第三十話 意外な訪問客
誤字脱字があれば、訂正して再編集しますので、ご了承ください。
今日の天気は、薄曇りで比較的過ごしやすい。時折吹く、気持ちのいい風は、森で過ごすのに最適である。
シルフリードは一昨日から、私があげたヴィスクレールの花冠をずっとつけている。もう、花はしおしおなのに、だいぶ気に入っているみたい。
芽吹月の満月。暴食の悪魔ベルゼブブがやってくる。修行するにはあまりにも時間が足りない。
私が森で魔法の練習をしてから二日目。しかし訓練は順調とはいかなかった。それはなぜかというと、体内にある魔力は掴んでいる。だが、肝心な氷魔力と光魔力がうまく出てこない。
とりあえず、イメージだけで氷を出してみることにしたのだが、手のひらから、いびつな氷の塊がどんどん溢れ出てくるだけだった。シルフリードが言うには、氷魔力と光魔力がごちゃ混ぜに出ているらしい。
「とりあえず、右手に氷、左手に光を分けて出してみなよ。そこから練習してみよう」
私は、胡坐をかいて目を閉じる。へその中心に銀河系のように、渦を巻いている魔力を感じ取る。深い呼吸をして、光の粒子と銀色の粒子を分けてみる。
――どうやって分けようか。
今度は温度で分けてみよう。
冷たい粒子は右側へ、温かな粒子は左側へゆっくり、流れを……。
眉にしわをよせて集中しているときに突如、左頬をプニプニ突かれて、だんだん集中が途切れてしまった。
「やめてよ‼ シルフリード、集中できないじゃない‼」
かっと目を見開いたセレーナは辺りを見渡した。
「は~い、元気⁉」
「うわぁぁぁ⁉」
なんと、目の前にヘルメスが座っているではないか。それにリュークも一緒だ。二人とも、軽い素材のロングコートを着て旅人風の恰好をしている。
「なんで、ここに二人がいるの?」
のけぞっているところへシルフリードもやってきた。
「転生先はどうだい? うまくやっているかい」
ヘルメスは鋭い目をしてシルフリードを伺う。
「ええ、うまくやっています」
「可愛い僕の未来のお嫁さん。元気にしてたかい?」
リュークは両手を広げ私に抱きついてきた。すると、風操作でリュークが軽く吹き飛ばされた。
「一体何の用ですか?」
憮然とした態度でシルフリードは私を抱っこする。
あの試合から、シルフリードは何かにつけ私を抱っこしたがるようになった。原因は分からない。なんでこうなったのか……。
「いや~、君、いつの間にお嬢ちゃんの扱いがうまくなったんだい? やっぱり、【名付けの契約】で人間らしい感情を手に入れたのかな?」
ヘルメスの目が鋭く光る。
「えっ? 俺が人間らしく見えるんですか?」
シルフリードの問いかけを無視して、魔法でペンを手帳に走らせるヘルメス。
「あの、ヘルメス様? それよりも、私の事を記事にしてませんよね?」
「実は、君には感謝しているんだ。君の人生を書いた雑誌が、今、大ヒットしているんだ。神々の間でもう大人気。人の不幸は蜜の味ってやつ? 続きが知りたいってうるさいんだ。でね、届け物ついでに君を取材するため、今日は来たんだよ」
「取材って……。ヘルメス様が書いているのって、月刊天界文集ですよね? 覚えていますよ」
冷ややかな目線でヘルメスを睨む。
「いや~~、この星で起こる邪神による悪魔征服を阻止するべく、お嬢ちゃんが今、修行をしているんだよね。その話が天界で広まって、女神や男神達が君達を応援しているんだよ。天界ではネット配信しているから、希望者はセレーナちゃんの動向をチェックすることができるんだ」
(待って、天界ってネット環境があるの?)
