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51. 決戦!

 わたしたちは、なるべく離れ離れにならないように寄り添って、異界の大地を歩いた。足の裏から靴のソール越しに伝わってくる感触は、ごつごつしているような、でもどこかとらえどころのないふわふわしたような、気持ちの悪いものだった。ときおり、黒と赤のマーブル模様の空に、キラッキラッと、光が瞬く。雷なのか、それとも星の瞬きなのか、わたしには良く分からなかった。

「まるで、地獄の世界みたいだ……」

 先頭を行く、阿南くんがポツリと呟いた。

「だってそうだろ? 生き物は居ないし、風もない。匂いもしない。本当に、ここが人間界と魔界の次元の間にある世界なのか、信じられないよ」

「言ってみれば、この世界は、他の次元の余った部品で組み上げられた世界なんだ」

 と、ヴェステンが辺りを見回す。余った部品というのが何なのか、良く分からないけれど、それは、人間界や魔界で棄てられたゴミのようなものが集まって出来た、ということなのかも知れない。と、わたしが勝手に火想像をめぐらせていると、今度はソフィが、

「こんな場所に居て、田澤さんは寂しくないのかな」

 少し怯えたような声で言う。ソフィの言葉に、わたしたちは一様に、声を失った。余った部品とか、人間界と魔界の間に次元の世界だとか、そういう小難しい話は別にしても、ここはとても寂しい場所。誰も居ない、何もない、冷たくて気味の悪い場所に、綾ちゃんはたった一人で寂しくないはずなんかない。ソフィの言葉を最後に、しばらくは黙りこくったまま、わたしたちは異界をあてどなく彷徨った。

 やがて、あたりに蛍の光のような薄緑色の燐光がふわふわと舞う。それはゆっくりと、何かに吸い寄せられるように漂っていく。それは、黒と赤のマーブルの世界で唯一、美しいと思えるものだった。その先に何があるのか、確信めいたものがあったわけじゃないけれど、わたしたちも吸い寄せられるように、燐光の行き着く先を目指す。

「あれは、生命の繭……!」

 わたしの肩口で、ヴェステンが遠目に見えるそれを、尻尾で指して叫んだ。燐光は、そこに吸い寄せられ、まさに繭を形作っていた。人一人がすっぽりと納まるくらい、蝶々の繭なんかよりずっと大きい。わたしたちは、口を開けたまま、ある意味気味の悪い世界に、ぼんやりとうす緑色の光を放つ、その巨大な繭を見上げた。

「あの中で、綾は傷を癒しているはずだよ」

 と、ヴェステンが言ったその時、ぞわぞわっと、背筋に悪寒が走る。気配。それも沢山の気配が、わたしたちを取り囲んでいる。「トイフェルだよっ!」と、ヴェステンが声をあげる前に、わたしたちは反射的に、戦う術を持たないソフィを中心に、背中合わせに、すばやく臨戦態勢をとった。

 阿南くんの剣、中禅寺さんのカード、わたしのこうもり傘が、それぞれの魔力を集める。すると、それに反応するかのように、わたしたちを取り囲む気配は、地面からうねうねとせり上がり、真っ黒な人形(ひとがた)を形成していく。ちょうど、影が実体化したような姿だ。

「こいつら、黒の妖精・ピルヴィッツ! 黒の侵食に囚われた人の魂が集まった、低級トイフェルだよっ」

 と、ヴェステンがわたしたちにトイフェルの正体を伝えてくれたけれど、問題はそこじゃなかった。

「でも、数が多すぎるよ、ヴェステン。ざっと数えても、百匹以上……」

 わたしの声が、おもわず震えてしまう。しかも、敵意むき出しのピルヴィッツたちは、「ケケケっ」と甲高い無機質な声で笑いあい、次から次へと増えていく。

「やるしかないだろっ! ひとりあたま三十三匹。余りは、俺が斬ってやるっ」

 阿南くんはそう言うと、青銅色の剣を振りかざした。中禅寺さんも阿南くん続き、カードを投げつけ、炎の矢を放つ。

「そうだよね、怯えてる場合じゃないよね! ソフィはここから動かないで、わたしたちで守るから」

 ソフィが頷いたのを確かめて、わたしは、傘をかざして、魔法の言葉を唱える。

「緑の精霊と契約の名の下に、具現せよ。汝、風の矢となれ……ヴィント・プファイル!!」

 傘に刻まれた文字が、淡く光ったかと思うと、先端の金具から、勢い良く魔法の矢がいくつも飛び出した。「昇華応用」の力を得たわたしの魔法は、自分でも驚くぐらいにレベルアップしている。放たれた風の矢は、寸分の狂いもなく、ピルヴィッツ一体、一体に突き刺さる。すると、金切り声のような断末魔とともに、あっという間にピルヴィッツが灰になっていく。どうやら、ヴェスの言ったとおり、黒の精霊は低級トイフェルみたい。

