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15. 疑惑

「そんな大あくびしてると、また諏訪先生に叱られるぞ」

 お昼休み、めずらしく阿南くんの方から話しかけてきたかと思えば、なんだか小憎たらしい笑顔のおまけ付き。わざわざそんなこと言われなくたって、分かってるよ、と言い返したいけれど、眠気の方が勝って、頭の周りをぐるぐるしていた。

 ゲシュペンストを捜索し始めて丸二日、ろくに睡眠をとっていない。そのことを、関係のない阿南くんに説明することが出来ないと言う「弱み」をもつわたしは、言い返す代わりに、たっぷりの皮肉をこめて、

「もし、わたしがウトウトしかけたら、阿南くんが優しく起こしてくれるんでしょ?」

 と言って、阿南くんを呆れさせた。

「来週は、定期試験だぞ。大丈夫なのか?」

「あれ、心配してくれるんだ、阿南くん。でも、心配だったらわたしよりも、綾ちゃんの心配してあげてよ」

 わたしはそう言って、ちらりと反対側の席に視線を送った。綾ちゃんは、お昼を食べてお腹いっぱいになったのか、とても幸せそうな顔をして、船を漕いでいる。このまま行けば、午後の英語の授業は間違いなく、おネムコースだ。

「綾もかよ……お前ら二人そろって夜更かしして何やってるんだよ」

「アブないことかな。ほら、幽霊退治とか」

「はぁ? なんだそれ。訳わかんねーやつ……分かった、お前アホだろ」

 阿南くんの顔が、いじめっ子みたいな顔になる。わたしは、無言で阿南くんの額にデコピンを食らわせてやった。思いっきり爪が頭蓋にあたり、コツンっと小気味良い音がする。

「痛ってえな!! お前か眠りこけても、もう絶対に起こしてやんないからな!」

 赤くなった額を押さえて、阿南くんが怒る。ちょっと涙目になっているのが、可笑しくてわたしは思わず笑い出してしまった。ヒトのことをアホ呼ばわりした罰だ。いい気味! ……なんだかわたし、ヴェステンに似てきてる?

「おやおやぁ、二人とも仲良いんですねぇ」

 不意に、冷やかすような口調と一緒に、口元を緩めてニヤニヤした笑顔が飛び込んできた。

「仲良くねえよ。勘違いすんな、秋元! こっちは暴力振るわれてるんだぞ」

「端から見てると、すっごく仲のいいバカップルがいちゃいちゃしてるだけにしか見えないですよ」

 阿南くんの怒りに対して、するりとかわすように秋元さんがニタニタする。秋元さんは、わたしたちのクラスメイト。名前は可愛らしく和歌(わか)っていう。小さな面積にに大きめの目と小さな鼻と口がぎゅっと凝縮されたみたいな顔で、いつも赤いベレッタで髪をぼんぼんにしているのが、チャームポイントだと言って憚らないほど、良くしゃべる女の子で、何故か丁寧な口調がちょっと変わってる。

「和歌ちゃん、まず否定しておくけど、阿南くんが好きなのはわたしじゃないから」

 ちらっと、阿南くんの顔を見る。和歌ちゃんは少しだけ驚いたような顔をしてから、

「じゃあ、誰なんですか? クラスの女の子? はっ! まさかわたしですか? きゃーっ、どうしよう。阿南くんの気持ちは嬉しいけど、でもでもっ、わたしには(しん)くんというカレがいるわけで……。ああっ、トーコちゃん教えてくださいっ。わたしの所為で、新くんと阿南くんが喧嘩なんか始めちゃったら、わたし、どうすればいいんですか!? やめてください、二人ともっ! わたしのために争わないでください!」

 と、表情をクルクルと変えて、一人で盛り上りはじめた。まるで、どこかの歌劇団のトップスターみたいに、顔を天井に向け、胸の辺りで両手を組み、祈りのポーズをとって、瞳をキラキラ潤ませる。

「わたしは罪な女です……。どうか許してください。わたしにはどちらかを選ぶことなんて出来ませんっ」

 秋元さんが一人芝居を続ける横で、阿南くんのこめかみには、明らかな四つ角が出来ていた。机の上に置かれた拳も少しだけ震えていて、まさに爆発寸前。慌ててわたしは、和歌ちゃんを引き寄せると、「阿南くんが好きなのは、綾ちゃんだよ」と耳打ちした。

「ほほーっ。そうなんですかっ!」

 再び眼を丸くした和歌ちゃんは、視線を綾ちゃんの方に向けた。綾ちゃんはすっかり机に突っ伏して、小さな寝息を立てている。まさか、自分の名がわたしたちの話題に上っているとは思いもよらないだろう。