「まさか、私、天界で監視されているの? 天界でネット配信? へ~ル~メ~ス様、私のプライベートは丸見えなんですか!! どうなんですか!!」
「まさか一部始終を監視しているわけじゃないんだよ。時々、僕とモイライ三女神とこいつでね」
ヘルメスは顎でリュークを指した。
「モイライ三女神も私の動向を見てくれているんですか? あっ、あの監視室みたいなところでですか?」
「そ、紅茶とケーキを食べながら、泣いたり、笑ったり、君たちの動向を見ているよ」
「ちょっと、それって、娯楽じゃないですか!!」
ヘルメスはちらりとシルフリードを見て、意味ありげにほくそ笑む。
「まあまあ、今日はね、セレーナちゃんに届け物があるんだ。これは、皮肉にもヘルメスが君の事を記事にしたおかげで、ある方からコンタクトがあったんだ。これはね、その方が君に贈り物を届けてほしいと頼まれて人間界へ来たんだよ」
リュークは懐から小さな箱を取り出した。その箱はまるで宝石でも入っているような高そうな箱だった。
「これは、なんですか?」
「君が開けてみなよ」
リュークに言われた通りふたを開けてみると、そこには魔晶石の装飾がある銀色の樹枝六花のペンダントだった。
「あと、本も二冊あるからね。これは君にとって強力な武器になると思うよ」
ヘルメスから布に包まれたものを渡された。結び目を解くと、銀色の表紙の厚みのある本。これには氷の魔法と書かれている。もう一冊は白い表紙で光の魔法と書いてある。これは魔法書だ。
「こんな、貴重な物……誰からの、贈り物ですか?」
「氷の大精霊クリスタルからだよ。これは、魔法の杖になるらしいよ。大きさも自由に変えられるらしい。君が、この星の救世主だと知って、これを使ってほしいってさ。あと、光の魔法の本は、光の大精霊アスピリア様からだよ」
「ええっ⁉ これ、二人の大精霊様からのプレゼントですか?」
「すごいよね。でもその前に、そのペンダントがちゃんと使えるかどうか試してみてよ」
私は小さな箱から樹枝六花のペンダントを取り出した。肌に触れた感触がとても冷たくて気持ちいい。
「でも使い方が分からないよ」
ヘルメスは私に近づいた。
「呪文があるんだよ。これは、氷の大精霊の特別な人しか使えない呪文がね。こう言うのさ。『天より舞い降りし六つの花、我が力、氷姫の元へ帰らん』ってね」
「……これって、もしかして氷の大精霊様の娘さんの事ですかね? だって、氷姫って言うから」
ヘルメスとリュークは動きを止めた。
「あはは、随分と分かりやすい呪文だったかな? 実をいうとね、君、五つ前の前世では、氷の大精霊の第一子だったんだよ。最初の子供!」
「えぇぇぇ⁉ ひいおばあちゃんじゃなくて? 前世のお母さんってこと?」
あまりの衝撃的な発言に思考が一瞬で飛んだ。固まった私に、シルフリードが背中を優しくトントンと叩く。
「ほら、しっかりしろ」
「ごめんね、セレーナちゃん、ヘルメスの奴は口が軽すぎるんだよ。本当は内緒にって話だったのに、もう約束破っちまった」
リュークは申し訳なさそうな顔をして私の機嫌を伺う。
「今ヘルメスが言った呪文が正常に働いたら、君は間違いなく、前世は氷の大精霊の娘だという証だよ。一度試してみたら?」
(ヘルメスがワクワク顔でこちらを見ている。……もう、この人は……)
「とりあえず、試してみます」
私は、目を閉じて集中した。
「天より舞い降りし六つの花、我が力、氷姫の元へ帰らん」
すると、ペンダントが輝きだし、姿を変え、三十センチぐらいの魔法の杖になった。白銀の魔法の杖は冷たくて気持ちがいい。ところどころに雪の結晶の装飾もある。
「そうか、私って前世では、ひいおばあちゃんの娘だったんだ。魂の中に氷の結晶片が残っていたのは直系の娘だったから?」
魔法の杖の先にヘルメスの白魚のような指が触れた。
