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幼い精霊使いは大人になるのをあきらめない  作者: 古晴
第二章 セレーナ・クレメント
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第十話 転生から三年後

第二章はじまります。

 あの転生から三年の月日が経った。


 私の名前は守下芹奈ではなく、セレーナ・クレメントになった。春待月(三月)の二十日にこの世に生を受けた。


 今は一人、山小屋風の自宅の二階にある子供部屋にいる。窓辺の机で日記を書くのが習慣になっている。


 知恵の女神メーティス様の言語万能の能力のおかげで、三歳で既にこの国の言語の読み書きができるようになっていた。実をいうと、赤ちゃんの頃から普通に会話ができる。


 舌が短くて、未発達な小さな口でも、メーティス様の加護のお陰で強制補正して話せるなんて、ものすごい能力である。でもさすがに、赤ちゃんから喋れるのは変なので、その能力を封印して、ずっと赤ちゃん言葉や幼稚言葉でなんとか誤魔化してきた。三歳を過ぎた今、もうそろそろ、幼稚言葉から解放されていいだろうと思っていたところだ。


「振り返ってみると、赤ちゃん時代は精神的に過酷だったな……」


 あれは、忘れもしない私が産まれ落ちた日。さっそく試練がはじまった。ソフィーの弾力のある乳首を口に押し付けられ、無理やりお乳を飲まされたことだ。


 はじめは、抵抗して飲むのを拒んだが、悲しそうなソフィーの顔を見ると、根負けして仕方なしに、乳首にしゃぶりついた。母乳の味はというと、甘いが意外とあっさりしていて飲みやすかった。一度、受け入れてしまえば、恥ずかしさなどどうにかなるものだ。


 半年後の離乳食が待ち遠しかったが、実際には味が薄くて、美味しくもなく、心の中で泣きながら、修行僧の気持ちで、頂いたっけ。


 赤ちゃん時代の一番の悩みが、父親のエドガーだった。

 エドガーは子煩悩で、率先してお風呂を入れたり、おむつ替えなど、積極的にしてくれた。有難いけど、うんざりだった。


 ただでさえ、人にウンチを見られるのも恥ずかしいのに、大きな手で小さな両足を持ち、そこをガーゼで拭いてくれた。本当に有難いけど、十二歳の私にとっては耐えがたい屈辱だ。


 かわいい俺の天使だといって、私のお尻にそり残しのある頬をこすりつけられたり、お腹に鼻をつけて、良い匂いだと言って喜んだりして。マジで精神崩壊しそうになったっけ……。愛はあるのだろうけど……。精神年齢十二歳にとってはきつかった。


「今が一番、平穏だな……」


 私は背伸びをした後、視線を窓辺に移した。


 ここは、ミッシュヴィーゲル村。自然豊かな酪農の村。七割方が酪農家。主に牛や羊が多く、特に羊の毛は冬の長いミッシュヴィーゲル村にとって貴重な品だ。(もちろん、豚やヤギもいる)


 村長を中心とした協同組合で、酪農家は全員組合員である。牛や羊は個人の資産だが、チーズや牛乳、牛革、毛糸などを協同組合が一括して販売しており、それを商業ギルドが村と村の仲介役をしている。そして、商業ギルドの隣にある雑貨店では、平地の村で育った小麦、野菜、塩や香辛料、衣類などが売られている。特に生活魔石は、生活必需品だ。


 生活魔石とは、火、水、雷、風、闇、光、土などの魔力が込められた石で種類と大きさによって値段が変わるが、水と火の魔石は比較的安価なので、気軽に買い求められる。特に冬が長いミッシュヴィーゲル村では、お風呂、トイレ、料理、洗濯、生活のいたるところで生活魔石は大活躍しているのだ。


 少数ではあるが、ブドウ農家や、リンゴ農家もいる。後は、この村で一軒しかない貴重な薬草屋さん。最近では領主の指導のもと、最近軍馬を育てる子馬の養育場もできたばかりだ。


 人間の数より動物の数が多いこの村を私はだいぶ気に入っている。見ていて可愛いし、鳴いている言葉も分かるからね。


 娯楽も何も無い、山岳地帯と広大な高原地帯の間にあるただただ広い村だ。


 二階から見る窓の景色はとても素晴らしく、この家は山の傾斜地にあることから、眼下に広がる牧草地の景色が広大で美しい。草原にエアルラの白い花が所々咲いている。この花がミッシュヴィーゲル村に春を知らせてくれるのだ。

 それと相まって、村の家々が全体的にとても可愛らしく、まるで、フランスやドイツの田舎に来たような建築物があちらこちらにあり、地球にいるような錯覚さえ覚えてしまう。三年も経っているというのに、なかなか慣れないものだ。


 視線を見上げると、取り囲むように連なる山々は荘厳で美しい。ほとんどが標高五千メートル級で頂上は常に万年雪が積もっている。それが朝日を浴びてオレンジ色の雪山に変化すると神々しくて、それをずっと眺めているだけでも、まったく飽きないのだ。私はこの山の景色が大好きだ。


