第十二話 川の化身エールとプロテウスの予言書
――ふと、目を覚ますと、そこは洞窟だった。なんだか、とても温かい。私は、何故か温泉で薄衣を着けた美しい女性に抱きかかえられていた。
「気が付きましたか?」
綺麗な水色の長髪の女性は、まつげまで水色で瞳はアクアマリンのよう。微笑む姿は慈悲深い女神の雰囲気を漂わせていた。
「……ここは、どこ? 幽界ですか?」
「幽界? 残念だけど、ここは私が秘密にしている温泉よ」
「あなた様は?」
「私は、この地域に流れる川のエールよ」
「か、川? 川が擬人化しているのですか? 私、やっぱり死んだの?」
私は目をこすり、眉間に皺をよせてまじまじと、エールを見つめる。
エール様はふふふ、と笑うと、私の銀白の髪を撫で始めた。
「いいえ、死んでないわ。あなたが川で溺れ、水魔たちに川底へ引きずり込まれそうなところを私が助けたの。水魔達が近寄ってきたのは、あなたの血の匂いに誘われたからよ」
私は手の平についた傷口を見た。
「あれ? 傷が治ってる!?」
「痛そうだったから私が治しておいたわ。それに、このままじゃ低体温症であなたの命が危なかったのよ。だから温泉へ連れてきた」
「川のエール様! 命拾いしました。ありがとうございます。これも幸運の女神フォルティナ様の幸運のおかげかな?」
「いいえ、あの方のおかげよ」
湯けむりの中から、ゆっくりと現れたのは、背が高く、大柄で、大胸筋がムキムキの男性だった。色白の肌、ボサボサの長い髪は深海のような色をしており、きりっと引き締まった顔立ちはまさに彫刻のようだった。鋭い眼光は、金色に光っていた。
私はとっさに薄衣のエール様の豊満な体を隠した。
「我は、プロテウス。ポセイドン様の従者である。この星の海を管轄しておる。それと、そこにいるエールの夫でもある。だから、気を遣って体を隠さなくてもよろしい」
ちらりとエール様の顔を見ると、穏やかに頷いた。
「でも、プロテウス様はどうしてこちらに?」
「いや、【予言書】通り、今日川で溺れる幼児を助けるようにエールに命じただけだ。ここに来たのはその確認だな」
「予言書通り? プロテウス様は未来が分かるのですか? だけど、私を助けないといけないって……何故、予言書にそんなことが?」
「この星の未来に関わることだからだ」
「この星の未来に関わるということは、私はこの星のために何か役目でもあるような言い方ですが?」
「そうだ。さすが勘が鋭いな。この星は放っておくと、数十年後、邪神たちによって滅ぼされる。もっと酷なことを言えば、現在進行形で、九つの星のうち、もう一つの星はすでに邪神に目をつけられ、そなたと同じように天命を受けた者が戦闘中だ」
「えっ⁉」驚きの事態に私の思考が固まる。
「今回はこのクローデン星が狙われている。邪神が放った悪魔を早々に刈り取ってもらうのがお前たちの天命だ。すでに悪魔はこの星に潜伏しており、来月この村を襲う。襲われる日は満月の夜だ」
私は急な情報過多に頭が混乱した。
「えっ、ちょっと待ってください!! いきなり、なんですか? 私に悪魔退治の天命があるなんて。それに来月の満月の夜に来るんですか? それちょっと、早すぎませんか? 私まだ何もしていませんよ。っていうか、天命すら、はじめて聞いたのに!!」
『これで、ぎりぎり死なないかな』ケラシス様の言葉を思い出した。
もしかして、転生することで悪魔退治をすることになってしまったから、過分な加護や魔力も最大限に与えた?
(なんか、まんまと罠に嵌められた!?)
「でっ、でも、なんで? よりによってなんで幼児の私なんですか?」
「我の予言書には、前世の記憶を持つ精霊の子孫がこの星の未来を変えるとあった。以前までは、滅びの選択か、もしくは聖なる力を持つ者を召喚するか。その2択しかなかったのだが、そなたが前世で不慮の死を遂げたことで、予言書が、そなたの未来がここにある事を示したのだ。冥府に行かず、転生してきたのも、また運命」
「なんですか、その予言!! 人間の運命は運命の三女神が決めるはずでは?」
プロテウス様はため息をつくと、いきなり空間に魔法円が現れた。プロテウス様はその魔法円に手を突っ込むと、中からかなり大きな予言書と思わしき本を引きずり出した。その本は金の装飾が施されており、この本自体が神の一部ではないかと思うほど、神々しかった。
プロテウス様は本を開き、私に見せてくれた。白いページが一気に青白い炎に包まれては、金色の文字のようなものが浮かんできた。
(文字が読める!)
