第12話 新たな町へ
まるで揺り籠のような、やわらかな揺れ。
耳に届くのは、車輪が土を踏む心地よい音と、遠くで鳴く鳥の声。
——このまま、また眠ってしまいたい。
そんな甘い誘惑に包まれながらも、アイラの意識はゆっくりと現実へと引き戻されていく。
重いまぶたを開けると、見慣れない木の天井と、淡い陽光。
どうやらルードの馬車の中らしい。
体を起こそうとするが、まるで体の奥に鉛でも流し込まれたように重たい。
それでも両腕に力を込めて、なんとか上体を起こす。
「あれ……私、どうしてここに?」
外を眺めていたアルゴがその声に気づいてこちらを振り向くと、驚いたように目を見開き、すぐにアイラのそばに膝をつく。
「目が覚めたか。……鉱山で倒れたんだ。覚えてるか?」
その声を聞いた瞬間、アイラの脳裏に、あの光と崩れゆく坑道の断片が蘇る。
胸の奥がきゅっと締めつけられるように痛んだ。
「あっ……鉱山! みんなは!? 鉱夫たちは大丈夫だったの?」
慌てて身を起こすアイラの肩を、アルゴが支える。
彼女の焦りを感じ取ったように、前方で手綱を握っていたルードが振り返った。
「アイラちゃん、よかったぁ……! 二日も眠ってたんだよ」
その声には安堵が滲んでいた。
アイラは馬車の外を見やる。
そこには見知らぬ草原が広がり、青い空がどこまでも続いていた。
黒煙も、崩れ落ちた鉱山の影も、もう見えない。
—あの場所から、どれほど離れたのだろう。
「鉱山は……崩れた。けど、生き残った者たちは外に出たから大丈夫だ」
アルゴは静かにそう告げた。
落ち着いた声だったが、その奥には微かに疲労が滲んでいる。
「町には他にも鉱山がある。一つくらい崩れても、町に支障はないだろう」
アイラは言葉を失い、両手を膝の上で握りしめた。
胸の奥で、あの日見た光の糸の残像が、まだ静かに揺れていた。
「……なんだったんだろう」
アイラはまだぼんやりとした声でつぶやいた。
「みんなに、光の糸みたいなものが見えたの。あれが何だったのか……今はもう見えないし、夢でも見てたのかな……」
アルゴはしばらく黙って彼女を見つめていた。馬車の小さな窓から差し込む光が、アイラの頬をやわらかく照らす。
その瞳はいつものように深い琥珀色に戻っており、あの金色の輝きは跡形もない。
「光の糸?俺には何も見えなかったが……」
そう言いながらも、アルゴの声にはどこか確信を持てない響きがあった。
あの坑道で見た光景、金に染まった彼女の瞳、そして発せられた光に、触れた鉱夫たちの変化。
それを夢だと片付けるには、あまりにも鮮明すぎた。
彼は視線をそらし、小さく息をつく。
「……あの時、確かに何かが起きた。それだけは間違いない」
アイラは小さく頷くと、窓の外の空を見上げた。
一筋の陽光が差し込んでいた。
*****
馬車の車輪が小石を弾きながら、やがて舗装された道に入る。
遠くに煙突の群れが見えた。
「もうすぐハイバの町だよ」
ルードが手綱を引きながら言う。
「工業の拠点でね、働くことが信仰みたいな場所さ」
町並みが見えてくる。灰色の屋根が整然と並び、通りには同じ作業着を着た人々が、まるで歯車のように規則正しく動いている。
声も少なく、笑い声ひとつ聞こえない。
「……ケール町と、まるで別の世界みたい」
アイラの言葉に、ルードはわずかに目を伏せた。
窓の外を見つめながら、アイラは胸の奥にまだ焼きついたままの光景を思い出していた。
ケール町は、とてもきらびやかだった。
朝には鐘が鳴り、商人たちが声を張り上げ、露店には磨き上げられた鉱石や宝飾が並んでいた。
目の奥は冷たくとも働く人々には笑顔があり、通りにはいつも活気が満ちていた。
だが、いまはその面影もない。
「ここの人たちは、無駄を出すことを一番の罪だと思ってる。朝から晩まで自分の役目を果たすことで、生きている意味を測る。働くことが信仰みたいなものなんだ」
アルゴが腕を組み、冷めた声で言った。
「つまり、役目がない俺たちは死んでいるようなものだな」
ルードは何も答えず、ただ手綱を強く握りしめた。




