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幼い精霊使いは大人になるのをあきらめない〜孤独な転生少女は、風の精霊に愛される〜  作者: 古晴
第一章 守下 芹奈

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第二話 夢の中での別れ(高橋静流の視点)

 ――あの事故から俺の気持ちは闇の底に沈んだままだった。


 あの時、芹奈の近くにいたら体をはって事故を止められたのに。


 あの時、自転車で勝負なんかしなければ。


 そもそも、海岸通りに遊びに行ったのは、屋上で八神愛莉の陰湿ないじめを目撃したからで、芹奈を助けた後、2人で逃げて学校を抜け出したんだ。あの日、学校に置いてある鞄なんか明日取りに行けばよかったんだ。


「結局、八神達は嫉妬に駆られてあんなことをしたのだから、結局俺が元凶か……」

 

 深いため息をついた。


 長い黒髪をなびかせて、自転車を立ち漕ぎする芹奈の姿が脳裏に浮かんだ。青のタータンチェックのスカートを揺らして、細い足がペダルを漕いでいる。振り返ってにこりと笑う顔が脳裏から離れない。


 あんな笑顔、学校では滅多に見せないから胸が高鳴ったのを今でも覚えている。色白で、桜の花のように淡い笑顔……。


「静流、いるか? 話があるんだ」


 静流の父親、尊が声をかける。


「明日、守下さんのご遺体は検死が終わり次第、そのまま直葬されるらしい。告別式も葬式もないそうだ。だから、家に線香をあげに来るのだけは、やめてほしいと学校から連絡があったんだ」


 芹奈の今朝の右頬の腫れを思いだした。ベッドから起き上がると、襖をあけ、父を部屋の中へ招き入れた。


「父さん。今更だけど、その理由が分かるよ。芹奈の親たちは子供に関心がない。それどころか、芹奈を虐待していた可能性があると思うんだ」


「こら、滅多なことを言うんじゃない!!」


 尊はしかめ面をした。


 俺はベッドに腰かけると、小学生の頃の記憶を辿り話し始めた。


「芹奈は小学生の頃からいつも足とか、腕とかよく青あざをつけて登校していた。それに毎日同じような服ばっかり着けていたんだ。これこそ子供に関心がないって証拠だろ?」


「う〜ん、まぁ確かに……アザは気になるが……。本人が訴えてないからな……」


 尊が腕組みをして唸る。


「授業参観も芹奈の親が参加したとこなんて見たことないし、運動会なんていつも一人寂しそうだった」


「しかし、それだけで虐待しているとは……」


 尊がやれやれと、静流の学習机の椅子に腰かけた。


「あの日、朝登校してきたとき、芹奈の右頬が赤く腫れ上がっていた。親が殴ったに違いないよ。学校でも、家でもあいつにとっては辛い場所だったんだろうな」


 尊は眉間を親指でこすった。考える時の癖だ。


「う~ん、とりあえず、火葬場へ行ってみるか? 多分、直接線香をあげるのは断られるかもしれないが、遠くからでも見送りに行こうか?」


 急に目頭が熱くなった。


「俺、芹奈に謝りたい。俺が外へ誘ったばっかりにこんなことに……」


「そこは、間違えるな。悪いのは、芹奈さんをひき逃げした犯人だ。あの犯人、テレビで見たが、今日捕まったらしいじゃねえか。しかも、轢いた車が窃盗車だと」


 この怒りと悲しみはどこへ持っていけばいいのか。ひき逃げの犯人? 芹奈の親? 陰湿ないじめをした八神達? それとも、元凶は俺なのか?