「やあっ!」

 阿南くんも、ノートゥングでピルヴィッツを切り裂いていく。ユストゥスの記憶のおかげなのか、それとも阿南くんが剣術を勉強したのか、彼の剣裁きはとても鋭くて、まるで映画に登場するヒーローみたいだ。

「中野さんっ! 危ないっ!」

 突然の、中禅寺さんの声。阿南くんの活躍に目を奪われていたわたしの隙をついて、ピルヴィッツがわたしに飛び掛ってくる。咄嗟に、傘を開き、盾の魔法を唱えようとするけれど間に合わない。

「えいっ! エーアデ・バックラーっ!」

 中禅寺さんの掛け声とともに、わたしとピルヴィッツの間合いにカードが突き刺さる。裏面に書かれた魔法円が俄かに光消えていくと同時に、それは土の盾の魔法を具現化した。べちゃっ、とつぶれるような音がして、槌の盾に突撃したピルヴィッツは潰れて灰になる。

「よそ見しちゃだめよ、中野さん!」

「ごめんっ! 青の精霊と契約の名の下に、具現せよ。汝、水の槍となれ……ヴァッサー・ランツェ!! 固定(フェストレーグング)

 仲間のフォローに感謝しつつも、わたしは傘を再び閉じると、すかさず魔法の言葉を唱える。さらに立て続けて、

「緑の精霊と契約の名の下に、具現せよ。汝、風の槍となれ……ヴィント・ランツェっ! 固定! 契約の名の下に、総ての呪文を解除する! 全解放(アレスフライセン)!」

 解放された二つの魔法が結合して、風をまとった、水流の槍が完成する。それは、船のスクリュー波のように螺旋に回転しながら、ピルヴィッツを次々と貫いていく。ばんっ、ばんっ、とはじけるような音の後、断末魔の声をあげながら灰に変わる、人影のようなトイフェル。だけど、一向にその数は減らない。

「キリがないようっ!」

 悲鳴に近い声で、わたしの肩口に乗っかったヴェステンが言った。それでも、わたしは魔法を唱え続ける。

「赤の精霊と契約の名の下に、具現せよ。汝、炎の盾となれ……フランメ・バックラー! 固定! 緑の精霊と契約の名の下に、具現せよ。汝、風の矢となれ……ヴィント・ランツェ! 固定! 契約の名の下に、総ての呪文を解除する! 全解放(アレスフライセン)!」

 わたしの目の前に、炎のヴェールが立ち上がり、傘から放たれた風の矢がそれを煽る。すると、炎のヴェールがごうごうと唸り声を上げて、一面に熱風を巻き起こした。熱風は、ピルヴィッツをまとめて焼き払い、灰に変える。よし、いける! わたしが得心していると、突然背後から悲鳴が。

「きゃあっ!」

 熱風から逃れた一匹が、わたしをすり抜けて、ソフィに襲い掛かる。ソフィのふわふわした金色の髪を鷲づかみにして、引っ張りその喉もとに、黒い手を伸ばす。慌てて、わたしは踵を返すと、傘を両手で構えて魔法の言葉を唱えた。

「赤の精霊と契約の名の下に、具現せよ。汝、炎の剣となれ……フランメ・シュヴェーアト!」

 わたしが突き出す瞬間に、傘は炎をまとった剣に変わる。肉ではない、何か堅くて柔らかいものに剣が突き刺さる鈍い感触のあと、ソフィの髪から手を離したピルヴィッツは、炎に包まれて灰になる。

「女の子の髪の毛を引っ張るなんて、最低っ! 大丈夫、ソフィ?」

「うん、大丈夫」

 心なしか痛みをこらえながら、乱れた髪を押さえるソフィに、わたしは微笑みかけると、阿南くんと中禅寺さんを呼び戻し、再びソフィを囲むように背中合わせになり、ピルヴィッツの大群とにらみ合った。

「何匹やっつけた? 俺は二十五」

 阿南くんがノートゥングを構えた体勢で、ちらりとわたしに視線を送る。すると、中禅寺さんが先んじて「わたしは二十八匹よ」と答える。ふたりとも多少息は上がっていたけど、やっつけたピルヴィッツの数を数えるくらいの余裕はあるみたい。

「中野さんは?」

「わたし? ごめん、数えてなかった。でも、全然減らないよね」

 と、わたしが言うと、ヴェステンが必死にわたしのなで肩に捕まりながら、「それはだって、どんどん増えてるもん。ここは、魔界のある次元と、人間界のある次元の中間地点みたいな場所だから、魔界にもアクセスしやすいんだよ」

 と、半ばどうでもいい情報をくれた。ヴェステンもこの事態は想定していなかったみたいで、慌てているのがひしひしと伝わってくる。

「田澤さん、わたしたちが来ることを想定して、罠をしかけてたってこと?」

 中禅寺さんが、ちらりと「生命の繭」に視線をおくりながら言った。たぶんそうだ。綾ちゃん……ううん、今はヨハネスと言った方がいいのかもしれない、ヨハネスは、わたしたちが「異界の扉」をくぐって、やってくることを予想して、ピルヴィッツを予め呼び出していたんだ。

