第三話 運命の三女神とヘルメス
度々修正、再編集しますのでご了承ください。
翌朝、エマさんとリュークが部屋をたずねてきた。
「――おはようございます。お迎えに上がりました」
「芹奈ちゃん、おはよう。今日は僕がモイライ三女神のところへ案内するよ」
「……おはようございます。あの、……よろしくお願いします」
私はリュークにお辞儀をする。
「もしかして、緊張してる? それとも眠れなかったのかな? まあ、仕方がないよね。リラックスするほうが難しいか」
リュークは笑いながら私の頭を撫でた。
「私の出番はここまでですね。守下様どうぞ、良き人生を」
エマさんは私に会釈をすると、そそくさと仕事に戻っていってしまった。
「彼女は何万人もの魂を見送ってるんだ」
リュークは彼女の後ろ姿をじっと見つめていた。キビキビと歩くエマさんはお仕事モードだ。
「言葉使いは堅苦しいけど、あの人意外、情が深い人なんだよ」
心の中でエマさんに感謝と別れを告げた。
リュークは朝日を背にして軽く背伸びをする。
「さてと、実はモイライ三女神の運命の糸工場はここから遠いんだ。僕は歩くのが慣れているけど、芹奈ちゃん、覚悟していてね」
「はい、分かりました」
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数十分後、モイライ三女神の『運命の糸工場』の奥にある豪華なインナーテラスで、私とリュークは、高価なソファーにちょこんと座り、目の前にいるアトロポスとテーブル越しで対面していた。
なぜ、こんなに早く着いたのか。それは、おかっぱ男神のせいである。
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《数十分前の回想》
リュークと私は、のんびりと、雲の長い上り坂をひたすら歩いていた。左手には、眼下に広がる広大な『空の港』があり、冥府へ行く人、港で働く人、船の船員など、人の往来が忙しない。上から見るこの景色は、じっと眺めていても飽きないぐらいだ。
港にはたくさんの種類の木造船が停泊している。ぱっと見、十隻ぐらい船が並んでいて、ずらっと綺麗に並んでいる。停泊している船も〇ック船長の海賊船のような船から、幽霊の海賊船みたいな不気味なものまで、バラエティーに富んでいる。中には屋形船もある。ちゃんと提灯もついていて、畳も敷かれていた。
「むこうにあるは、屋形船は、日本人用に置いているのかな? こんなところで見るとは、思ってもみなかった。凄いね~~!」
「あれね、最近出来た船なんだ。すごく評判がいいんだよ。とくにお年寄りに大人気な船なんだ」
リュークが説明していると、リュークの首に白い腕がスッと入り、リュークにヘッドロックをかける男が乱入した。
「痛っ~~!! 誰だよ、お前は!!」
リュークから、その男の顔は見えない。リュークは今、白銀のおかっぱ男に襲われていた。この男の衣装だけは現代風で、白のサロペットに白いシャツ、銀のブレスレッドに、カワセミの羽のピアスをしていた。なんだか、チャラい印象だ。
「私を忘れるなんて、君、酷いじゃないか」
「ぐっーー、ヘルメス、止めろや!!」
この人、全然腕を外そうとしない。絞め殺すつもりだろうか。
「なぁ、二人してどこ行くんだよ」耳元で囁く。
「ふぁっ~~、おっ、お前には関係ないだろ!! いい加減離れてくれよ」
「例の画像をばらまいてもいいの?」
すると、ヘルメスと名乗る男は、ちらりとスマホの画像をリュークに見せた。
(いやいや、ちょっとまって、死後の世界にスマホが存在しているの? いやいや、その前に、ヘルメスって言ったよね。あのヘルメス? 完全にやばい人じゃん。リューク大丈夫かな?)
私は軽く混乱した。私を放って、端の方で二人は肩を組んで、こそこそ話をしている。
「やあ、君、運命の糸工場へ行くんだろ? 良ければ私が送っていくよ」
ヘルメス様は馴れ馴れしく、私に話しかけてきた。
「ありがとうございます。あの、送っていくって、乗り物か何かあるのですか?」
「いや? 私が君を担いで走るだけだ」
「へぇ? ……あっ、いや、失礼いたしました。結構です」
私は、視線をそっと外した。
すると、じりじりとヘルメス様が近寄ってくる。
「若いのに、遠慮はいらないよ」
いきなり、ヘルメス様が私の腰に手を回した。
「きゃぁ!?」
何故か、私はヘルメス様の右肩に担がれ、リュークは左手で腰ベルトを掴んでいた。
(嫌!! ワンピースなのに、これじゃあ、見えそうに~!!!)
