


神官長が穏やかに言い、扉の奥を手で示す。

男たちは無言でうなずき、台車を押して神殿の中へと入っていった。


扉が閉まる直前、中からかすかに祈りとも呻きともつかぬ声が漏れきこえた。



アイラの胸がどくんと鳴る。


(……なにをしてるの、あの神殿で)


気づけば足が勝手に動いていた。

扉の脇にある細い通路を抜け、神殿の裏手へ。


夜風が冷たく肌を刺す。

月の光が石畳を白く照らし、彼女の影を長く伸ばした。



神殿の壁をそっと伝いながら、開いている窓を探す。そのとき、どこからかかすかな歌声のようなものが聞こえてきた。


祈りのような、けれどそれはどこか歪で、不気味な旋律を帯びている。


(中で……何が行われてるの?)


アイラは小窓の下にそっと手をかける。

触れた石は夜気で冷たく、体の芯まで冷えるようだ。


指先に力をいれ、ほんのわずかに窓を押し上げる。

かすかな軋みの音がして、アイラは慌てて息を止めた。


(……聞こえてない……よね?)


中からは、先ほどの祈りの旋律が続いていた。

けれど耳を澄ませば澄ますほど、それは祈りと呼ぶには不気味すぎた。

人の声が複数重なっているのに、調子は乱れ、

ところどころ呻きや悲鳴のような濁りが混じっている。


その音が、ぬめるように石壁を伝って外へ滲み出てくる。アイラの背筋に、冷たいものが静かに這い上がった。


ゆっくりと窓を持ち上げ、中を覗き込む。

神殿内部は夜にも関わらず、まばゆいほど明るい。

だが、その明かりは松明でも燭台でもなかった。


――金。

金色の光が渦を巻くように、中央の祭壇を照らしていた。


(これ……全部、人の糸……?)


目を凝らすと、祭壇の上には無数の金の糸が絡み合い、まるで巨大な繭のようにうごめいている。


その中心には巨大な器があり、それに液体を注ぎ込んでいる神官たちの姿が見える。

白い法衣を纏う彼らは、みな無言で動き、目は虚ろでまるで魂を抜かれた機械人形のようだった。


その横では、さきほど運ばれてきた人々が床に横たえられている。


アイラは口元を押さえた。

吐き気すら感じる。

彼女の金の目が熱を帯びる。


(……あの液体は神の涙?)


信じたくない。

でも見てしまった。


アイラは震える手で窓枠を掴んだまま、目をそらせない。


悲鳴の様な声。


魂を抜かれる叫びだ。

痛みと絶望をごちゃ混ぜにした声が、光の中で蠢いている。


(こんなの……許せない……)


胸の奥の熱が、ゆらりと灯った。

怒りか、恐怖か、自分でもわからない。



「……誰だ?」


神殿の奥から低い声が響いた。

アイラは反射的に窓枠から飛び退き、建物の影に身を押しつける。


(やば……見つかった……?)


胸が激しく脈を打つ。

息を潜めながら、少しだけ顔をのぞかせると、神官が一人、金の糸をまとったままゆっくりとこちらへ歩いてきていた。


目は光を失い、まるで人形のようだ。


(逃げないと……!)


足が勝手に動き出す。

胸の奥で鼓動が大きく脈を打つ。

アイラは神殿の影を滑るように走り抜け、息を切らせながら路地の暗がりに身を隠した。


耳の奥ではまだ、あの祈りとも悲鳴ともつかぬ声が鳴り響いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