「当て馬でも、噛ませ犬でも、体力と魔力、それに中禅寺のカード枚数を削られるのは不味いよな」

 阿南くんが、悔しそうに歯噛みする。わたしたちは、ヨハネスが警戒していることを念頭に入れていなかったわけじゃない。でも、大群と化したピルヴィッツに取り囲まれることは、余り考えていなかった。そして、彼らの目的は、わたしたちを異界から追い出すことでも、わたしたちを殺すことでもなく、わたしたちの力をそぎ落とすことだけに終始して、わが身も厭わずに襲い掛かってくる、ヨハネスの忠実な(しもべ)

 どうやら、ヨハネスの方が、一枚上手だったということなのかしら。

「だからって、引き下がれないでしょ? わたしたちは綾ちゃんを救い出すの。メフィストフェレスと、ヨハネスの五百年から!」

 わたしは頭を振りながらそう言うと、ヴェステンの首の後ろを掴む。ヴェステンの大嫌いな猫掴みだと知っていながら、わたしはヴェスをソフィに預け、一歩前に足を出した。

「一気に魔界へ返してあげるっ!」

 無駄な魔力の消費は抑えたい。でも、ここでちまちまと戦い続けるより、一気に魔法の力を解き放つほうが、得策だと言えるような気がした。

「赤の精霊、そは鮮烈なる炎の調べ。契約の名の下に、闇を打ち払う力となりて、敵を討て! 業火の矢」

 傘に刻まれた魔法の文字が強く輝く。振り上げた傘の先端に、魔力が結集し、火炎の渦を形作る。その姿はまるで、炎の龍。炎の鱗に覆われた胴体、立派に燃え上がる角、真っ赤なたてがみ、巨大な熱風を噴出す口。

「行けっ! ピルヴィッツを一人残さず、食らい尽くせ尽くせ、ブラント・フランメっ!!」

 わたしの掛け声に応じるように、炎の龍は咆哮を上げ、しゅるしゅるとピルヴィッツの群れに飛び込むと、その大きな口で、ピルヴィッツを平らげていく。ピルヴィッツたちは成す術もないまま、まるで呆然と立ち尽くすように、炎の龍に飲み込まれていった。

 五分と経たないうちに、何百匹にも及んだピルヴィッツの群れが一掃される。炎の龍は黒と赤のマーブル模様の空に向かって、トイフェルの灰を吐き出すと、満足げにもう一度咆哮をあげて、消え去った。

「やった」

 と、口にしようとして、わたしの足元がふらりとする。魔力を使いすぎた所為で、気が緩んで、危うくまた異界の大地を失い、落下するところだった。

「大丈夫か、中野っ!?」

 阿南くんが心配そうにわたしの元に駆け寄る。

「おっけー、おっけー。大丈夫だよ。それより、どお? わたしの魔法。すごいでしょ?」

 と、差し伸べてくれた阿南くんの手を取りながら、わたしが言うと阿南くんは呆れ顔で苦笑する。ピルヴィッツが居なくなった辺りには、再びごうごうという地鳴りのような音だけが響き、至って静けさを取り戻していた。ところが、その地鳴りのような低い音に紛れ、何かが裂けるような音が聞こえてくる。

「何、何の音?」

 慌てて、わたしと阿南くんが振り返ると、ちょうど薄緑色にぼんやりと輝く「生命の繭」の中心部分に、小さな裂け目が現れた。バリッという音ともに、裂け目は大きくなっていき、奥から黒い光の帯が滲み出してくる。

『やっぱり、来たのね……でも遅かった』

 繭の中から声がする。ヨハネスの……綾ちゃんの声だ。裂け目がついに、繭の頂点と下端にまで達すると、黒い光の中から、白い手がすっと飛び出した。繭と言う言葉からわたしたちの脳裏に連想された言葉は、羽化。まるで幼虫だった蝶々が美しい模様の(はね)を拡げるように、脚、体、頭の順に、綾ちゃんが繭の中から姿を現し、物音一つ立てずに厳かな足取りで、異界の大地に降り立った。綾ちゃんが身にまとう黒いローブは、わたしたちがヴィジョンで見た、ヨハネスの身につけていたものに良く似ていた。だけど、わたしたちは、それよりももっと驚くべきものを目の当たりにする。

「ドゥンケルハイト・トラークフレヒェ(闇の翼)は、黒の魔法の力の究極の結晶。どう? わたしに似合ってるかしら、ヘレネー」

 少しだけ笑みを引いた綾ちゃんの唇からこぼれだす言葉……そう、親友の背中からは(からす)のように真っ黒な翼が生えていた。

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