プロローグ 死ぬということ
はじめての投稿です。よろしくお願いいたします!
長く続く上り坂。丘の向こうで、下校のチャイムが鳴っている。強すぎる日差しの中、木漏れ日の歩道を自転車を押して歩いている私たちは、学校を抜け出し、楽しい時間を過ごしたばかりだった。
「ねぇ、はじめての友達記念日として、ここは私と勝負してみない?」
「へぇ? なんだよ、いきなり柄にもないこと言って」
高橋静流は、驚きつつも、少し顔がにやけていた。
「自転車立ち漕ぎで、校門へ先についた人が勝ち。負けた人は、棒アイスおごりで」
「なにそれ。俺は芹奈より体力があるから、こんな上り坂ぐらい、余裕で勝つに決まっているだろ?」
「分かんないよ。私、高橋君に勝つ自信があるから」
私たち二人は、置きっぱなしの鞄を取りに学校に戻る途中だった。丘の上にある桜内中学校の校門まで、自転車の立ち漕ぎ勝負をすることになった。
私は自転車が好きだ。息を切らせて、ペダルを漕ぎ、上り坂の通学路をいつものように駆け上がる。ふくらはぎと太ももの筋肉がどんどん熱くなっていき、その血の巡りが生きている証のようで、自分自身を正常に保つことができる。
どんなに暗い日常でも、自転車があれば、なんとかやり過ごせそうな気がしてくる。
《手伝ってあげようか?》
耳元で誰かが囁いた。それは、柔らかな少年のような声。でも、振り返っても誰もいない。
次の瞬間、私に不思議な現象が起こった。いきなり踏んだペダルがガクンと軽くなり、電動自転車のように軽くなった。いや、それ以上だ。
面白いように勝手に足が動く。風で背中を押され、勢いのついた私は、高橋を軽く追い抜いて、一気に駆け上がった。
「お~~い、芹奈!! 俺を置いて行くな!」
遠くから、高橋の呼ぶ声が聞こえる。
「今日は、なんだか不思議なことが起きているの! 約束通り棒アイスおごってもらうから」
振り向いて、勝利宣言をする。
横断歩道が青信号で、丁度タイミングよく通過しようとしている時だった。
〈キキキキキィィィ……ドゴォォーン〉
何も前触れもなく、いきなり右からのひどく強い衝撃。まるで鉄筋を全力でぶつけたような感覚。
体がボンネットの上に乗り、自転車と体が引き離された。勢いよく、車体の上を転がると、車の後方へと落ちた。
「ぐうぅあっ!!」
私の視界が一瞬真っ白になり、排気ガスの匂いと共に意識を失った。
――どのぐらい経っただろうか。
痛くて、痛くて、目をうっすら開けると、私は路上で倒れていた。
「ゔぅぅぅ……なに……これ」
一瞬、何が起こったか、混乱している。ただ、体中が痛くて我慢できない。
寝っ転がった視界には、横断歩道の白い部分が、大量の血で赤く染まっていた。
強い血の匂いに心はパニックになり、同時に体内が爆発したかのような激痛が走った。体は痙攣を起し、勝手に暴れはじめる。
私の脳内で、生命危機の警告音がしきりに鳴り響く。
(はぁ、はぁ、痛い、痛い、痛い、痛い、……怖い!! 死にたくない!!)
目の前に高橋が青い顔して駆け寄り、痙攣する体を必死に抑えては、名前を何度も叫んでいる。
女性の悲鳴が聞こえ、パトカーのサイレンも聞こえた。私の元に警察官がやってくる。
「大丈夫ですか?」
(これが大丈夫に見えるのか?)
そう言ってやりたいが、口が動かない。いつも、死にたいとは、思っていたのに、いざ死ぬとなると、こんなに痛くて、苦しい……。
(……この耐えがたい苦しみは、いつまで続くのだろう)
体の震えが、小さくなってくると、体が鉛のように重く感じた。地面に吸い込まれる感覚。指が一本も動かない。次第に意識が遠のいていく。耐えきれずに、私は目を閉じた。
――漆黒の闇の中、胸に電気が走る。残されたわずかな感覚。でも、この感覚も、あとわずかで消えてしまう。ろうそくの灯が消えるように、私の命もこの世界からふっと消えてしまった。




