第二十話 セレーナの暴走(シルフリードからの視点)
俺はセレーナから異常なまでの魔力を感知した。セレーナの中で魔力が増幅していて、今にもはちきれそうだ。
「セレーナ、大丈夫?」
母親がセレーナに近づいた。
しかし、セレーナがうずくまって動かない。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「私に触れるな!!!!!」
セレーナに手を伸ばした瞬間、セレーナを中心に 冷気が伴った魔動波が一気に波打った。氷と光の魔動波に煽られて、母親は後ろにのけ反って、しりもちをついた。
セレーナの瞳は氷のように冷たく、ぞっとするほどほの暗く光っていた。表情は人形のように無表情で綺麗な銀色の髪は冷気でたなびいている。セレーナを中心に暴風が吹き荒れ、細氷が暴れるように舞っていた。
(あの空に浮かんでいるのは何だ?)
空中に現れたのは、氷の結晶だった。少しずつ大きくなると、それは氷の刃に変形した。
(なに!? 攻撃するつもりか?)
俺の肌がゾクゾクし、鳥肌が立っていた。
「どうして、この世界に来てまで、私を苦しめる?」
その言葉でピンときた。セレーナは母親が『真由美』に見えているんだ。それが、たとえ妄想だとしても。それは、そうだろう。兄貴を叩くあの母親から悪意の匂いがしたから。きっと、『真由美』が現れたと思ったんだろう。
「ちょっと、怖いわ。一体、なに言っているの? よく分からないけど、私があなたを苦しめるなんて、あり得ないわ」
「……だったら、なぜお兄ちゃんを叩いた?」
「あのね、ルカを叩いたのは、妹を危ない目に遭わせてしまった罰なのよ? やりたくて、やったわけじゃないわ」
「嘘つくんじゃない!!!」
一つ、氷の刃が母親に向かって放たれた。
俺はつかさず、【風操作】で氷の刃の軌道を外した。
「きゃっ‼」
氷の刃が、ガシャンと割れる。
「お前の場合、ただ暴力を振るう理由付けが欲しかっただけだろ? 本当は自己満足がしたいだけ。叩いたことで爽快感でも味わったか?」
その一言で、母親が青い顔をして怯えていた。
セレーナは兄貴に近づき、赤く腫れた頬を光魔法で回復させた。
「セレーナ、君、いつの間に回復魔法を覚えたんだ?しかも、光属性なのか?」
しかしセレーナは兄貴の質問に答えない。
「ルカお兄ちゃんを殴ったことに関しては、絶対に許さない。大人の力で子供をねじ伏せるなんて、卑怯者がすることだ」
セレーナの強い怒りを感じる。セレーナは自分の事は軽んじるくせに、周りの大切な人が傷づけられるのはたまらなく嫌なのかもしれない。セレーナは今の家族が大事なんだ。過去の『真由美』に向かって反発できるぐらいに。
すると、母親が反論をした。
「子供が間違いを犯したら、それを大人が罰して、正そうとするのは、あたりまえでしょう?」
「いいや、お前の場合は違う。暴力を振るう建前として、『しつけ』と呼んでいるだけだろ? 自分のストレスを暴力に変換させただけだ。そして、快感を得た」
母親は真っ赤な顔をした。
「違う‼」
「違わない」
母親は、立ち上がった。
「あなた、どうしたの? いつものいい子のセレーナはどこへ行ったの? まるで別人みたいだわ」
「いい子? 私はな、ずっと自分の感情を殺して生きていたんだ。毎日、難癖を付けて殴られる毎日を生き延びるためにな。でも、今は違う。芹奈は死んだ。もうお前と関わることはないんだ。もう、縁は切れたからな」
周りの気温が下がり、ますます氷霧が濃くなると、一寸先が見えなくなっていった。無数に漂う氷の刃が今は氷霧で見えない。
(まずいぞ、まずい!!! 氷霧で氷攻撃が見えなくなれば、風操作で軌道を変えることが難しくなる。それなら、氷霧を風で吹き飛ばすか?)