 尊は立ち上がり、静流の隣に座ると優しく背中を叩いた。


 「今日は、もう早く寝ろ。明日、お父さんは道場を休みにしてお前に一日中付き合ってやるから。いいな?」


 項垂れながらも、黙ってベッドに潜った。


 尊はお休みと言い残し、部屋の明かりを消して出ていった。


 張り詰めた気持ちが途切れたのか、いつの間にか深い眠りに落ちていく。


 ***


 ――頬に潮風と繰り返す波の音が聞こえる。


「――高橋君、高橋君、起きて」


 聞き覚えのある声が俺を呼んでいる。そっと目を開けると、テトラポットに飛び散る波と煌めく青い海が目の前に飛び込んだ。

 俺は、海岸線通りにある防波堤の上で寝ころんでいて、側には長い黒髪をなびかせた芹奈が座っていた。


「おはよう、高橋君」


 見慣れない白いワンピースを着た守下芹奈がこちらを見て微笑んでいる。俺は、仰天して後ろにのけ反り転がり落ちそうになった。


「お、お前、どうして?」


「あのね、私はもうこの世にはいない。これは、あなたの夢の中よ。体は事故で死んだけど、魂はまだ生きている」


 芹奈は自分の手を見つめ、指を動かした。


「高橋君。私、お別れのあいさつに来たの。それとあなたにお礼が言いたくて」


「お礼? なんでだ。俺は、お前を助けられなかったのに」


 俺は『お別れ』と聞いて目の前が真っ白になった。体中の力が抜け落ちそうになった。


「違うよ、高橋君。君は、確かに私を助けてくれたよ。勇気を出して、私をいじめから救ってくれたことが一番嬉しかった」


 俺は頬が熱くなった。


「あの日、二人で学校を飛び出して、この道を自転車で走らせたよね。私、ここの海岸線の景色も潮の香りも、全部忘れない。この胸の中にしまっておくから」


 海風が強いけど、心地よい潮の香りが2人の間を駆け抜ける。芹奈がにこりとほほ笑んだ。


「せっかくの友達記念日に私は死んでしまったけど、私にとって高橋君は最後のいい友達だよ」


(最後のともだち? 思い出? なんで? 俺がどんな思いで―)


「何言ってんだよ。俺にとっては、お前は友達なんかじゃない」


「……どういうこと?」


「俺のせいで、お前が学校でいじめに遭っていたことは、ずっと胸が痛かった。八神達からのいじめがどんどんエスカレートしていって、俺、正直どうすればいいのか、分からなくなっていた。あの日、勇気を出して、俺は変わろうと思ったんだ。それでお前を助けだして、二人で学校を飛び出せた。正直言って、あの日の夕方、告白がしたかった。友達ではなく、彼氏として。でも、言えなかった……。いざとなると、俺は臆病で、拒否されるのが怖くて、告白すらできてなかった。俺は、お前のことずっと、からかっていたからな。焦らなくても友達からでもいいかと思ったけど、でも――」


 俺の中に溜まっていた言葉が、弾けるようにあふれ出る。


 何も返事をしない芹奈の反応が怖くて、目を合わすことができなかった。すると、震える声で芹奈が口を開いた。


「……そんなこと、今言われても遅すぎるよ。だって……私、死んでいるの。だからね? 高橋君、かっこいいからさ、これから先、私なんかよりずっといい人に出会えるよ」


 ――ショックだった。


「おっ、俺が、お前の事をどれだけ好きか分かってないから、そんなこと言えるんだ!! この偏差値が高い学校へ受験をしたのもお前がいたからなんだ。同じ学校に合格できて、嬉しかった。本当に嬉しかったんだ!! なのに、この先お前がいない学校へ行くなんて。俺はこの先どうすればいいんだよ」


 どうにもならない怒りを芹奈にぶつけてしまった。


「……高橋君の気持ちに気付けなくてごめん。私、高橋君にずっと、からかわれていたから嫌われていると思ってた。小学生からずっと一人だったし……。だから―」


 芹奈の手がスカートを握りしめているのを見て、思わずその手を取った。


「死んでしまった後でこんな事言うのはなんだけど……。今まで、からかってきたのはお前に振り向いて欲しかったからで……。あんなやり方、間違いだったんだ。きらってなんかない。勘違いさせてごめん。近づきたかったから。本当に好きだったんだ。せめて、これからも俺の夢に出てきてくれないか?」


 しかし彼女は困った様子だった。それを見て胸がギュッと苦しくなった。


「ごめん、夢見枕は一度きりなんだ。……だから、もう夢には出てこられない」


 夢の中はなんでもありなのだろうか。なんと彼女の方から、うなだれだ俺を柔らかく抱きしめてくれた。


 俺も華奢な体を抱き寄せて、彼女の肩で涙をこぼした。ふと、俺は視線を向けると、今にも泣きそうな芹奈を見て、衝動的に彼女の唇を奪った。


「んっ……」


 柔らかな唇に触れた瞬間、彼女が死んでしまっていることを実感してしまった。氷のように冷たい唇だった。


(あぁ、……本当に死んだんだ。幽霊になったんだ)


