第10話 掘り続ける者たち
顔を青ざめ、周囲を落ち着きなく見渡すアイラの様子に気づいたアルゴは、眉をひそめてそっと肩に手を置き、軽く揺さぶった。
「……アイラ?」
呼びかけに、アイラははっとしてアルゴの方を向く。まるで深い夢の底から引き戻されたかのような目だ。
「どうした?」
口を開こうとするが、喉が焼けついたように言葉が出ない。視線をアルゴに向けても彼からは光の糸は見えず、戸惑いが増す。
その時、場の張り詰めた空気を裂くようにルードの声が響いた。
「——二人とも、下がって!」
腰の袋から彼は掌ほどの金属板を取り出す。板には淡く光る紋章が刻まれ、ルードが短く呪句を唱えると、それが脈打つように明滅した。
「開け!」
突如、空気が震え、塞がれた岩の一部が鈍い音を立てて持ち上がった。ほんの数秒で岩の隙間が生まれ、坑道の奥へ続く暗闇がのぞく。
「長くはもたない、崩れる前に入るぞ!」
ルードは額の汗も拭かず躊躇なく暗闇へ駆け出し、アルゴはアイラの腕をしっかり掴み後を追う。
三人は湿った土の匂いに包まれながら、坑道の闇へと足を踏み入れた。
アルゴの小さな風の渦と、ルードの紋章板が淡く光を放ち、岩を少しずつ押しのけながら前へ進む。
濡れた地面を踏む足音と、岩を砕く鈍い音だけが坑道にこだまする。
それ以外は、まるで世界が息を潜めたかのような静寂に包まれていた。
「……なんなんだ、その板は?」
アルゴは手のひらサイズの金色の板を興味深げに覗き込む。
勇者を支え、魔王城を目指す中で数々の魔道具を見てきたが、こんな不思議な魔法を出す板は初めてだった。
「これ、すごい便利なんだよ。隣国で開発された魔道具で、自分の属性の魔法じゃなくても使えるんだ」
ルードは得意げに板を掲げ、表面に刻まれた紋章を指でなぞる。
「板に魔力を流しながら、描かれた紋章に対応する呪文を唱えるの。これは土魔法用の板さ」
「つまり、魔力があって、呪文をある程度理解している人じゃないと使えないってわけか」
アルゴは目を細め、板の仕組みを理解しようとする。
「そうそう!いろんな属性の板を揃えておけば、いざという時に便利だよね。売れると思うんだよ、高いけどねー」
ルードは少年のように目を輝かせ、得意げに笑った。その笑顔には、直感と商才に満ちた自分の感覚に絶対の自信を持つ輝きがあった。
*******
アルゴの風魔法が小さな竜巻となり、泥をかき分けると、目の前にわずかに開けた空間が現れた。
その薄暗い奥で――異様な光景が広がっていた。
三人は思わず足を止める。
息を吸うことすら忘れ、ただその場に立ち尽くした。
崩れた岩の下、暗闇の中で人影がゆっくりと動いている。
生き残った鉱夫たちは、逃げるわけでもなく、閉じ込められた仲間を助けることもせず、ただ黙々と掘り続けていた。
顔は土にまみれ、目は虚ろ。
希望も絶望もなく、ただ掘るという行為だけが体を動かしているようだった。
アルゴは目を大きく見開き、思わず声を漏らした。
「……あれは……亡霊か?」
生き残った鉱夫と共に、蜃気楼のような存在たちが、肉体を失ってなお掘る仕草を続けている。手は動くが、岩は微動だにせず、現実には何も変わらない。それでもその存在は坑道に縛られ、役目を全うし続けているかのようだった。アルゴの手は自然に止まり、視線はその異様な光景に釘付けになった。
アイラは息を詰め、思わずルードの腕を掴む。
「……どういうこと?……何が起こってるの……」
返ってくる言葉はなかった。
代わりに、彼女の胸の奥に積もっていた何かが、音もなく崩れた。
———どうして、誰も止めないの。
——どうして、もう命がないのに、まだ掘り続けているの。
怒りでも悲しみでもない。
ただ、あまりにも理不尽な光景に、心が拒絶した。
その瞬間、アイラの中で何かがぷつりと切れた。
音が遠のき、世界が静まり返る。
熱が再び、胸の奥から込み上げた。あのとき鉱山の入口で感じた、あの灼けるような熱。
視界が淡く染まり、鉱夫たち、そして魂となった者たちの身体から、細い光の糸が無数に伸びているのが見えた。それらはまるで操り糸のように彼らを繋ぎ止めている。
「――やめて……もう、やめてよ」
アイラの声は震え、涙が頬を伝った。
その指先が宙を掴むように伸びた瞬間、琥珀色の瞳がふっと金に染まる。
「……アイラ?」
傍らのアルゴが息を呑む。
その変化に気づいたのは、彼だけだった。
次の瞬間、アイラの手から光があふれ出した。
淡く、それでいて抗えないほど強い光が坑道を満たす。伸びていた無数の糸が震え、やがて――
ぷつり、と音もなく弾けて消えた。
掘り続けていた鉱夫たちが静かに手を止め、亡霊たちは一瞬だけ顔を上げ穏やかに微笑むと、風に溶けるように消えていった。
残されたのは、静寂と、崩れ落ちるようにその場に膝をついたアイラだけだった。




