第二十九話 逃げ出したルカ(ルカ視点)
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――僕はコイツに絶対負けたくなかった。
シルフリードが風の力さえ使えなければ、そこら辺の少年と変わらない。僕はお父さんの剣術を小さなころからほぼ毎日教わってきたんだ。それにお父さんに筋があるといつも褒められていたから、続けられた。もちろん自信があった。
でも、ふたを開けてみたら、僕はコイツの手のひらで踊らされていた。僕が学んだこと全てを出し切ったのに、奴の体に届かない。驚いたことに、奴には隙がなかった。ここだと思って叩きこんでも、軽やかに木剣であしらわれてしまう。
『もう少し楽しませてくれよ。まだまだ、足りないんだ』
コイツは風の力すら使っていないのに、なぜ僕の攻撃がかわせるんだ。焦りが入ると、余計に力が入る。なんとしても叩きのめさないと気が済まない。
『そんなに隙だらけだと反撃したくなるだろ。さっさと攻撃しろ』
コイツはわざと反撃をしてこない。まるで反撃するほどじゃないと言わんばかりに。僕の剣術の腕を馬鹿にされているような気がした。
いいや、ちがう。僕とお父さんの、今まで培ってきた大切な親子の時間を馬鹿にされている気がした。
腹の中にある闇が漏れ出した。気が付けば僕は、無詠唱で足止めの術を使っていた。
奴は驚いた顔であおむけにのけ反っている。
――チャンスだ!!!
「そこまで!! ルカの反則負けだ」
僕は、シルフリードにとどめを刺そうとした。でも、お父さんに止められた。
そっと横を見ると、レオとセレーナが白い目で僕を見てる気がした。きっとズルしたことを卑怯だと思ったに違いない。しかも、倒れているコイツに振りかぶって、とどめを刺そうとしていたんだ。今まで見せなかった、僕の醜い部分が――。
こんな顔、こんな酷い顔、見られたくなくて、僕はこの場から走って逃げた。
――恥ずかしい、恥ずかしい。逃げたい、こんな醜い僕――消えてしまいたい!!
「はあっ、はぁっ、はぁっ、……………くそぉぉ!!」
走って、走って、走って、転んでも、また走って、全力で走って、しばらくして気付いたら、僕はガーロン山の中腹にあるへそ岩まで来ていた。
へそ岩は横幅が三メートルほどある大きな一枚岩だ。その岩の上に寝そべり、僕は熱くなった体を冷やそうと思った。
見上げると、夕焼けの空はオレンジとピンクと水色が混ざっていて、とても美しかった。風は少し冷たくて、流れる雲はまるで絵画の様だ。
「はぁぁ……。綺麗なものを見れば、僕の醜い部分は和らぐかな」
「何が醜いって?」
「うわぁぁぁ!!!」
僕は心臓が飛び出すかと思った。セレーナがそこに立っているじゃないか。
「ちょっと!! 驚きすぎ。こっちがびっくりしちゃうじゃない」
「なんで、ここにいるんだ」
「ルカお兄ちゃん、木剣で負けてから悔しくてここまで逃げてきたんじゃないの?」
「随分ストレートだな」
「せっかく、二人にプレゼントを作って持ってきたのに、ルカお兄ちゃんたら逃げるんだから」
「プレゼント?」
セレーナは、小さな袋を持っていた。その中に入っていたのは、ヴィスクレールの花で作った指輪がひとつ。
「これ……、僕にか?」
「人差し指を貸してくれる? 私がつけるから」
小さな手で僕の指に指輪をさしこむ。夕日に照らされた白銀の髪がとても繊細で美しく、僕を見てにこりと笑うその姿は天使かと思うほど幻想的だった。
「セレーナの色はなんてこんなに温かなんだ……」
「ルカお兄ちゃん。シルフリードに負けたことを悔やまないでね。ルカお兄ちゃんの努力は、無駄じゃないから、お父さんの剣術やめないでよね。努力した分、ちゃんと結果は出るんだから」
それを聞いて、僕はうつむいた。
「……シルフリードの奴が、俺は剣術より、魔法攻撃のほうが強くなるって言ったんだ。でもな、僕はお父さんとの剣術の時間が大切で、僕は……できればお父さんの剣術を受け継ぎたいと。でも、それはレオの方が向いていると分かってはいるんだけど……」
セレーナが、いきなり僕の頭を撫ではじめた。
「ルカお兄ちゃんも、お父さんが大好きなんだね。私もお父さん大好き」
――胸がギュッとした。
「そうだ、僕はお父さんが好きなんだ。僕はあの大きな手に頭を撫でてもらって、優しい言葉をかけてもらって、僕らの為に時間を使って剣術を教えてくれる。お父さんが真剣に剣を教えてくれると、僕はお父さんに大事にされている気がするんだ」
僕は泣きそうになって、両手で顔を隠した。
「でも、さっきの試合で僕は卑怯な真似をした。きっとお父さんは僕に呆れたにちがいない!!」
小さな手が僕の背中をポンと叩いた。
「……誰もルカお兄ちゃんを責めたりしないよ。シルフリードがなんか言ってきたら、その時は私が口を塞ぐから。だから心配しないで。一緒に帰ろ」
セレーナは立ち上がると、僕に手を差し伸べた。
セレーナは、前世の魂を持ったまま生まれてきた不思議な女の子だ。三歳なのに、魂は僕より年上の十五歳という。威張ったところもなく、わがままも言わない。前世が辛かったぶん、ここでは幸せになってほしい。もっと僕に頼って欲しい。
僕はその小さな手を握りしめた。
****
――その日の夜、僕はお父さんに呼ばれて、裏庭へ出た。
「なんで俺に呼ばれたか分かるか?」
お父さんが腕を組んで仁王立ちをしている。その顔は真剣だ。当然、僕はその眼差しを直視することができずに、視線が下がる。
「……僕は、正々堂々と木剣で戦うって言ったのに、闇魔法を使ってしまった。反則をしたんだ。しかも、無抵抗のあいつにとどめを刺そうとした」
「あの試合では、確かにお前は卑怯な手を使った。しかし、戦場ではお前は良い判断をしたと俺は思っている。とっておきは最後に残した方が相手も驚くし、そこに隙が生まれる」
その一言に僕は救われた。見上げると、お父さんはにやりと笑った。蜂蜜色の瞳がとても温かい色をしている。
「お父さん、僕は剣術を続けてもいいのかな……。本当は僕よりもレオの方が才能があるし、僕は闇属性だから、お父さんの先祖伝来の秘剣は受け継げないよ」
お父さんはびっくりして目を丸くしたが、やがて高々と笑った。
「ルカ、ルカ、ルカ! ありがとうな。それを聞いただけで、お父さん嬉しいよ」
いきなり僕にハグをしだした。
鍛えられた太い腕、広い胸板。男らしい力強さ。僕も大人になったら、そんな男になれるだろうか。
「できれば、剣術は続けてほしいな。子供時代はな、思うよりあっという間に過ぎるんだ。だからな、お父さんのわがままに付き合って剣術を学んでほしい」
――あぁ、お父さん。お父さん。本当の僕のお父さんだったら良かったのに!! 僕がこの家の子供だったら、良かったのに……。
また、明日この時間に投稿します。(金曜日はお休みします)




