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第8話

「ふわぁ~っ……暇」

「……気持ちは分かるが少しは隠せ」


都市内を流れる大型河川のほとりに建てられた倉庫の前に、二人の屈強な男たちが門前の見張りに立っていた。


周囲は見晴らしがよく、人通りも少ない。いくら気を張っていても、刺激の無い退屈な時間は彼らの警戒心を確実に鈍麻させていた。


「交代……まだかな?」

「日も高いのに何言ってるんだ馬鹿…………仕事上がったら飲みにいこうぜ。だからそれまで我慢しろ」

「お~う……」


見張りの緊張感は弛んではいたが、決してサボっていたわけではないし、悪いことでもなかった。


人間の集中力には限界がある以上、抜くべきところは抜かないといざという時に力が発揮できない。また見張りに立っているのは彼らだけではなく、今も二組の同僚が倉庫の周囲を巡回している。世の中には碌な警戒もないまま貴重品を放置している家や店がいくらでもあるのだ。賊だってわざわざ警備が立っている場所にリスクを冒して忍び込むような真似は普通しないだろう。


だから見張りの心に多少の緩みがあったとしても、それは瑕疵と呼ぶほどのものではなかった。


「おう」

「お~う」


倉庫の壁沿いに巡回中の同僚が近づいてきたので、見張りの一人が手を挙げて応じる。


「異常な~し」

「こっちもだ」


定例報告。一瞬、視線と言葉を交わして何もなかったことを確認し合うだけの形式的な儀式。



────



「じゃ」

「おう。暇だからって寝るんじゃねぇぞ~」


そう言って彼らはすぐに別れ、自分たちの職務に戻る。


その死角をなぞる様にすり抜けていった存在の影にさえ気づくことなく。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


──パサッ


『…………』


元アラン商会の応接室。その再起、立ち上げの打ち合わせのために集まったローグ四人。


ヴェルムは店に並べる商品のラインナップやその準備に必要な資材やコストについて、キコは店舗周辺を見張っている者たちの動向について、サラはその統括と事業計画について皆の前で説明し──


「……これは?」

「ゴトー商会の拠点と戦力、取り扱ってる非合法な商品の保管場所や流通ルート、繋がってる政治家と役人、弱み握られてる商人のリストetc……まぁ、取り合えず必要そうな情報一通り集めてきた」


ジグがテーブルの上に投げた数枚の羊皮紙には、彼がサラリと告げた通りの──いや、それ以上の情報がびっしりと記されていた。


サラたちはその情報を覗き込み、読み込み、やがてポツリ。


『…………キモッ(ワフッ)』


心の底からの声だった。


サラがこの場所でジグたちに事情を打ち明け、誘ってから僅か一週間。たったそれだけの間に、この都市屈指の豪商の秘密を丸裸にしてしまう──同じローグであるサラたちから見ても、ドン引きする所業だった。


「……一応聞くが、この情報をどうやって集めたのだ?」

「え? 普通にあちこち忍び込んで」


ヴェルムはジグの言葉に頭痛を堪えるように目頭を揉み解しながら続けて尋ねる。


「……資料を読む限り、ゴトー商会が囲い込んでいるゴロツキ共には獣人が多く混じっているとあるが?」

「ああ。混血が多かったけど、ホント人種の博物館かってくらい色んなのがいたなぁ」

「……貴様は、そういう連中が警備している拠点に忍び込んで、これだけの情報を集めてきた、と」

「ああ」

「キモいからマジで死ね」

「何その理不尽な罵声!?」

「あたしも同感。ちょっとホントキモいわ。死んでくれる?」

「ガチのトーンで言うなよ!?」

「……シネ」

「キコまで!?」


次々と仲間たちから罵声を浴びせられ困惑するジグ。だがサラたちに言わせれば、こんな気持ち悪いものを見せられてむしろ文句を言いたいのは自分たちの方だ。


ジグがこういう人間だということは理解していたつもりだが、まさかここまでアレだとは……




ローグギルド内で、ジグは隠形に特化した存在として知られている。


隠形と一言で言っても、そう単純なものではない。素人はこれを『静かに動く』『気配を消す』などと曖昧な言葉で片づけがちだが、実際の隠形というのは極めて高度な複合技術である。


素人が考えるような“氣”を“絶つ”とか、影の薄さだとか、そんなふわふわしたもので人は人の知覚から逃れることは出来ない。


そもそも人に限らず生命というものは気配や存在感の塊だ。一部の人間しか知覚できない“氣”や“魔力”といったものを別としても、生きていれば熱を発するし、呼吸や脈動、音なども完全に消すことはできない。匂いは嗅覚の鋭い存在にとって重要な要素だし、そもそも人間の視覚を誤魔化すというのが簡単なことではなかった。絵や人形であれば気配がないから気づかれないなんてことがないように、視界に写り込んだ人間を見逃すなんてことは通常あり得ないのだ。


ではジグたちが行っている隠形とはどのようなものなのか?


