第11話 鎖を断つ光
アルゴは、今見た光景が目に焼きついて離れなかった。
鉱山に入る前から、アイラの様子はどこかおかしかった。心ここにあらずで、時折遠くを見つめるような目をしていた。
そして坑道の奥で、仲間の亡骸を前にしても掘ることをやめない者や、亡霊になってなお掘り続けている鉱夫たちを目にした瞬間、
その“役目”というしがらみの強さに愕然としていた彼女が、ふいに何かに突き動かされるように立ち上がった。
深い紅茶のような琥珀色の瞳が、閉じていたまぶたを開くと同時にまばゆい金色の光を帯びた。
その刹那、アイラの体から淡い光が広がり、坑道全体を包み込んでいく。
息を呑むほどの静寂――そして、光が溢れた。
掘ることをやめられなかった鉱夫たちが、まるで夢から覚めるように金槌や鶴嘴を手放す。
亡霊たちはその光に照らされると、安らかな微笑みを浮かべ、ふわりと風に溶けるように天へと昇っていった。
その光景は、神聖というよりも長い苦痛の果てにようやく訪れた安らぎのように見えた。
アルゴもルードも、目の前の出来事をすぐには理解できなかった。
ただ一つ確かにわかるのは――
生き残った鉱夫たちが、アルゴたちと同じく“役目”という鎖から解き放たれた、ということだけ。
「……まずい、崩れる。アルゴ、アイラちゃんを担げるか!」
「……あぁ。」
アルゴは倒れ込んだアイラの身体をしっかりと抱き上げた。その瞼の下では、まだかすかに金の光が揺れていた。
坑道の奥から、岩が軋む音が響き、砂煙が立ち始める。足元の地面がゆっくりと沈み込み、空気が重たく震えた。
「おい! 君たちも来るんだ!」
ルードの声に、呆然としていた鉱夫たちが徐々に焦点を取り戻す。まるで長い夢から覚めたように、互いに顔を見合わせ、自分たちがいまだ生きていることを確かめるように息を吸った。
「おい、動けるか!? 立て!」
「……お、俺は……何を……?」
ルードは混乱する鉱夫の腕を掴み、無理やり引っ張り上げる。アルゴはアイラを抱えたまま風魔法を解き放ち、崩れ落ちる岩をはね除けながら出口への道を切り拓いた。
「走れ! このままじゃ全部潰れる!」
怒号と轟音が入り混じり、濁流のような砂煙が坑道を覆い尽くす。鉱夫たちはふらつきながらも互いに肩を貸し合い、出口へ向かって必死に走った。
背後から鈍い振動が押し寄せる。
天井が崩れ、粉塵が舞い上がる。
ルードは最後尾の鉱夫を押し出し、光が差し込むわずかな隙間へと飛び込むように外へ出た。
途端に、冷たい雨が頬を打った。
土と血の匂いが混じった空気を胸いっぱいに吸い込む。
次の瞬間、轟音が大地を揺らし、坑道が完全に崩れ落ちた。濁った土煙が一面を覆い、世界が一瞬白く霞む。
アルゴは荒い息を吐きながら腕の中のアイラを見下ろした。その顔は穏やかで、まるで深い眠りに落ちているかのようだった。
胸元からこぼれる微かな金の光が、雨に溶けて消えていく。
「……助かったぁ……」
ルードが安堵の声を漏らす。
隣では、土にまみれた鉱夫たちが黙って空を見上げていた。
「……あたたかいな……」
「……俺、今……生きてる……」
誰かのそんな呟きが、雨音に紛れて消えた。
アルゴは空を見上げ、静かに息を吐く。
肩の上のアイラを背負い直し、低く呟いた。
「……ここはもう、終わったな。
行こう。長くはいられない。」
ルードは短く頷き、二人の後を追う。
三人は崩れた鉱山をあとに、ぬかるむ道を歩き出した。
背後では、灰色の煙がゆっくりと空に溶けていく。
まるで縛りつけていた“役目”の鎖までも、静かに風にほどけていくかのようだった。