『セレーナ・クレメント(三歳)は、暴食の悪魔ベルゼブブと芽吹月の満月に対峙する。苦戦を強いられる。犠牲がつくが、のちに家族と村を救うことができるだろう』
「はっ、本当に書かれていますね……。しかも犠牲がつくって……」
「これは、あくまで予言書だ。そなたの運命を直接変えるものではない。この本はただ未来が見えているだけにすぎん。今の選択が変われば、未来の選択も変わるし、予言書の内容も変わる。そなたの人生も結局選択するのはそなた自身だ」
「そんなことある? 私はただ、穏やかに人生を過ごしたかったのに……」
「……まあその、穏やかな人生を勝ち取るために、悪の芽を摘むしかないがな」
プロテウス様が気の毒そうに私を見つめた。
「そんな……」
ショックを受けたと同時に、この面倒ごとをやらざる負えない流れになっていることを察した。避けられない運命。
今、私が逃げることを選択したら、予言書も変わるのだろうか。でも、もしも邪神がこの星を征服したら、今の家族や村の人は、どうなるのだろう? 悔しいけど、どう考えても、ほかに選択肢はなさそうだ。
「私は、ここへ生まれる前に、身体能力向上の加護、絶体絶命からの幸運、悪意からの超直感力、どんな言語でも話せる加護を頂きました。今は、まだ走って体力をあげることしかできていません。来月にも悪魔は来るのに、自分はなにをしたらいいのか……」
プロデウス様とエール様は高々と大笑いをした。
「案ずるな。時期が来たらば、武器がそなたの元へ届く。それよりも、まだ名を聞いてなかったな」
私は、温泉に浸かったまま頭を下げた。
「セレーナ・クレメントです。プロデウス様、エール様」
「セレーナか。余は名を覚えたぞ」
プロテウス様は落ち着いた様子で私を見つめた。
「そなたは、力をつけるには、何をしたらよいか分からないとか言ったな」
「はい、なにから初めていいのかも分かりません」
「まずは、できるだけ多くの精霊と契約することだ。これはできればの話だが、そなたも少しは魔法が使えるように、訓練するのだ。その前に少し、そなたの魔力を感じさせてくれ」
上半身マッチョなプロテウス様が目の前に寄ってきた。
「我の両手を掴むのだ。そして、自分の中にある流れに集中して両手に流してみろ。複式呼吸をすると、集中できるはずだ」
私は、目を閉じて、大きく深呼吸をした。
「いいか、へそに集中するのだ」
すると、へそを中心にひんやりとした流れが渦巻いているのが分かる。まるで銀河系のように。なるほど、これが魔力か。
「魔力を感じたら、血液のように、魔力を両手に流し込め」
私は、言われた通りに魔力を両手に流すイメージを作る。
「いい調子だ。出力をもっと上げてみろ」
魔力の通り道を広げるようなイメージをした。
すると、プロテウス様の体が白銀色に光り出した。
「むむ……これは、いかんな。そなた、光の属性と氷の属性の二つ持ちか。もういい、止めてくれ。氷だと、到底水は敵わない」
私は、集中するのを止めた。すると、プロデウス様の体も元に戻った。
「なかなかの魔力だった。全力を出せばエール川など簡単に凍らせるぐらいの規模だった」
「まさか、恩人の川は絶対に凍らせません」
エール様の方へ振り向くと、にこりと微笑んでくれた。
「予言書で精霊の子孫と書かれていたのは、氷の大精霊クリスタルのことだったのだな。……道理で」
プロテウス様が瞼を閉じて自分の顎を撫でる。この方の考える癖のようなものらしい。
「はい、私の母方のひいおばあちゃんみたいです」
「そうか、なるほどな……クリスタルは天界で一度見たことがあったが、それは大層美しいおなごであった。よくみると、そなたは、髪も瞳もクリスタルとそっくりではないか」
プロテウス様がまじまじと私の顔を覗くと、エール様は、私を抱き上げて、自分の膝の上に乗せた。
「やっぱりこの子、精霊使いに向いてるわ。マナ(魂のエネルギー)が綺麗だし、かなり強いもの。この子といると私の実体化が可能なぐらい。ねえ、水の精霊と契約してみない?」
私は、ふとシルフリードのことを思い出した。
「私の仲間のシルフリードに聞いてみないと……」
すると、温泉水から手のひらサイズの小さな精霊が現れた。
次回は10分後で




