11. 占い
ひとくちに占いと言っても、その種類はたくさんある。姓名判断、手相占い、前世占い。その方法もたくさんあって、たとえば中国には古くから八卦と呼ばれる手法がある。ヨーロッパでも、ハンドボール大の水晶玉に手をかざしたり、タロットカードをならべたりする。古くは、亀の甲羅を火であぶって、その割れ方で政治の方針を決めていたと言うから、わたしたち人間の歴史と深い係わり合いがあるといってもいいのかもしれない。
ただ、なまじっか歴史が古いだけに、現代では、本当に占いなのかどうかも分からないような、おかしなものが飽和状態だ。そんな中で、とりわけ女の子に大人気なのが、恋占い。意中の相手との相性や、出会いなど、恋に関する占いは、古今東西女の子を夢中にさせてきた。
わたし? わたしも占いは好き。特別恋占いが好き、って言うわけじゃないけど、雑誌で今週の運勢をチェックしたりすることに、余念はない。わたしだって、普通の女の子だっていう自負はある。
だから、綾ちゃんに「中禅寺さんのところに、占いしてもらいに行ってみようよ」と誘われたときは、まんざらでもなかった。
わたしを占いに誘う綾ちゃんは、いつもどおりニコニコしていた。だけど、わたしはその笑顔に引っ掛かりを感じずにいられない。それもこれも、あの仏頂面メガネくんが悪いんだ。おかしなことをわたしに言うから、どうしても気になってしまう。気になると、綾ちゃんが少しだけ、クラスのみんなから浮いていることに気付いた。クラスの誰も、綾ちゃんのことを名前で呼ばない。余所余所しく「田澤さん」と呼ぶ。必要以外で、綾ちゃんに話しかける子はいない。イジメられているわけじゃない。ただ、綾ちゃんとクラスのみんながお互いに、距離を置いている、そんな違和感だった。阿南くんは、「中学生になって、なんとかクラスに溶け込んでるみたいだけど」といったけれど、わたしの眼にはとてもそうは映らなかった。まるで、水の上に浮かぶ、一滴の油。同じ液体で、同じ色をしているのに、けして水と混じりあうことはない。
「たとえどんなことがあっても、あいつの友達でいてやって欲しい」
そんな綾ちゃんの、明るい笑顔の裏側を知ってしまうと、どうしても頭の中で、阿南くんの言葉が鳴り響く。たとえどんなことがあっても……その言葉のニュアンスには、何かとてつもなく大きな意味が秘められているように思えた。それが何なのか問いかけたくても、肝心の阿南くんは仏頂面のまま。話しかけても「うるさい」「話しかけるな」と何故か怒っているみたいで、取り付く島もない。改めて「仏頂面」の意味が分かったような気がする。
可笑しいのは、綾ちゃんは「結宇と仲良くしてあげてね」と言い、阿南くんは「あいつの友達でいてやって欲しい」と言う。わたしから見れば、お互いがお互いのことばかり気遣っているように見える。やっぱり、阿南くんは綾ちゃんのことが好きで、綾ちゃんは阿南くんのことが好きなんじゃないだろうか。だから、お互いのことを心配してる。
幼なじみって良いもんだね。大丈夫、心配しなくても、どんなことがあってもわたしは綾ちゃんの友達だし、阿南くんの優しさも知っているつもり。わたしがひねくれ者じゃない限り、二人はわたしの友達。変わることなく、ずっと……。
綾ちゃんに手を引かれ、中禅寺さんと言う子に占いをしてもらうために、隣のクラスに向かう間、わたしは綾ちゃんの後姿に、そんなことを考えていた。
隣のクラスのドアをくぐると、一つの席に人だかりが出来ている。人だかりからは、列が伸びており、その中には上級生の姿もあった。そんな人だかりに囲まれているのは、ちょっとクセっ毛のはねた髪の短い女の子。丸ぶちのメガネをかけているけれど、顔の三分の一を占領するほど大きなそれは、あんまり彼女に似合っていないような気がした。
彼女の名前は、中禅寺双葉さん。わたしの隣のクラスの女の子で「占い師の中禅寺さん」と言えば、この学校で先生から生徒まで、知らない者はいないってくらい、有名だった。お昼休みになると、こうして彼女の周りには、占いを希望する生徒が列を作る。彼女のすごいところは、どんな占いでもこなすところ。だけど、たいていは、占いを希望する子がほとんど女の子ってこともあって、恋占いに集中している。
こんな、エピソードがある。ある女の子が、中禅寺さんに一つ年上の先輩との恋を占ってもらった。絵に描いたような、とってもオクテな女の子で、告白したくても出来ない。それどころか、ろくに話もしたことがない。グラウンドで部活に励むその先輩の後姿を、校舎からそっと見つめるしか出来ない。せめて、占いで恋の行方を知りたいとその子は、中善寺さんに占いをお願いした。占いの結果は、「勇気を出して告白すれば、上手くいく」と出た。そして、付け加えるように「告白をするなら、明日の夕方。校庭の隅にあるポプラの木の下がベスト」と、中禅寺さんは言った。女の子は、中禅寺さんの勧めに従って、翌日の夕方、ポプラの木の下で憧れの先輩に告白した。そして、見事に二人は恋人同士になったという。