 ふと、横の壁にあるカレンダーが目についた。

 今日は雪解月(四月)の十六日。天界でシルフリードと別れてから、一度も顔を見ていない。


「……グローデンで待っているって言ったのに、あれからちっとも来ない」


 シルフリードは契約するときから使役されることを嫌がっていた。だから、自由にしてもいいといった手前、私から用もないのにわざわざ呼び出すのはできないと思っていた。別れ際、友達になる約束を交わしたのに、少し寂しい気がする。


「……はぁ、今どこに居るのかな……。呼んでみたいけど、シルフリードから来てくれるの待つ方がいいかな……」


 すると、ドアの壁をノックする音が聞こえる。


「セレーナ、お昼ご飯だよ」


 後ろからルカお兄ちゃんが声をかけてきた。


 ルカは十一歳。真昼の太陽のように輝く金色のショートヘアーなのに、夜を思わせるような神秘的な深いアメジストのような瞳。顔立ちは柔らかな印象を受ける美少年。去年の豊年祭では、女の子からたくさんの花飾りを貰っていた我が家の王子様である。ルカの仕草には所々、品があるように感じることがある。本人は無自覚だけども。


「お昼ご飯を食べてから、走りに行こうか」


「うん、お兄ちゃん、よろしくね」


 今日は時間が空いているからと、ルカお兄ちゃんも午後から私の体力つくりに協力してくれるらしい。とても優しいルカお兄ちゃん。対するレオは友達と遊ぶのに夢中であまり私に構ってはくれないのだ。


 ルカお兄ちゃんは、棚からブラシをとりだすと、私の後ろに立ち、白銀の髪を梳いてくれた。


「その前に身だしなみを整えなきゃね。マメにブラシをすると、髪がつやつやになって、より綺麗な白銀の髪になれるよ」


 ルカお兄ちゃんは私の髪に触れるのがよっぽど好きらしい。私はあまり自分の身なりは気にしたことはない。前世からそうだ。


「セレーナの場合は紐で結ぶよりもそのまま真っすぐ伸ばした方が綺麗だと思うよ」


 この村では大抵三つ編みを細い革の紐できつく結ぶ人が多い。


「セレーナの瞳は綺麗なアイスブルーでまるで氷のようだ。顔立ちもお人形みたいだから、大人になると神秘的な氷の妖精みたいになるだろうな」

 ふふ、とルカの兄ちゃんは微笑んだ。


 私たちは子供部屋を出て一階のキッチンへ向かった。テーブルにはセルティスの葉とチーズとハムに挟まれた美味しそうなバケットサンドが用意されていた。お母さんは庭で洗濯物を干している。


「「いただきます‼」」

 ルカと私だけが座り、お昼ご飯を食べる。


「あっ、そう言えば、レオはどこ行ったの?」


「ブライアンと一緒に遊びに行ったっきりだ」


「お昼ご飯も食べずに?」


「あいつは、自分でパンとチーズを持って行ったから」


「いつも外に出かけているけど何しているのかしら」


「さあな」


「ルカお兄ちゃんは、友達と遊びに行かないの?」


「僕が遊びに加わると、女の子たちが勝手についてくるからダメだって言われたことがあってさ、あれから億劫になっちゃった」


 ルカの表情が少し曇った。


「……モテすぎるの問題だよね。ルカ兄ちゃんって、高橋くんみたい」


「えっ? 誰?」


「あっ、いや、なんでもない。気にしないで」


 私は慌ててバケットサンドを口にした。


「でも、そのお友達も年頃だから女の子を意識しているのかな?」

 もぐもぐ言いながら、ルカを見る。


「それは、分からないけど、僕は、男の子とか女の子とか関係なく、以前みたいにみんなで一緒に遊びたいだけなんだ」


「でも、そうなると、その男の子はルカお兄ちゃんばかりに贔屓してくる女の子が面白くないんじゃないの? あるいは、その女の子に大事な友達を取られた嫉妬心」


 ルカは少し寂しそうに笑った。


「嫉妬ってなんだよ。どこから、そんな感情が湧くのさ」


 ルカは天井に視線を向け、ぼんやりして脱力しているのを見ると、なんだか可愛く見えてきた。


「モテる男はつらいね~」

 

 隣でルカの頭を撫でながら、しみじみと答えた。


 すると、ルカは小刻みに体を震え笑い出した。


「いつも思うけど、セレーナは外見と中身がずれているんだよね。まあ、そこが可愛いんだけど」


ミッシュヴィーゲル村では、夏が短く、冬が長い。月の読み方も独特。

1月→宴月 二月→子守月 三月→春待月 四月→雪解月 五月→芽吹月 六月→青葉月 七月→川涼月

八月→山神月 九月→頬紅月 十月→豊年月 十一月→備蓄月

その土地と生活習慣に合わせた月の読み方をします。




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