まず無駄な音を立てずに動く体捌き。これが隠形の基礎であり、ほとんどのローグはそこまで止まりだ。


数は少ないがそこから一歩進み、変装技術を駆使して視覚的に己を目立たなくしたり、香水などを使って臭い誤魔化す者もいる。


さらに一流と呼ばれる者は高度な索敵能力を併せ持つ。隠れることと探すことは全く別のスキルではないか、と思われるかもしれないが、索敵能力が高い者ほど隠形においては有利に立つことができる。これは相手の居場所を正確に把握した上で隠れるのと、どこにいるか分からない相手から身を隠すのとでは圧倒的に前者が有利だからだ。


ただそこまで極めても、本来隠れるという行為には限界がある。動かずジッとしているならまだしも、動いて潜入するというなら猶更。


だがジグの隠形はその限界を無視する。


かつてヴェルムはジグのあまりに無法な技術に疑問を持ち、直接本人にどうやっているのか尋ねたことがあるのだが──


『相手の思考や視界、感じてるものを想像して、彼らに違和感を与えないよう演じるんだ』


言っていることは分からないではないが、そんなことが現実に可能なのか。


『別に特別なことじゃないよ。目の動き、意識の方向、呼吸や瞬き。その流れに沿って、逆に動けば──』


何が起きたのか、今思い返しても理解できない。


『──ほら』

『────』


ただ気が付いた時には、目の前にいた筈のジグが己の背後に回り、首元にそっと指を当てていたという事実だけがあった。




「…………はぁ」


あの時感じた恐怖を思い出し、そっと首元を撫でるヴェルム。


しかも今回ジグが忍び込んだゴトー商会の施設には、ヒューマンやエルフより遥かに優れた五感を持つ獣人種が多く警備についていたという。一体どうやって獣の聴覚や嗅覚を潜り抜けたというのか。本当に、理解ができない。


──ああいや、考えるな。化け物の話などまともに取り合っても頭がおかしくなるだけだ。


ヴェルムがかぶりを振って思考を振り払うと、隣でサラとキコも同じような仕草をしていた。


三人顔を見合わせ、もう追及するのは止めようと暗い同意を得る。


「…………?」


不思議そうに首を傾げている馬鹿にはもうツッコまない。そう決めた。


未だ四人の中でこの出資話に唯一正式な参加を表明していないくせに。今だってあまり乗り気に見えないのに。頼まれてもいないリスクの高い情報収集をシレッとこなして──おいこれ、ゴトー商会が当面こちらを泳がせる方針だなんてことまで書いてあるぞどうやって調べたいや絶対にツッコまないぞ──


『…………はぁ~(ワフゥ~)』

「何故繰り返し溜め息を吐くのか」


馬鹿の発言は全員無視する。


無視して、気分を切り替えるように話題を変えたのはヴェルムだった。


「にしても、このゴトー商会というのはやたら獣人種や混血を抱え込んでいるのだな……戦力目的か?」


ジグが調べてきた資料を読む限り、ゴトー商会は従業員の約半数が獣人種やオーガなどの敵性亜人種との混血など、所謂世間から弾かれたマイノリティで構成されていた。


無論、接客など表の仕事に彼らはほとんど関わっていないようだが、キワモノ揃いのローグギルドだってここまで極端な種族構成ではない。


「それもあるだろうけど、大半の連中は後ろ暗い仕事とは無関係の一般労働者よ」

「ふむ? では安価な労働力を欲して手を出したか」

「それはどうかね。見た限り、活き活き働いてて酷使されてる風でもなかったけどな」


ヴェルムの推測を否定したのはジグ。それにサラが同意するように頷き、補足した。


「そうね。実際、ゴトーは真っ当な職に就けない少数種族マイノリティからは神様みたいに崇められてる。勿論、一〇〇%の善意じゃないにしろ、これだけ手を広げてるからには打算だけってわけでもないでしょうね。誰にとっても完全な悪人なんていやしないんだから」

「ふむ……?」


ヴェルムはそのサラの表情の奥に隠された含みに首を傾げたが、敢えてそこには触れなかった。代わりに──


「まあいい。それで今後はどうするつもりなのだ? 最低限店に並べる商品には目途が付いた。そこの阿呆のおかげで当面ゴトーの妨害は予測も対処も可能だろう」


後はいつゴーサインを出して、どのタイミングの再起を目指すか──


「確認だけど、最終的なゴーサインを出してから商品を準備するまでどれくらい見ればいい?」

「……一週間、だな。オープンに東方由来のモノを並べたいと言うなら、プラス一週間。これはその前に原料の仕入れが終わっているという前提だ」


ヴェルムの答えにサラは満足そうに頷いた。


「こっちも店舗の改装に三週間くらい必要だから、今から動けば十分余裕があるわね?」

「うむ」

「キコはその間、今まで通り警戒をお願いできる? あと、オープン後は接客のお手伝いもお願いするかもしれないから、アイシャから挨拶とか会計のことを教わっておいて欲しいんだけど……できそう?」

「ワフッ!」


元気よく返事をしたキコの頭をサラは「お願いね」と言って撫でまわした。


ヴェルムはもう一つ統括者であるサラに確認をとる。


「方針は分かったが、貴様はどうするのだ?」

「一つ、取引を済ませないといけないところが残ってるでしょ? そっちを対応するわ」

「ああ……了解した」


ヴェルムだけがその言葉を理解し、納得したように頷く。


理解が追いついていないジグがそれをサラに訊ねようとする、と──


「ジグは私に付き合ってちょうだい。荒事になる可能性は低いとは思うけど、念のため……ね」

「お、おう……」


サラに当然のように言い切られ、ジグは反射的に頷く。そして直後、ふと脳裏に疑問が思い浮かぶ。


──あれ? 俺まだ正式に参加するって話はしてなかったよな……


こいつはもうなし崩しで押し切れる──サラたちからそう見做されていたことにジグが気づくのは、かなり後になってからのこととなる。

ジグの隠形は決して万能ではなく、戦闘中など相手が警戒している状況では効果を発揮しませんし、何を考えてるか分からない魔物相手だと大きく効果が減衰します。


ゲーム的に言うと、対人戦だと初撃のみ確定で先制+必中+クリティカル。

敵が人間から離れるほどスキルの発動率が低下するイメージですね。

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