第五十二話 二つの選択
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私は、正直動揺した。
新たな魂で転生するということは、ここでの出来事はすべて忘れて、記憶から消し去るということ。まだ、序盤しか生きていないセレーナの人生をいきなりリセットするなんて。
「シルフリードは、どう思っているの?」
先程まで降っていた綿雪は、いつの間にか止んでいた。木々の間から冷たい風が私たちの間を吹き抜ける。姿の見えないシルフリードは、どこで、どんな顔をしているだろうか?
《……俺は、正直、お前が転生してくれると、肩の荷が下りる。お前を大人になるまで見届けるつもりでいたけど、転生したら、お前はたくさんの幸せが待っているわけだし。もし今がチャンスなら、逃さない方がいいと思う》
でも、その声は沈んでいた。
【不遇夭折の呪い】が今世まで続くと、さっきまで愕然としていたのに、今度は、転生して幸せになれって? しかも、魂をリセットして?
私は辺りを見渡した。
運命の三女神は良かれと思って、新たな運命の糸巻を持ってきてくれた。
五人の大精霊たちは、良かったねと言わんばかりの表情をしている。特に、ゼフィロス様は、シルフリードを引き取る気満々のようだ。
リュークもヘルメスも、何故かほっとした顔をしている。
あの二人の大精霊は放っておいて、ガイア女神は、天から見下ろしたような、俯瞰な面持ちでみているのだろうか。
氷の大精霊のクリスタル様だけが、浮かない表情をしていた。
「ひいおばあちゃんは、どう思うの?」
少し慌てたのか、涙の跡があるものの、精一杯の笑顔を私に向けてくれた。
「セレーナ、幸福を受け取りなさい。あなたが来世で幸せに生きてくれたなら、私も幸せよ」
――本当にこれでいいのだろうか。『セレーナ・クレメント』の一生はこれで終わりにしてもいいのだろうか。
『セレーナ・クレメント』の肉体は、こんな魂をどう思うのだろうか。
無茶な魔力で体の中を散々めちゃくちゃにしておいて、この体だと呪いの運命から逃れられないから、『セレーナ・クレメント』からおさらばする?
――だとしたら、あまりにも身勝手な魂じゃないのか?
『あんたの体とは、おさらばして、私は新しい幸せな人生を送らせてもらうわ。バイバイ~~!!』
――『セレーナ・クレメント』にそんなこと言えるの?
彼女の立場なら、もっと長く生きたいはず。ちゃんと大人になりたかったはず。なのに、私個人の幸せを優先して、この人生終わらせてもいいの? 『セレーナ・クレメント』の人生を全うしてもいないのに。
今までのことをなかったことにしていいの? シルフリードは、それでいいの? この胸の痛みは何なの?
呪いのせいで、『セレーナ・クレメント』は死にやすい人生かもしれない。でも、まだやり残してきたことがたくさんある。
ヒーリングルームで、再会した村人を思い出した。私が、至らなかったばっかりに、死んでしまった多くの村人たち。もっと、長く生きたかったはず。家族に先立たれた遺族の喪失感もきっと計り知れない。
それに『セレーナ・クレメント』が死んでしまったら、うちの家族は、どうなるのだろう。特にお父さんは心配だ。私は、お父さんが一人酒を飲んでいる姿をイメージした。
ルカお兄ちゃんや、レオを泣かせてもいいの?
――だめだ。やっぱりまだ、生きなきゃいけない。厳しくても、つらくても。
私は、辺りを見渡した。
「シルフリードは、『セレーナ・クレメント』が死んでも悲しくない?」
問いかけても返事はなく、気まずい空気が流れていた。
「アトロポス様やケラシス様、クロートー様には悪いけど、私、転生しない」
運命の三女神は、三人とも、面食らった顔をした。
「どうしてだい? きっと転生先では、幸せが保証されてるというのに。わざわざ今世で苦労することないじゃないか!!」
「そうよ、これでも一生懸命、転生先を探したんだからね!」
「何か不満なの? まだ幸運が足りないとか言わないでしょ?」
三人とも、私のために動いてくれたことはすごくありがたい。でも……。
「アトロポス様、私の魂の中に氷の大精霊様の結晶片があるっておっしゃってましたよね?」
「あーーっ、言ったね。あの時は、魂をリセットしたら、結晶片が消えちまうから、前世の魂のまま転生した方がいいと勧めたけれど……」
「氷の結晶片の性質は『高潔』なんでしょ? 今ここで、転生をしてしまったら、今の私は、高潔な魂じゃなくなる。個人的な幸せのために、他の人が犠牲になることも許せないし、私のせいで、他の誰かが悲しんでほしくない」