「しかし、五回も転生を繰り返しているのに、精霊の結晶がいまだに魂に残り続けているのは、ある意味すごいことだよね」
(……結晶と証……)
「この氷の魔法の杖で、氷魔力だけがスムーズに出てくるはずだよ。これで早く氷魔法と、光魔法をマスターするといいね」
「うっ……大精霊様たちからのプレッシャーを感じる」
「大丈夫、自信をもって頑張れば、大人まで生き延びることが出来るはず」
ヘルメスはうっかり口を塞いだ。
「おい、ヘルメスお前、なんてこというんだ⁉」
リュークがヘルメスのほっぺたを両手でぐいぐい引っ張る。
男神だけでいちゃつきはじめた彼らを一旦置いといて、私だけ少し離れた所へ移動した。
早速目を閉じて、自分の中にある銀河系のような魔力に集中する。右手には氷の魔法の杖、左手に光を集める。すると、体内で流れる川のように自然と二手に分かれ、見事二つの属性を分けることができた。右手で持つ杖の周りに冷気を漂わせ、左手に光の玉を手にしていた。
「みんな、見てみて、出来たよ‼」
見えるように、氷の魔力と光の魔力を上にあげた。
「やったじゃないか‼ いいぞ。セレーナちゃん」
リュークが手を振ってくれた。
ヘルメスとリュークとシルフリードが私の所へやってきた。さっと、両手の魔力を消すと、リュークが私を抱っこした。
「ペンダントは、『戻れ』といえば、ペンダントに姿を変えるから」
リュークが言うと、私はその通りに呪文を唱えた。すると、胸元にペンダントが戻った。
「二人ともありがとうございます。おかげで、なんとか、悪魔退治に参加できそうです」
すると、リュークは私の鼻を指で触れては、ぎゅっとハグをしてきた。
「あぁ、こんな可愛い子が戦うなんて、代わりに俺が戦いたいぐらいだよ」
「何言っているんだよ。可愛い幼児が戦うから、皆にウケるんじゃないか」
ウケるとか、とんでもないことをヘルメスは平気で言う。
「じゃあ、私で儲けているのなら、頼みがあるんですけど……聞いてくれますか?」
リュークはそっと私を地面に下ろす。
私はシルフリードに視線を送ると、シルフリードは懐から手紙を取り出し、ヘルメスに手渡した。
「これを、エルフ領に住んでいる、レン・セルシウスに渡してもらえませんか? そこに住所は書いてありますので」
リュークは手紙を覗き込んで考える。
「え~と、何か聞いた覚えがあるな……あ~っと、確か……」
「君のおじいさん、レン・セルシウスに渡せばいいんだな」
「その通りです。物覚えがいいのですね」
「そうだよ。僕は覚えがいいんだ。常識だよ」
爽やかな笑顔で答える。中性的な美男子なのに、腹黒いのは残念だけど。
「でも、なぜ、君が手紙を書いたんだい? お母さんじゃなくて」
ヘルメスの質問に私とシルフリードは視線を合わせた。
「ちょっと、プライベートなことなんで……」
「そのプライベートが知りたいんだけど?」
ヘルメスも譲らない。
「……悪魔退治が終わったら、おじいちゃんの所に一緒に住めないか頼もうと思って」
すると、ヘルメスの眼光が鋭く光った。
「ふ~ん。そうか。もしかして前世の魂のまま転生したこと家族に話した?」
私は、無言でうなずいた。
「そのことで、夫婦仲が悪くなった?」
「……」
「そうか。君がそう決めたなら、仕方がないよね。君の人生の行き先は君自身が決めるのだからね。この手紙は確かに受け取った。でもいいんだね。これで後悔しない?」
「……家族円満のためなら、離れて暮らしたって大丈夫。皆のためだもん」
「君って人は、なんでそうなのかな。僕には分からないね」
ヘルメスが手紙を懐へ入れると、リュークの首根っこを掴んで、空へ飛び立った。
「セレーナちゃん、またね」
リュークが笑顔で手を振る。
私はリュークとヘルメスが去っていくのを見届けた。しっかりと魔法書とペンダントを握りしめて。
――これで、いいんだ。これで……。
明日から第三章です。また、この時間に投稿します。