「田澤さんもやりますね。こんなかっこいい男子を射止めるなんて……」

「あのな、秋元。それも違うから。中野が勝手に妄想してるだけだ」

 と言って阿南くんは、ニヤつく和歌ちゃんと、わたしのことをキッと睨む。

「ふうん、でもかっこいいって言うのは否定しないんだ」

「うるさいな、中野!そんなのどうだって良いだろっ。どうして、このクラスの女子は減らず口ばっか叩くんだよっ。それで? 秋元、何か用か? 用がないなら、あっち行けよ。もうすぐ授業始まるぞ」

「ああ、そうでした。忘れるところでした。トーコちゃんと阿南くんは、例の幽霊の噂知っていますか?」

 ピっと右手の人差し指を立てて、和歌ちゃんが真剣な顔をする。知っているも何も、今その幽霊を追いかけているところだ。でも、それは口が裂けても言えない。だから、わたしも噂程度に知っていると言わんばかりに、

「あれでしょ、白い女の幽霊が、なんかの本を知ってるかって訊いてくるってヤツでしょ? 詳しいことは知らないけど……」

 と、嘘をつく。すると、和歌ちゃんはしたり顔になった。

「その話には続きがあるんです。昨日、深夜に二年生の女の子が見たそうなんです」

「何を?」と、阿南くん。

「決まってるじゃないですか、幽霊ですよ、幽霊。で、その幽霊とお話をしている、女の子の姿も見かけたそうなんです。ちょうどわたしたちと同じくらいの年頃の女の子を……」

 和歌ちゃんの言葉に、わたしはドキっとする。幽霊の正体はトイフェルのゲシュペンストで、そのトイフェルと話をする女の子……まさか!?

「それ、どんな子だったの!?」

「えっ、ええ? えっと、先輩が言うには」

 突然大声で尋ねるものだから、和歌ちゃんが驚いてしまう。でも、聞き出したかった。もしも、トイフェルとお話ししていた子がいたとしたら、それはわたしたちの敵、祝福されしものが転生した子かもしれないから。

「C組の女の子です。ほら、ドイツ人のハーフで金髪の子がいるじゃないですか。確か名前は、ソ、そー……ソフィ! ソフィ・ノルデン!」

「ああ、そういやいたよな、そんなやつ」

 阿南くんが顎に手を当てながら言う。だけど、わたしはその子を知らない。さすがに転校して、まだそんなに月日が過ぎていないのだから、他所のクラスの子まで、知っているわけがない。むしろわたしは、その子の名前が、「ヨハネス」と言う名前でないことに拍子抜けした。

「先輩の見間違えかも知れないんですけど、でも幽霊と、あのノルデンさん。妙に似合うと思いませんか?」

「どうして?」

 わたしは和歌ちゃんの科白にきょとんとする。特に、和歌ちゃんが「あの」と強調したことに疑問が湧いたのだ。

「なんだ、中野は、ノルデンのこと知らないのか……。だったら、直接会ってみれば分かるよ」

 そう言うと、阿南くんはすっと席を立った

「何処へ行くの? 授業始まるよ」

「トイレだよ。いちいち、言わせるなよ。まったく」

 わたしの問いに、不機嫌そうに答えると、そのまま背を向けて阿南くんは教室を出て行った。

「ねえねえ、トーコちゃん。さっき言ってたのってホントですか? 阿南くんが、田澤さんのことを好きだって話」

 阿南くんの姿が見えなくなったのを見計らうように、和歌ちゃんが声を潜めた。もちろん、眠りこける綾ちゃんに聞こえないようにするためだ。

「多分……。これはわたしのカンだけど」

 わたしも声を潜める。

「お互いがお互いのことを分かり合ってるところがあるって言うか……、きっと綾ちゃんも阿南くんのこと好きなんだと思うよ」

「ほほう。なるほどですね。それにしても、どうやって田澤さんは阿南くんを射止めたんでしょう? トーコちゃんは田澤さんと仲いいですよね? 何か知ってますか?」

「ほら、二人とも幼なじみじゃない。小さいときから、お互いのこと知ってるから、惹かれあうってヤツじゃないのかな」

 と、恋愛の素人がもっともらしいことを言うと、突然和歌ちゃんは少し驚いた顔をする。そして、授業開始の予鈴がなる直前に、和歌ちゃんが発した言葉は、わたしをこれでもかと言わんばかりに、驚かせた。

「え? それ、違いますよ。だって、田澤さんって、小学六年生のときに、転校してきたんですよ。わたし、阿南くんと同じ小学校だから、間違いありません。二人は幼なじみなんかじゃないですよ」



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