第十三話 水の精霊との出会い
温泉から、小さな女の子が現れた。半透明だが、かわいらしい顔をしている。
「あなたが、助けてと声をかけても、あの子、意地悪でちっとも助けてはくれなかったじゃない? 私達ちゃんと見てたんだから」
「この子は、ウンディーネ。水の下級精霊よ」
「ウンディーネ、はじめまして。私セレーナ・クレメントです」
エール様は私を真正面に座らせると、どうして川へ落ちたのか理由を聞かれた。私は、事の顛末を一部始終説明した。
「シルフリードって道理で変わった名前をしてると思ったら、名付けの儀式をしていたのね。貴方が強制したの?」
「まさか! シルフリード自身が名付けてほしいと言ったの。でもシルフリードは、名付けの儀式のデメリットを知らなくて、うっかり私に名付けられたの」
「呆れた!! 風の精霊はおバカさんが多いのかしら。このぐらい精霊界の常識なんだけどな」
ウンディーネは、エール様の周りを飛び跳ねた。
「どうする? ウンディーネ。私と契約する? もちろん名付けの儀式はしないけど」
それを聞いてウンディーネは、私の顔を見つめた。
「あなた、まだ小さいのに契約するの?」
「うん、プロテウス様は早いほうがいいって」
「ところで、セレーナは風の精霊に命令したことある?」
「ない。だって、契約する前から使役されたくないとか、自由でいたいとか言ってたから、用がない限り呼ばないでおこうと思って。それでね、今日は助けが必要だったから、初めて呼んでみたのに、手を貸さずに自分でやってみろとそればっかり」
「ははっ、だからか。だからアイツは、契約者の命令を無視したのね」
ウィンディーネが、クスクス笑って、私の周りをぐるりと回る。少し、高飛車な感じを受けた。
「ねぇ、『だから』というのは、どういうこと? 無視した理由知ってるみたいな言い方だけど」
「そりゃあ、ただの僻みよ。自分の事を呼んでくれないから、拗ねてるの」
(シルフリードが私に拗ねているの?)
「それ、本当なの?」
「気になるんだったら、本人に聞いてみな?」
(私が水死したら、シルフリードも消滅するのに、そのことを忘れたのかな?)
「でもね〜、あなたには、やっぱり私が必要だと思うよ? だって、ガキみたいに仕事放棄する精霊より、あたしみたいなしっかり者の精霊が必要だわ」
さっきから、このウィンディーネの態度がやたらデカい。
「ねぇ、ウィンディーネ。私と【命の契約】できますか?」
私は、わざと下手に出る。
「しょうがない子ね。いいわよ。契約の儀式をするわ」
ウンディーネが、姉御気質な精霊でよかった。私は、ウンディーネの小さな手に触れ、額にキスをした。
「ウンディーネ。私と契約してください。よろしくお願いします」
すると、ゆらゆらと水が揺らぎ、やがて渦を巻いた。まばゆい光に包まれたウンディーネは、見る見るうちに体が大きくなった。
身長は155センチぐらいになり、体は美しい曲線のあるボディースタイルへ変化していった。揺れるポニーテールに貝殻のピアス、マリンブルーの髪と瞳、顔立ちはにっこりと快活な表情を浮かべていた。彼女の臍の横には水の紋章がついている。
「うっそ!! マジ? 中級精霊に昇格してるわ。私、フルーランになっちゃった!!」
フルーランは、自分の体を見つめては、唖然としている。
「水の精霊はね、ウンディーネから始まり、中級精霊フルーランになって、上級精霊カロスロエーに名前が変化していくの。昇格すればするほど、水を扱う量が増える訳」
エール様はニコニコして説明してくれた。
「ねぇ、裸だから、せめて服を着けてちょうだい」
私は、ちらりと、プロテウス様を横目で見た。
「ごほん、我は小者とは相手にせんから、安心しろ。それにしても、そなたの背中に風と水の紋章が付いたな。よしよし、残りはあと六つ。精進するがいい」
