第九話 運命の女神としての矜持
*運命の女神アトロポス様視点でお送りします。
「それじゃあ、俺も精霊界に一旦帰ります」
シルフリードが、ヒュンと小さなつむじ風を起こして消えていった。
芹奈がいない電話ボックス改め、転生送還装置を見つめ、重いため息を吐いた。
「あの子の前世をたどってみたけど、今世から五つ前の前世がね、氷の大精霊クリスタルの第一子だったんだ。しかも上級時代のね。今から1500年前ぐらいかな」
「えっ、あの子が第一子?」
リュークは驚いた。ヘルメスの魔法のペンは空中で一心不乱にメモを取る。
「クリスタルは当時、氷の大精霊の候補だったのだけど、それを蹴飛ばして、人間界へ一度逃げ込んだことがあったのさ。そしてある日、森を散策しているときに、軍馬に乗った男に恋をした。それが、クローデン星のヴィルフォンス王国の第一王子アラン様だったのさ」
「あの氷の大精霊が、人間の男に惚れこむなんて珍しい」
ヘルメスは、リュークのアフロをモフモフしながら呟く。
「アラン王子は、森を散策するのが日課だった。クリスタルは上級精霊だったから、体を実体化することができた。それで、自分が氷の精霊ということを明かさず、何度か偶然を装って、アラン王子様に何回か会いに行った。クリスタルはアラン王子を想うあまり、大胆にも、身分を偽って城の舞踊会へ潜り込んだ」
「意外、恋に対して情熱的には見えないけどね。天界の宴で見かけたことがあったけど、ツンツンしたクールビューティーな感じだったわ」
呑気なクロートーとケラシスは、山のようにあったクッキーをわずか数分で空にした。
「クリスタルは一晩で、見事アラン王子を虜にし、互いに愛を深め合い、最終的には、第一のアラン王子と結婚することに成功した」
「アトロポス姉さん、私もこんな仕事ほってらかして、結婚した~い」
いきなりクロートーが立ち上がると、ヘルメスの所へ駆け寄ってきた。ヘルメスはリュークを盾にして身を守っている。ヘルメスはフットワークが良い。でも、クロートーもしつこい。
「ほら、リューク、邪魔よ‼ 早くどいてよ‼ 私はヘルメス様に用があるの。人の恋路を邪魔するなんて野暮よ!」
「おい、俺が可哀想だと誰も思わないのかよ。リュークファンはここには、存在しないのか? 俺、天界ではプレイボーイと言われているのに~~~」
少し離れたところにいるケラシスは、しらけた目リュークを見ている。
「あなたが、プレイボーイなら、私はプレイガールなのかしら?」
「あら? クッキーおばさんがプレイガールっておかしくない?」
クロートーのツッコミにヘルメスが、むせるように咳き込んだ。
《うるさい‼ お前ら、人の話を最後まで聞かんか~~~い‼》
私の一喝で皆を黙らせてやった。クロートーとリュークがシュンとしてる。フン‼ いい気味だ。
「話がだいぶそれたじゃないか‼ 私の話をよく聞きやがれ」
「「「……ごめんなさい」」」
「え~~と、クリスタルは結婚して一年後、女の子を出産した。名前はリリア。しかし、王妃というのは、自分で子育てをせずに、信頼のおける乳母に預けるもの。クリスタルもそれに従って、可愛い我が子を乳母に預けた。しかし、それがまずかった。その乳母の身辺調査をしていたら良かったのに……」
「なにか、あったのですね?」
ヘルメスの目が鋭くなった。
「リリアは、三歳になる前に、おやつに毒を盛られて亡くなってしまった。そして、罪のない侍女が捕まり、その場で処刑された。リリアについていた乳母の正体は隣国セレスティアからのスパイだった。そいつが、毒を盛ったんだ。また性格の悪い奴で、こっそりとバレない様にリリアに虐待までしていたんだ」
「ああ、リリアちゃんが可哀想……。母親の愛情も受け取れず、つらい環境の中で死んでしまうなんて……」
リュークが胸を掴んで悲しそうな声で、最後のクッキーをほおばった。
「そんなことを知らないクリスタルは愛する子を亡くした悲しみで、美しい容姿も日に日に陰りを見せた。残酷なことに、リチャード国王は無情にも、世継ぎを増やせと言い放ち、第一王子に、セレスティア王国の第二王女ミランダを側室へ迎え入れてしまった。第二王女がアラン王子に対して、随分と懸想をしていたらしく、アラン王子も、一目あっただけで第二王女に入れ込んだ。その頃からアラン王子は、クリスタルの事をないがしろにするようになり、離宮へ追いやった」
「やだ、そんな男。氷漬けにしてしまえば、良かったのに‼」
クロートーも珍しく怒りを露わにする。
「それから、一年も経たないうちに、今度はミランダ側妃が男の子を授かった。すると、たちまちクリスタルの正妃としての立場が危うくなった。ますます、追いやられたクリスタルは、相当苦しんだだろう。彼女がつらくて、泣きたい夜も、アラン王子はミランダ側妃と愛を育んでいたのだからね。孤立に耐えきれなくなったクリスタルは、誰にも何も言わずに忽然と消えてしまった」
「あぁ、悲しいドラマだね~。なるほど、なるほど。氷の大精霊は意外な歴史を覗いた気分だ」
ヘルメスは興奮気味に前のめりになる。
「問題は芹奈が5つの前世、全て不遇な環境の中で、不幸な死を遂げているんだよ。5つ全てだよ? 普通こんなことはあり得ない。しかも、それらがすべて、余命を残したまま死んでいる。余命を残して死んだということは、例えば呪いか、なにかだ。だから、あの子の運命の糸を作った時も、なんか違和感だらけなんだよ。女神の加護をつけなければ、いけないほどの死にやすい人生だなんて、すでにおかしいだろ?」
アトロポスは、指をポキポキ鳴らしはじめた。
「誰かの意図があるならば、寿命を授ける女神にとってこんな屈辱的な事はないね。だから、徹底的に調べてみるつもりさ。協力するよな? ヘルメス」
ヘルメスはにやりと笑うと、紳士的にお辞儀をする。
「もちろんですよ。私も楽しみです……」
運命の女神の矜持にかけて、そいつを絶対に許さない。
明日の夕方、投稿します。明日から、第二章です。ちょこっとでも、読んでくれた方へ、感謝!!!
再編集でちょこちょこ手直しすることも、多々ありますので、ご了承ください。