「やめろ、セレーナ、落ち着け、一旦落ち着くんだ!!!」
俺は、セレーナに呼びかける。
「なんで、……どうして、お兄ちゃんをあんな風に殴った? まさか、私の心をズタズタにするために、わざと大切なものを壊そうとしたのか?」
「そ、そんな理由で叩いたわけじゃ……」
(確かに、あの母親はなにか変だった。あの叩き方は、明らかに悪意がある)
「はぁ……ヘルメスの言う通り、私はお前の復讐の道具として生まれてきたんだな。自分の復讐がうやむやになったから、腹いせに私を痛めつけ、ゴミのように踏みつける。なぁ、私はお前にとってどんな存在なんだ?」
俺の胸に棘が刺さったかのように、痛みがうずきだした。あの、前世の映像が忘れられない。あれをずっと耐えてきた芹奈は、毎日何を思って生きていたのだろう。
「子供は、ただ何も言わずに、ひたすら親の言うことだけ聞いていたらいいのか? 人形のように、何も考えず、サンドバックみたいにひたすら殴られ続け、感情を捨て、物みたいに生きれば、それでお前は何が満たされるのか?」
氷霧は深くなり、辺り一面を見えなくさせた。セレーナの姿が、見えない。一方で、氷霧に隠れて無数の氷の刃が母親を狙っている。
(くそっ‼ 殺す気か!?)
「なんで……なんで、そんな自分勝手な生き方ができる? なんで、自分の事しか頭にない? なんで生まれてきた命に責任を取らない? 何のために産んだんだ‼ 一体、命をなんだと思っているんだ!!!」
感情の爆発と同時に、無数の刃が母親に向かって攻撃してきた。
「やめろ!! セレーナ、現世の大切な家族に刃を向ける気か!!」
俺はそう叫びながら、母親の周りに【風防御】を発動させる。母親にまとわりついていた氷霧が一瞬遠のくと、姿を現した氷の刃が次々と俺の防御で外へ弾かれた。氷の刃があちらこちらに散乱し、氷の割れる音がうるさい。
「セレーナ、いい加減にして‼ お、お母さんはただ、あなた達がすごく心配で――」
「心配? 嘘つき‼ 心配なら、なぜ殴る必要がある? しつけなら、他にも選択肢があったはず。言葉で諭すこともできただろう。でもお前は殴ることを選んだ。それがお前の本性なんだ。無抵抗な子供を殴って、お前の中にある劣等感を昇華したかっただけ」
すると、宙に浮かんだ無数の氷の刃が合体をはじめた。そして、巨大な氷の塊を作り出すと、轟音をたてて母親の頭上に落ちてきたのだ。
俺は慌てて、両手を天にかざした。
「相殺回転斬り」
襲い掛かってきた氷の塊は、勢いが凄かったが、俺の風魔法が上回っていた。頭上ギリギリで勢いが相殺されると、氷の塊は停止した。そして、高速回転であっという間にかき氷にしてやった。
母親は、力なくしゃがみこんで呆然としている。
セレーナはそんな母親に対し、冷たい視線で言い放つ。
「私は、子供に暴力を振るって、快感を得るような最低な大人にはならない。絶対に‼」
セレーナの左頬をよく見ると、氷が張り付いていた。急速に体が冷えている。氷属性だからって、体を冷やして良いことがあるわけがない。今は、セレーナをこの場から離して、落ち着つかせるほうが、先決だ。
「おい、セレーナ。俺が誰だか、分かるよな?」
「シルフリードでしょ?」
「そうだ、そして、あれは誰だ?」
母親を指さして聞いてみる。
「あれは、お母さんの皮をかぶった『真由美』よ」
セレーナがギロリと母親を黙殺する。
その一言で、ここにいる者は一斉に息を呑んだ。
「意味が分からないだろうが、セレーナは、この母親を攻撃したかったわけじゃない。セレーナは前世の母親と対峙していたんだ。その前に今は、ここから離れようと思う。落ち着くまではな」
俺は、冷たくなったセレーナを抱き上げた。まだ、セレーナの周りに冷気が漂い、細氷が俺のじゃまをする。
「これじゃ俺が凍えそうだな……」
「おい、お前、セレーナを抱いてどこ行くんだ!」
兄貴が大声で呼ぶ。
俺はだまって、母親が巻いている毛糸のショールを風操作で外してはセレーナに巻きつけた。
「月夜の散歩だ。すぐに戻ってくる」
俺はセレーナを抱いて、夜の空へと飛び出した。




