第四十六話 呪い
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「――君、いつまで私の肩にしがみついているんだい?」
私は閉じた目をそっと開ける。
すると鼻と鼻がくっつきそうなほど、ヘルメスの怜悧な顔が真近にあった。
「わぁっ!!!」
勢いよく上半身をのけ反って後ろに倒れそうな所を、慌ててヘルメスが腕を掴んで助けてくれた。
「なにも、そこまで嫌がらなくてもいいじゃん。見ていただけだし」
「だって、近かったから、びっくりしただけ!!」
あんまりにも近いから、顔が熱くなり、胸がバクバクしている。年頃の娘をあまりいじめないで欲しい。
「おい、ヘルメス、お前!! 僕の事はどうでもいいのか?」
リュークは、ヘルメスに腰ベルトを掴まれたまま、ぶらぶらしている。
「ふふふ、ごめん、ごめん」
見上げると、工場の三つの煙突には、白い煙がモクモクと流れ出ていた。きっと今日も、運命の三女神の働き手である大勢の妖精たちが、工場で栽培している『銀のリンゴ』から繊維を取り出し、せっせと巨大な糸車を回し、糸を紡いでは、小さな手で人型の『糸巻き』に糸を巻きつけているのだろう。
「……懐かしい。運命の糸工場へ来ましたね。また、ここへ来るとは思ってもみませんでしたが」
「まだ、感傷に浸る場合ではありませんよ。アトロポス様は、君に大事な話があるそうですから」
「大事な話ですか?」
「早く行こうよ、セレーナちゃん」
重たい鉄の門が勝手に開くと、私たち三人とシルフリードは工場の中へと入っていった。
工場内の廊下を奥へまっすぐ進むと、アトロポス様たちの住処がある。乳白色の豪華な扉を開くと、広々とした空間がそこにはあった。
天窓から光を浴びた植物や花々、ヨーロピアン風の家具と照明、それでいて壁はコンクリート造り。床は白い大理石でつやつやしている。ハイセンスで優雅なインナーテラスだ。
クリーム色を基調にした、高級なロココ調のソファーセット。ふかふかの一人掛けソファーにアトロポス様は悠然と座っていた。化粧もヘアースタイルもバッチリで、紫色のゴージャスなドレスを着けている。ダイヤモンドの指輪や装飾品がまぶしい。相変わらず女社長のような雰囲気を出している。
「おや、来たかい」
「アトロポス様、お久しぶりです。セレーナです」
「そうか、転生したのは少女の魂のままだったからね。3年ぽっちでこんなに大きくなるのか」
「ヘルメスも、リュークもわざわざご苦労だったね」
「いえいえ、アトロポス様も、この度はお疲れさまでした」
「いや、これは私らの存在意義を問われる事案だったからね」
アトロポス様は珍しく深呼吸をした。
「お前の五つ前の前世が、氷の大精霊の第一子だったことは、ヘルメスから聞いただろ?」
「はい、クリスタル様から杖と魔法書を貰った時に、ヘルメス様から話は聞きました」
「実は、お前が氷の精霊の子供だった頃、乳母が悪いやつでな、お前のおやつに毒を仕込んで、中毒死させたんだ」
「えっ!? 私、殺されたんですか?」
「早い死は、それだけじゃ終わらないんだ。次の転生先も同じく子供の内で亡くなっている。戦争孤児で悪い大人に騙されては利用され、お前は、最後に警察官に撲殺されてしまったんだ。そして、またその次の転生も、継母に食事を与えられず、折檻死されているし、また次の転生も口減らしに雪山に捨てられ、狼に食われて死亡した。また次の転生先では――」
思わず、両手を振ってストップをかけた。
「ち、ちょっと、待ってください!! まさかとは思いますが、私、五つ前の前世から、ずっと不幸な死が繰り返されているのですか?? 全て子供のうちに死んでしまってるってこと?」
「……悔しいけど、その通りだよ」
衝撃的な真実に思考が追い付かない。
「私は今までずっと酷い不幸を背負ってきたの!? まさか、真由美のこともその一つにしかすぎなかったというの?」
「お前が前世で不幸な境遇になって、死を遂げたのも理由がある」
「はっ、どんな理由があるのですか? そもそも、運命の女神さまが人間の運命を決めるんですよね? 幸も不幸も死も!!」
アトロポス様に声を荒げてしまった。あまりにも悔しくてたまらず、ワンピースの生地を握りしめた。
「……ああ、その通りさ」
「アトロポス様。いくらなんでも、これは酷くないですか? 五つの前世すべて早死にって。これが運命の女神さまの采配なんですか!!」
ついに、堪忍袋の緒が切れて、怒鳴りつけてしまった。
「お前は、全部余命を残したまま、死んでしまっている。あまりにも不審に思ったから、ちょいと調べてみたんだ。」
怒り心頭の私にヘルメスは落ち着くように両肩を軽く叩いた。
「これはね、運命の女神様のせいではないんだよ。全部呪いのせいだった」
「呪い?」
アトロポス様は、重い腰を上げた。
「あんたにはちゃんと聞く権利がある。私の目をかいくぐって勝手に人の運命を呪いにかけた犯人を捕まえた」
アトロポス様は指を鳴らすと、二人の成人男性が現れた。二人とも光の縄にくくられている。一人は、黒髪が美しい綺麗な成人男性。もう一人は真っ赤なくせっ毛の髪が伸び放題のやたら体格のいい男性だ。二人ともひざまつき、俯いている。
「この黒い髪の男が闇の大精霊スコティオス。もう一人は火の大精霊プロックスだ」
「まさか、大精霊様の二人が私に呪いを? 何の恨みがあって?」
「なあ、お前が精霊界へ行ってクリスタルをなだめてくれないか? お前の呪いの事がアイツに全部バレちまって、怒り狂って精霊界が大荒れですごく吹雪いているんだ。このままだと、精霊界が氷雪の世界に変わってしまう」
プロックスは、私に助けを求めた。
アトロポスはドスの効いた低い声でプロックスに怒鳴った。
「お前らの尻拭いをお前らが呪ったこの子にさせようとするのか? その前に言うべきことがあるだろう」
アトロポス様の怒鳴り声は恐ろしく怖い。
「その前に一から順に話した方がいいんじゃない?」
珍しくヘルメスが静かに怒っているように見えた。
明日の夜22時10分に投稿します。




