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第9話

月明かりだけが照らす夜の街道を、一台の馬車が密やかに進んでいる。


カートと呼ばれる一頭立ての二輪荷馬車だ。護衛はおらず、フードを目深に被った御者が一人だけ。その様はまるで逃亡者か後ろ暗い取引に赴く闇商人を連想させた。


──パッカパッカパッカ……


夜の平原に馬の足音だけがリズミカルに響く──いや。


──……ザッ


聴覚と聞き分けに優れた者だけが聞き取ることが出来るほんの僅かな足音。馬車の斜め後方、茂みや草むらに隠れながら何者かが一定の距離を保って追いかけていた。


──四、いや五人か……練度は悪くない。技術っていうよりむしろ天然ものだな。


ただしそれはあくまで()()()()レベル。御者は追跡者の技量を上から目線で評価し、あっさり落第点を下した。


御者が気にしているのは追跡者よりもむしろ魔物の襲撃だった。一応、そうしたリスクの低いルートを選んではいるが、都市外に絶対の安全は存在しない。自分一人なら切り抜けることは難しくないが、その場合は馬車を乗り捨てることになる上に追跡者の注意を引くリスクがあるため、遭遇回避には最新の注意を払っていた。


──だからこそ意味がある、とは言われたけど……


恐々としながら街道を進み月が天頂に差し掛かった頃、目印である大きな樫の木が御者の視界に映った。木の下には彼と同じくフードを被った人影。


少し遅れて追跡者たちもそれに気づき、彼らの緊張の高まりが肌に伝わってきた。


樫の木の下に辿り着くと、御者は無言で懐から木の板を取り出して取引相手にチラと見せ、相手がそれに頷きを返す。そして荷台から交換予定の荷袋を下ろすと、取引相手の前に置いて袋の紐を緩め、中を確認させた。


「……いいだろう」

「そちらは?」


促すと、取引相手は木の裏に隠していた荷物を引きずり出し、御者の前に置く。


御者は粗末な皮の袋に包まれた中身を確認──して、頷きを返す。


「……確認した」

「では──」


そう言って、荷物を交換し取引を終えようとしたタイミング。


──ダッ!!


一〇〇メートルほど離れた茂みに身を潜めていた追跡者たちが立ち上がり、勢いよくこちらに駆けてきた。


──動くのかよっ!?