 遠くから柔らかな鈴の音が聞こえてきた。


「……もう、行かなきゃ」

「えっ、もう行くのか?」


 涙を拭う間もなく、彼女は行ってしまう。


「……私、今とても嬉しいの。高橋君に出会えて、本当に良かった。ありがとう……好きでいてくれて、ありがとうね、静流君。ごめんね」


 彼女が眉を歪ませて、玉のような涙をぽろぽろ流しながら、俺を見つめて微笑んでいた。


 芹奈は俺に背を向けると、金色の扉へ歩き出した。俺は思わず芹奈の腕を掴もうとした。しかし、体がいうことを聞かない。

 

 彼女は振り返らず、扉が開くとスーッと中へ入っていった。ガチャンと扉が閉まると、残された俺は空を見つめることしかできなかった。


 ****


《芹奈の視点》


 私は、ヒーリングルームのベッドで目が覚めた。死んでいるはずなのに、目から涙が止まらなかった。


「……はぁ、良かった。守下様、ようやくお目覚めになりましたね。夢見枕の回収に参りました。……あぁ、涙で枕がびっしょりですね。守下様、会いたい人へお別れは言えましたか?」


 エマさんの問いかけに私は両手で顔を隠した。


「はぁ、……私、初めは死んで浮かれていたんです。あの両親から離れられて。……でも、いたんです。こんな私のために、泣いてくれた人が」


「その方が好きだったんですか?」


「……分からない。分からないけど、胸が痛い。今まで人を好きになったことなんてなかったから。でも、申し訳ない気持ちが強すぎて……高橋くんには悪いけど、どうしようもなくて」


「彼がもっと早く気持ちを伝えていたら、運命が変わっていたのでしょうね」


 見知らぬ男性が声をかけてきた。


 見た目は二十代前半だろうか。背が高く顔立ちが優しそうなこのお兄さんが、ギリシャ神話の衣装で立っていた。


 栗色の柔らかそうなくせっ毛がふわふわしていて、エメラルドグリーンの瞳がにこりと笑うと、悪い人には見えない。


「挨拶が遅れました。俺はリュークといいます。魂のお医者さんです。俺の事は気軽にリュークって呼んでね」


 笑顔でウィンクをした。


「えっ、お医者さん? お医者様がなぜここに?」


「違う、違う、お医者様じゃなくて、リュークでいいよ。あのね、エマちゃんに芹奈ちゃんが六日間も起きないから、見に来てくれ~とせがまれて、ここに来たんだ」


「あの、リュークさん、私は六日も寝ていたのですか?」


 リュークさんは私の頭を撫でた。


「俺のことは、呼びでいいよ。芹奈ちゃん」


(随分、距離の取り方が近いんだな……とりあえず、呼び捨てにするか)


「心と魂は一体だからね。悲しみを乗り越えるのに時間がかかったのだろう。だから、6日間も眠り込んでいたのさ」


 リュークは私のこめかみに流れる涙を細い指ですくいあげた。

 

 何となく気恥しくて視線を逸らすと、エマさんはタブレットでなにやら確認をしている。


「芹奈様は、明日モイライ三女神の面会日なので、今日が最後のヒーリングルームとなっております。どうぞ、心ゆくまでお過ごしくださいね」


 いつもの仕事モードのエマに戻った。眼鏡がキラッと光っている。


「あの……、エマさん。モイライ三女神とおっしゃっていますが、一体どのような方々なんですか?」


「ん~、運命の神様ですね。ほとんどの人間の寿命はあのお三方がお決めになるのです。しかし、風の精霊がそれを邪魔した。今頃、あの風の精霊は女神様によって縛られ、吊るされていると思われますよ。普通、精霊は契約なく人間に力を貸し与えてはいけないという規則があります。それを破っているのですから……」


「……そうなんだ。悪気はなかったみたいだから、なんか可哀想だな」


「でも、違反は違反ですからね。それでは、失礼します。ゆっくりなさってください」


 エマさんとリュークは部屋を出て行った。


 私は、一人広いお風呂に入り、湯船の中で、時折、高橋に告白されたことを思い返しながら、唇に触れ、深いため息をついた。温かなお湯の中でも私の心は晴れなかった。





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― 新着の感想 ―
もう異世界に行くと、思いきや。 まだこちらの話で意外な気持ちになりました。 でも、そういうの。 凄く大事ですね。 (。・_・。)ノ 大事。 読みやすく、文章力のバランスがいい感じですね。 次の話からは…
芹奈にとっても高橋にとっても辛い別れとなりましたね……。 夢見枕のシーンはとても良いと思いました。 (*´ω`*) からかってきた男子という嫌な思い出だけで終わらなくて本当に良かった。 。:゜(;´…
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