それ以来、中禅寺さんのもとには、たくさんの女の子が押しかけるようになった。中禅寺さんの占いの、的中率はほぼ百パーセントだった。中禅寺さんの占いで上手くいくと出れば、ホントに上手くいくし、ダメと出れば本当にダメ。それはなにも恋占いに限った話じゃない。勝負ごとも明日の運勢も、中善寺さんの占いは、見事に的中するのだ。
わたしたちは、列の最後尾に並んだ。ひとりづつ、手際よく中善寺さんは占っていく。恋が成就する、と言われた子は、嬉しそうに笑いながら、何度も中禅寺さんにお礼を言って去っていく。諦めた方がいい、と言われた子は、今にも気を失ってしまいそうなくらい青い顔をして教室を後にしていく。そして、わたしの番がやってきた。机をはさんで、向かい合わせに座る。
「あなたの名前は?」
無表情と言った方が良いかもしれない。中禅寺さんは、眉一つ動かさずにわたしの名前を尋ねた。何だか向かい合っていると、心なしか緊張してしまう。
「中野東子です」
「トーコ……、中野さんは何を占って欲しいの? 何でも良いわよ、金運、厄、姓名、恋愛、聞きたいことを教えて」
まるで、涼やかな風のような声。その声に言われて初めて、わたしは何を占ってもらうか決めていないことに気付いた。そりゃそうだよ、だって綾ちゃんに引っ張られて、ここへ来たんだもん。
「じゃあ、今年の運勢でも」
「平凡ね。でもいいわ、占ってあげる」
そういうと、中禅寺さんは机の上に、カードの束を裏にして置いた。やけに古びたカード。端は擦り切れているし、裏面の柄も色あせて黄ばんでいる。
「この中から、一枚だけ引いて。それを好きな向きで、机の端に置いてから、ひっくり返して」
「随分古いカードだね。アンティークか何か?」
わたしは、カードの束の一番上のカードを手に取りながら、中禅寺さんに尋ねた。
「西洋に伝わるタロットカードの亜種みたいなものよ。古式の占いカード。価値もなければ、アンティークなんかじゃないわ。母の形見なの」
「え? それってどういう……」
「そのままの意味。それより、早くカードを置いて」
中禅寺さんの口調に、それ以上訊くなと言われたような気がして、わたしはカードを机の隅に置いた。そして、裏返す。そこには、正面を向いた魔女の絵が描かれていた。もちろん、わたしたちが想像するような、魔法のほうきを手にして、黒いローブをまとい、フードからのぞく顔は皺だらけの、老婆の魔女。
「魔女の正位置ね」と、中禅寺さんは言いながら、わたしの目の前にカードを並べていく。次に出てきたのは、禍々しい格好をした、悪魔のカード。そして、剣を持った鬼、黒の盾を持った騎士、また魔女、鎌を携えた死神、赤ちゃんの絵柄が描かれたカードが順番に並ぶ。その六枚のうち、悪魔と赤ちゃんのカードは反対向きで、鬼と、騎士と、魔女と、死神はわたしの方を向いている。それが何を意味しているのかわたしには分からなかった。
「いろいろと大変ね」
占いの結果を説明する彼女の顔は、やっぱり無表情だった。
「たくさんの出会いがある。そのうちのいくつかはもう果たしている。そして、あなたの前にステキな男の子が現れるわ。とても素直じゃない男の子ね。でも、別の人も現れる。その人とあなたは運命で結ばれている。そして、絶対に間違ってはいけない、選択を迫られる。運命に従うのか、それとも今のあなたにとって大切な未来を信じるかは、あなた次第。一方は、破滅。一方は、大事なものを捨てることになる」
占いの結果に、ぽかんとするしかなかった。何を言ってるのかよく分からない。選択? 何を選ぶの? わたしの頭にクエスチョンマークが高速回転し始める。
「でも、一番大事なのは、この逆位置の赤ちゃんね。あなたが選ぶべきものを教えてくれる」
「それって誰?」
かろうじて問い返すことが出来た。だけど、中禅寺さんは首を左右に振りながら、「さあ?」と、素っ気無く言う。
「わからないわ、そこまでは。でも、大切なことは、あなたが今一番信じられないと思っていることを、疑わないこと。そして、何かに惑わされることなく、進むこと」
中善寺さんの人差し指が、最初にわたしが引いた魔女のカードを指差した。わたしは思わずドキっとしてしまう。
「迷うことや、くじけることにも出会うかもしれない」
そう言いながら、中善寺さんは、悪魔のカード、死神のカードを指差す。悪魔の伸ばした腕の先と、死神の鎌の切っ先が、最初の魔女のカードを指し示していた。
「でも、あなたのことを見守る人もいる」
魔女のカード、騎士のカードを指差す。二つのカードの視線も最初の魔女のカードを見つめている。
「だから、信じていれば、きっと総てが上手くいく。大事なのは、何が正しい道なのか、見極めることよ。これで占いは終わり、当たるも八卦、当たらぬも八卦。わたしの占いは、心のどこかにそっととどめておく程度で良いわよ」