御者は反射的に舌打ちし、取引相手は御者に非難の視線を向ける。


「つけられたなっ!?」

「言ってる場合かっ!!」


腰に下げた曲刀を抜いて迎え撃とうとする取引相手の手を取り、制止。


「相手の方が数が多い!」

「そんなことは──」

「いいから乗れっ!!」


そう言って取引相手の身体を持ち上げ馬の背に乗せると、馬の軛を解き放ち自身もその背に飛び乗る。


そして馬の腹を軽く蹴り、追跡者たちとは逆方向に馬を走らせた。


「待てっ! 荷がまだ──」

「諦めろっ!!」


重量はともかく、悠長に荷物をまとめている余裕はない。未練がましく捨て置かれた荷に手を伸ばす取引相手を無視して、御者は馬を駆りその場から逃走した。




それとほとんど入れ替わりに五人の追跡者が樫の木の下に辿り着く。


彼らの耳は熊や猫、狼といった獣のもので、瞳は月明かりを強く反射して輝いていた。


「ちっ、逃げられたか」

「瞬時に逃走を選択できるとは……つけられていることを予想していたか? 中々侮れんな」


舌打ちする猫の獣人。大柄な熊の獣人は感心した様子で逃走していく馬を睨む。


「……追いますか?」


一際小柄な鼠の獣人が熊の獣人に判断を仰ぐ。熊の獣人は一瞬だけ考える素振りを見せ、アッサリとかぶりを横に振った。


「──いや、やめておこう。馬と追いかけっこは分が悪い。万一走り疲れたところで魔物にでも遭遇したらコトだ」


追跡者たちはそのリーダーの判断に頷くが、鼠の獣人は慎重に確認を重ねた。


「……その判断に異論はありませんが、ボスへの報告はどうします? 何の成果もなし、追跡に気づかれて連中を警戒させただけとあっちゃあ問題でしょう?」


暗に口裏を合わせて上への報告を誤魔化そうとの提案だったが、熊の獣人はそれには答えずその場に残された荷──皮袋の口を紐解いた。


中身は袋一杯にビッシリ詰まった見慣れない草や粉末──恐らくは薬の原料だ。


「……見ろ。連中がここで東方群島由来の品を仕入れようとしていたことは間違いない」

「それはあっしらにも分かりやすが、だったら猶のこと連中を追った方がいいんじゃないですかい?」


狼の獣人の疑問に熊の獣人はかぶりを横に振った。


「さっきの連中──取引相手の方だが、荷を受け取るってのにたった一人で、馬も何も準備しちゃいなかった。これがどういうことか分かるか?」

「! 近くに連中の拠点がある……?」

「ああ。東方の連中は閉鎖的で秘密主義者が多いからな。大陸内を移動するために、秘密の中継地点のようなものを設けていたとしても不思議じゃない」

「そこを押さえれば……!」


興奮した様子の鼠の獣人を宥めるように、熊の獣人は付け加える。


「あくまで推測だ。だが拠点か輸送手段か、この近辺に何かがあることは間違いないだろう。まずはそれを探る」


熊の獣人は仲間たちを見回し、方針を宣言した。


「俺とギーツ、レントはこの辺りの探索だ。バンとピルムは念のため逃げた連中を追跡してくれ。恐らく拠点とは別方向に逃げただろうが、ボスへ報告する必要があるから一応、な。無理はしなくていい」

『了解』


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「や~、上手くいったわね~」


ちょうどその頃、逃走中の馬の背でフードとウィッグをとり、取引相手に扮していたサラが明るい声を出す。


その後ろで馬を操っていた御者──ジグはその呑気な態度に思わず溜め息を漏らした。


「……どこがだよ。荷を奪われて馬車も捨てるハメになって……あの馬車レンタルだったんだぞ?」


事故による買取という扱いになろうが、中々手痛い出費である。


だがそんなジグの悲哀を気にした様子もなく、サラは背中をジグの胸に預け気楽そうに笑った。


「な~に言ってるのよ。そんなの必要経費じゃない」

「必要、ねぇ。付け回されるだけで済んでりゃ、馬車も荷も失わずに済んだんだけどな」

「もしそうなってれば、あたしらは連中の目を誤魔化すためにこの演技を続ける必要があったわけだし、時間と手間を買えたと思えば安いものでしょ?」

「軽く言ってくれるなぁ……」


ジグは額に手を当て天を仰ぐ。そのままチラと背後に視線をやるが、追跡者たちの気配は遠い。サラの言う通り餌にしっかり食いついてくれたようだ。




改めて説明するまでもないかもしれないが念のため。今夜の一件はジグとサラによる、ゴトー商会の目を誤魔化すための偽装工作である。


ゴトー商会が、ミモザが両親から受け継いだ東方群島からの仕入れルートを探っていることは分かっていた。ミモザが商会の再建に動いた以上、必ず東方群島と接触を持つ筈だと、彼らが監視を強めていることも。


それに対しただ隠れて取引するのでは監視の目を逃れるにも限界があった。一時的に動きを隠すことは可能だが、それでは余計に相手を警戒させ監視の目を強くしてしまう。


だからサラはジグを誘い、ゴトー商会にそれとなく情報を流し、囮となって彼らの目を引き付ける方法を選んだ。これからあの追跡者たちは自分たちがここで本当に取引をしていたと信じ、ありもしない拠点を探して駆けずり回ることになるだろう。


後は粛々と密やかに再建準備を進めるだけ。向こうはこちらに動きが視えなくても、捕まりそうになって慎重になっていると勝手に勘違いしてくれる筈だ。


この一件でサラたちが失ったものは商取引一回分の荷とレンタル馬車だけ。その荷にしたって、薬の原料は元々店の在庫として残っていたものの内、消費期限が近づいていたものを詰めただけなので大した損失ではない。レンタル馬車もこうした事態を想定して小型の安物馬車を選んでおり、買い取ることになってもジグの貯えから十分に払える金額だ。


問題があるとすれば──




「……なぁ?」

「何?」

「馬車の買い取り代金、経費で落ちるんだよな?」

「…………」


ジグの問いかけに、サラは花が咲くような笑みを浮かべて応じた。


「うん! ジグの出資予定分から差し引いとくから安心して!」

「…………」

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