「契約者同士しかみえないはずなのに、プロテウス様は見えるんですか?」
「無論、儂レベルの神なら見えてるはずだが?」
(そういえば、アトロポスもこの紋章が見えていたっけ……)
「私、せっかくだから、動きやすい服にようにしちゃおうかな!!」
フルーランは、胸に赤いスカーフ、青い襟の白いセーラーに白のショートパンツ。白いサンダルを作りだし変身した。かわいい水兵さんスタイルだ。
「かわいい~!!」
私は、思わず声を上げた。
「へへ、こんなことができるなんて、夢にも思わなかったわ!!」
フルーランも満足そうだ。
これを横で見ていたプロテウス様は、満足そうに顎を撫でた。
「いいか、セレーナ。精霊使いの特徴は、圧倒的な自然親和率の高さだ。精霊を使うということは、自然を使うのと同じ。魔法使いは自然の一部を借りているに過ぎない。そして、もうひとつ。精霊使いになれるのはハイエルフがほとんどだ。しかし、ハイエルフは数が少なく、ほとんど絶滅寸前だ。そんな中、クウォーターエルフで精霊使いはそなただけだ。特別の中の特別だな」
プロテウス様は指先に小さな水の竜巻を作った。
「水の精霊と契約しているお前なら、マナさえ分け与えれば、海を荒らし、竜巻や津波をひきおこすことができる」
「津波なんて、そんな恐ろしいこと――」
「それにな、そなたが氷の大精霊の直系にあたる子孫なら、精霊と契約しなくとも、力があれば、雪を降らせられるかもしれないな」
「雪? まさか、そんなのできるわけないよ」
話の内容に現実味がなくて、否定してくる私にプロテウス様は続けて話をした。
「一方、魔法使いの強さの本質が『欲望』だ。欲とは生きる上で必要なエネルギー。しかし、過剰な欲は身を亡ぼす。その過剰な欲のエネルギーを魔力で昇華する。それが、魔法使いだ」
「精霊使いと魔法使いって違うのですね……」
「上級魔法使いは情けないほど、欲深い奴が多い。一番多いのは出世欲、知識欲、物欲、食欲、性欲など様々だ。強い魔法使いほど、癖が強いということを覚えておけ」
「この世界でハイエルフ精霊使いはどのぐらいいるんですか?」
「う~ん、昔は三人の精霊使いがおったのだが、そのうちの一人は魂が汚れてしまい、精霊が現れなくなってしまった。この星の精霊使いは、レン・セルシウスと、パウロ・ガルシアの二人だけだ」
(うちの家系から二人も精霊使いがいるのか)
「おっと、言い忘れていた。セレーナ、精霊たちにあまり気を使わないことだ。彼女らは使われることで、生き甲斐とやる気を起こすんだ。使われなかったら、シルフリードみたいに言うことを聞かなくなる」
私は、それを聞いて、ドキッとした。それを見たフルーランは私のおでこにデコピンをした。
「あいつは拗ねてあなたの言うことを聞かなかったでしょ?」
私は黙って頷いた。
「う~ん、シルフリードの件もそうだけど、あなたはすこし気を使いすぎるところがあるみたいね」
エール様は心配してくれた。
フルーランは私を見るなり首を振り、ため息をついた。
「セレーナ!! だめよ! あなた契約者なんだから、もっと気合を入れて、堂々と命令しなければいけないわ。本来ならシルフリードを、叱らないといけないの!! そこらへん理解してる?」
「分かっているよ。今もシルフリードに怒っているから!!」
「とりあえず、もう日は沈みかけているし、そなたもすでに回復しただろう。暗くならないうちに、家に帰りなさい」
プロテウス様はそういうと、湯けむりの向こうへと、姿を消してしまった。
「今、この洞窟温泉に結界を張りめぐらせているの、今解除するわね」
エール様が指を鳴らした。
すると、透明なモヤのようなものがクリアになり、周りがよく見えるようになった。
「セレーナ、セレーナ!! どこにいるんだ?」
シルフリードの声が洞窟内で響いた。