中禅寺さんは机の上に並べたカードをまとめ、そして、今までの無表情が嘘のような笑顔をわたしに見せた。わたしは、狐につままれたような気分だった。良く分からない、ひどく意味深な占いの結果も、なんで中善寺さんが微笑んだのかも良く分からなかった。
だけど、お昼休みはあと五分しかない。わたしは、後ろで待っている綾ちゃんに席を譲るべく立ち上がった。
「ちょっと、ごめん! 先に、わたしを占って!!」
唐突に、綾ちゃんの五人後ろに並んでいた女の子が割り込んでくる。どうやら上級生らしく、誰も口出し使用とはしない。綾ちゃんも、少し驚きながら、その先輩に席を譲った。
「割り込みはみんなに迷惑ですよ、先輩。ちゃんと順番は守って」
あたりからブーイングが聞こえ始める前に、中禅寺さんが冷たく言う。すると、先輩は懇願するように、「でも、どうしても占って欲しいの! お願いよっ」と言って中善寺さんに向かって両手を合わせた。
「あの、わたしだったら明日でも、明後日でも構わないから」
席を譲った綾ちゃんが言う。だったら仕方ないか、中善寺さんのため息にそんな言葉が乗せられているような気がした。
「ありがとう、恩にきるね」
先輩は綾ちゃんにペコりと頭を下げる。どうやら悪い人じゃないみたい。だけど、その表情は深刻そのものだった。
占いは、さっきのわたしと同じような方法で進められた。まず名前を訊かれる。先輩の名前は、宍道美月。相談内容は、わたしと同じく運勢だった。先輩が最初に引いたカードは、死神の逆位置。そして、先輩の前に並べられたカードは、悪魔、死神、悪魔、死神、悪魔、そして歪んだ鏡。すべて、先輩の方を向いている。
「ひっ!!」
そのカードのならびに、先輩は短く悲鳴を上げてのけぞった。中禅寺さんの周りに集まっていたみんなが騒然とし始める。一枚や二枚くらいなら、死神や悪魔のカードが並ぶことはある。わたしの時だってそう。でも、死神と悪魔が三枚ずつ。占いの方法をよく知らなくても、それがあまりよい意味を持っていないことくらい、誰にでも分かった。
「先輩、なにか、困っていることはありませんか?」
中善寺さんの顔も、少しばかり青ざめている。
「え、ど、どうして?」
明らかに動揺している先輩に、中善寺さんは悪魔と死神のカードを指差した。
「このカード、同じ絵柄は三枚ずつしかないんです。それが、偶然だったとしても正位置にそろうのは、あんまり良いことだとは言えません」
「そ、そんな……わたしっ!」
先輩は両手で顔を覆い隠して、イヤイヤをする。今にも泣き出しそうだ。
「夢の中で、変な生き物が出てくるの。大きさは子どもくらい。とっても大きな耳をしていて、全身は緑の体毛に覆われてるの。変な帽子もかぶってるわ。そして、赤いぎょろっとした眼でわたしを睨むの。そうしたら、わたし動けなくなって、そのあと、やけに細長い指で首を絞められて、もう死んじゃうって思ったら、目が覚めて夢だったって気付くの。そんな夢を毎日、毎日見るようになって、だんだん食欲がなくなってきて、わたし、このままじゃその生き物に夢の中で殺されちゃうんじゃないかって思って」
先輩の話を聞きながら、中善寺さんの瞳は、最初に先輩の引いた死神のカードを見つめていた。
「ごめんなさい、先輩。わたしは占いしか出来ないの。夢のことを話されても……。ただ、このままじゃ良くない未来が待っていることを、このカードは示しています。できれば、病院で心療内科のお医者さまに診てもらった方が良いかもしれません」
「もう、何度も行ったわ! でも、どこにも異常はないって! 心の病かもしれないって言われたの。でも、わたしの頭は正常よっ」
先輩がヒステリックな金切り声を上げた。
「ごめんなさい、力になれなくて……」
中禅寺さんは困ったような口調でそう言って、丁寧に頭を下げた。そんな中善寺さんの姿を見た先輩は、興奮しかけた気持ちを抑えるように、深く深呼吸をして立ち上がる。
「いいえ、こっちこそ怒鳴ったりしてごめんね、中禅寺さん。ありがとう、占ってくれて」
暗く重たい声で、先輩は言うと、そのまま席を離れていった。中善寺さんを含めて、みんなの視線がその背中を追いかける。なんだか、先輩は真っ黒なオーラを背負っているようだった。
そして、先輩が立ち去った直後、スピーカーから、お昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。その音にはじかれるように、中禅寺さんの周りに集まった人だかりは、三々五々に散っていく。だけど、みんなの視線は、先輩の出て行ったドアに向いていた。わたしと綾ちゃんも、なんだか後ろ髪を惹かれるような感覚を憶えながら、教室へと戻った。
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