――アトロポス様たちは、私を心配してくれている。それは分かる。新しい転生先を用意したのも、アトロポス様たちの罪滅ぼしかもしれない。だけど……。
「特にお父さんは、私が死んだら責任を感じて、ずっと自分を責め続ける気がしてならないの。お父さんはこんな私でも、受け入れてくれたたった一人の大人だよ? 見捨てて死ぬことなんてできない。私は身近な人たちの幸せを守るために生きていく。そのために悪魔退治を続ける」
自分の胸をぎゅっと掴んだ。これは、私の決意。
「でも、【不遇夭折の呪い】があるかぎり、セレーナの人生は、平凡ではいられないよ? 本当に茨の道さ。それでもいいのかい?」
アトロポス様が念を押すように、私に確認してくる。
「はい、覚悟はしています。それに『セレーナ・クレメント』の人生には、心残りがたくさんある。あの悪魔のせいで、たくさんの村人たちが犠牲者になってしまったし」
《セレーナ、自分を責めるな、何もお前だけのせいじゃない》
「そうだよ、セレーナちゃんの力だけじゃ限界がある。ベルゼブブを相手にしている時に、あいつが集落にいた村人を襲うなんて予想外だったし」
「君が、集落にいた村人を『光の聖域』で保護したとしても、あのネイコス相手に生き残るのは難しかっただろう。奴は腐っても神だからな。いくら魔力の多い君でも相手にならない。これは、仕方のない犠牲だったんだ」
ヘルメスが厳しい言葉をかけた。
「それでも、亡くなった人たちのためにも、私、悪魔退治は続けなきゃ。関わった以上、無責任じゃいられない」
周りは一瞬どよめいた。
「シルフリード、私。あなたが私が大人になるまでずっと見届けるって言ってくれて嬉しかったんだよ。それに一緒にいると、心が動いて生きている感じがするとも言っていたよネ?」
《……、うん、まあ、そうだな》
「ガイア様、私、ちゃんと『セレーナ・クレメント』の人生を全うしたいです。呪いに負けないで、大人になることをあきらめません」
「だからね、……だから、シルフリード。……私の側にいて欲しい……」
断られるのが怖くて、声が小さくしぼんでしまった。
嫌だといわれたら、どうしよう。そんな不安が頭をよぎる。
誰も声を発しない。辺りは水を打ったように静まり返った。
ずっと黙り込んでいたスコティオスが、いきなり声をかけてきた。
「この不遇夭折の呪いは13歳までに死ぬ呪いなんだ。だからお前が無事に13歳を過ぎれば、通常どおり長生きできると俺は確信している」
《良かったじゃないかセレーナ。俺がお前の13歳の誕生日を祝ってやる。それまで俺がお前をちゃんと守ってやるから》
「……本当にいいの? 後悔しない?」
《ああ、初めからそのつもりだったからな》
シルフリードの言葉に、ゼフィロスは目を丸くしたが、深いため息をつくと、あきらめた表情へと戻った。
私は、シルフリードの言葉が嬉しくて、ようやく緊張の糸がほぐれた。
―――まだ、この世界にいてもいいよね?
「呪いがあるかぎり、この人生が危険なことは変わらない。だから、もっと強くなる。だから鍛えるわ。弱い心も、体も」
《一人で背負うなよ。俺がそばにいるから》
大精霊の女性軍から、はぁ~~とため息が漏れた。
「うわぁ~、男の子らしい、素敵な言葉ね。『俺がそばにいる』だって。言われてみたいわ~」
ハイドリア様は身もだえた。
「愛よ、これがずばり愛なんだわ。風の坊や、やるわね」
光の大精霊アスピリア様が両手を広げて、うっすら光りだす。
「あたしは、これ苦手だな。よくも歯の浮くようなセリフが出てくるもんだ」
ブロンデ様がしきりに頭をボリボリ掻いている。
「ブロンデは、昔から恥ずかしがり屋だからな、恋愛の機微みたいなものが苦手なんだよな。またそこが可愛いんだよな」
ゲオテオス様は、ふふふと笑った。
「おい、馬鹿巨人。このあたしを揶揄うと、あとで痛い目に遭わせるぞ」
「いや、褒めただけだぞ?」
「どこがだよ!! あたしを怒らせると、毎日、雷降らせてやるぜ?」
ゲオテオス様とブロンデ様が二人でわちゃわちゃしている間、ゼフィロス様の声が聞こえた。
「なぁ、シルフリード。やはりお前は【名付けの契約】を続行するのか?」
《……はい、ゼフィロス様、ぜひお願いします》
「……ぜひ、か」
《チリーン、チリーン》
すると、軽やかな鈴の音がガイアの所から聞こえた。ガイア女神は、小さな金の鈴を手にして微笑んだ。
「――決まりましたね。芹奈。あなたの魂にはちゃんと『高潔』な氷の結晶片を持っていました。あなたの言う通り、『セレーナ・クレメント』の人生を続行致しましょう」
「はい!」
「では、これから、火の大精霊プロックスと闇の大精霊スコティオスに罰を与えようと思います」
ガイア女神の表情が引き締まり、声が一段と厳しくなった。