「じゃあ、落っこちないようにね」
ヘルメス様が一言いうと、この世の者とは思えないほどの尋常ではない速さで、空を駆け抜けた。
「「だぎゃあぁぁぁーーーーー!!!」」
リュークと私は悲鳴を上げた。
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思い出しただけでも、恐ろしい移動手段のおかげで、物凄く早く到着した。心身ともにヘロヘロになった。もう、吐きそう。
「おや、あんたもいたのかい?? ヘルメス」
「アトロポス様、ご機嫌麗しゅう。お久しぶりでございますね!」
伝達の神ヘルメスは私でも知っている、有名な神様だ。羽がついた白いパタソス帽子と蛇が二匹絡まったカドゥケウスの杖。足には小さな羽が付いたタラリアサンダルを履いている。
切れ長の目は鋭く、アメジストのような美しい瞳。賢そうな顔立ちと体系は中性的な美形男子だ。背の高いリュークと比べて少し背が低い。
(でも、見た感じ、本当に神っぽくないんですよね……)
「すみません。アトロポス様。ここへ向かう途中、偶然ばったりこいつに捕まってしまって。かなり早くここへ連れてこられてしまいました。すみません!」
リュークが汗をかきながら、平謝りをする。
「偶然なわけないでしょ? 狙ってやってるに決まってるじゃない。面白そうなネタを嗅ぎつけたんでしょ?」
「おっしゃる通り、記者魂ってやつですね~。ありきたりな娯楽しかない平和な天界ですから、『月刊天界文集』が少々行き詰まりましてね。なのでぜひ、あの子を取材をさせてもらえたらと、思いまして……」
私をじっと見つめるヘルメス様。
「えっ、わたし?! なんで?」
「まあ、うちはヘルメスにはいろいろと恩義があるから、まぁ、断れないわね~」
(え~、ちょっと断ってよ!! ていうか、何で天国で雑誌なんか書いているのさ!!)
アトロポス様は、見た目年齢が六十代で、まぁまぁ太めのご婦人だ。マリ〇〇モンローような髪型と青いアイシャドーと赤い口紅。それだけで、迫力満点だ。紫の艶やかなキトンを巻き、腰ベルトや腕輪など装飾品は全部金だ。ボス感たっぷりの威圧感。赤い唇にキセルを咥えては、こちらをじっと観察していた。
部屋の奥から、焦げ茶色のアンティークな配膳ワゴンにティーセットとクッキーを運ぶ女性がいた。ブロンドのまとめ髪をした女性はアトロポス様ぐらいにぽちゃりとしていて、年も離れていなさそうだ。
こちらの雰囲気は、まるでカントリーお母さんみたい。というか、ずっとクッキーを焼いていそう。衣装も光沢のあるアイボリー色でまとめられており、シックで上品な印象だ。
「あらあら、ずいぶんと早かったのね。もう少しゆっくり来られてもよかったのよ」
話しながら、ゴージャスなテーブルに上品なティーセットがセッティングされる。
「あ、あの、すみません、私、守下芹奈です。リュークさんと早く来すぎてしまい、すみません」
「おや、緊張しているのかい? 私は、アトロポス。三姉妹の長女さ。人様の天命を決めてハサミを入れる役目をしている。そこのぽっちゃりさんは私の妹、ラケシス」
「やだ、お姉さま、気にしてること言わないで!」
(さほどアトロポス様と大して変わらないけど……?)
「あの子は、運命の長さを測るのさ。あと、人生でなにが起こるか、見ることができるよ」
すると、奥の部屋から騒がしい声が聞こえたと思ったら、ブロンドツインテールの可愛らしい若い少女が出てきた。痩せていて、薄いピンクのさらりとした生地が若さを感じる。見た目、エマさんよりも年下か? その少女は、緑の小人を縛り首にして振り回していた。なんだか素行が悪い。
「アトロポス姉さん、聞いてよ!! こいつになんとか言ってやって!! 私の事をあんぽんたんって言うのよ。……ねぇ、『あんぽんたん』っていう音の響き、超~可愛くない?」
「くっ、……この、頭のネジが外れた残念な子がクロートーだよ!! あの子が運命の糸を紡ぐ大事な役割をしている。天然だけど、仕事はきちんとするから、安心しておくれ」
クロートー様は、ヘルメス様を見つけるなり、縛り首にされた小人を放り投げて、エルメス様の所へ駆け寄った。興奮してヘルメス様の手を握りしめると、ぴょんぴょん飛び跳ねて再会の喜びを体で表現している。正直苦手なタイプだ。
(クロード―様というより、クロード―ちゃんの方がしっくりくるよね)
ヘルメス様は合わせるように笑っているが、目が笑ってない。陰でリュークが意地悪そうに笑っている。私も内心、ざまぁと思ったりして。
私は視線を下に向けると、クロートー様が落としていった緑色に光る小人の精霊を、そっと拾ってみた。手のひらサイズの生き物なんて、触れたことがない。緑色の服に、ミントグリーンの髪。そして瞳は、晴れた空のような綺麗な色をしていた。
「あぁ、こいつがお前を死に追いやった風の下級精霊のシルフさ。私たちの仕事を台無しにした張本人さ」




