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第7話

「ふむ……アランの娘に接触する者が現れた、と?」

「はい」


秘書から執務室で報告を受けると、ゴトーはチェック中の稟議書から顔を上げ、ニヤリと唇を歪める。ゴトーは日に焼けた禿頭の男で、六〇歳近い高齢にも関わらずその姿は貪欲な生気に満ちていた。


「情報の通りだな。その連中の素性は分かっているのか?」

「いえ。確認はこれからです。ですが若いヒューマンの男に不気味なエルフ、コボルトと特徴的な組み合わせでしたので、調べるのにさほど手間はかからないでしょう」

「それはまた……何とも個性的だな」

「はい。以前から出入りしていたローグの女が連れてきたそうですので、恐らくは冒険者かローグでしょうな」


中年の男性秘書の推測に軽く頷きを返して認めつつ、ゴトーは椅子の背もたれに体重を預け何事か考えるような素振りを見せた。


「……他に動きは?」

「今のところは何も。他業界含め商人で今更アランの娘に手を貸すような者はおりません」


秘書は無表情のまま、ほんの少しだけ声に力を込めて尋ねる。


「──それで、今後についてはいかがいたしましょう? その者たちの素性を確認してからの話にはなりますが、懐柔か恫喝か……どちらも準備はできております」

「放っておけ」

「は……?」


アッサリしたゴトーの言葉に、秘書は呆気にとられ目を瞬かせる。


ゴトーは意地悪く「ククッ」と笑みをもらし、秘書はそれに気づいて顔を顰めた。


「……旦那様。あまり揶揄わないでいただきたい」

「許せ。だが別に揶揄ったつもりなどないぞ」

「と言いますと……?」

「アランの娘に関しては当面放置で構わん。無論、接触した連中の調査は必要だが、手出しする必要はない」

「…………」


秘書は自分がゴトーに試されている、と感じたが、考えてもゴトーが何を意図してそのような指示を出すのか理解できなかった。


十数秒程の沈思黙考の後、秘書は洞察を諦めて口を開く。


「……理由をお聞かせ願えますか?」

「うむ」


ゴトーは失望するでも誇るでもなく、当然といった表情で自らの考えを披露した。


「エルスマン。そもそもこの一件に関して、我らの目的とは何だ?」


秘書は一瞬考える素振りを見せた後、すぐさま思考を整理し返答する。


「……一つは目障りなアラン商会の排除。これは既に達成されておりますが、娘に手を貸す者が現れた場合、再び息を吹き返す恐れがあります」

「うむ。他には?」

「東方群島からの仕入れルートの確保ですな。アラン商会を潰した後も調査は続けてきましたが、あの偏屈な連中とどのような伝手で取引を行っていたのか、全く分からず仕舞いです。これに関しては旦那様のご指示で優先順位を下げておりましたが……」


秘書はかつてアランの妻か娘を攫って情報を吐かせてはどうかと提案していたが、ゴトーはそれを却下した。


それは強引な手段を使えばルートそのものが失われる可能性がある、と判断したためだったが、秘書は暗にその提案を再考するよう促していた。このままではどうせ東方群島とのルートは諦めねばならなくなる。それならあちらに対する妨害にもなるし、強引な手段に出て駄目だったとしても損失は小さいのではないか、と。


だがゴトーはその行間に含まれた意図を理解した上で黙殺した。


「そうだな。この内、一つ目に関しては貴様が言ったように既に達成されている。放置すれば復活する可能性はあるが、以前ほどの商いにはなるまい。潰すのも手間ではあっても難しくはないだろう」

「……ですが娘が東方群島との伝手を受け継いでいた場合、些か厄介なことにはなりませんか? 例え潰せるにしても、早い段階で手を下しておいた方が手間は少ないと思いますが」

「もしそうであれば好都合よ。是非アランの娘には頑張ってもらいたいものだな」

「は……?」

「分からんか?」


ゴトーの言葉に秘書は再び考え込み、そしてようやくゴトーの狙いに思い至る。


「──! ワザと娘に取引を再開させて、そこから情報を探ろうというのですか?」

「うむ。アランたちはガードが固く情報が掴めなかったが、娘であれば隙も多かろう。あるいは娘に接触したという連中に取引を持ち掛けても良い」

「……なるほど」


秘書はゴトーの言葉に思わず唸る。アランの娘に接触した者たちの素性は不明だが、最終的な目的はどうせ金だろう。そして東方群島との伝手は彼らのような小者ではなくゴトー商会のような大店が扱ってこそ大きな利益を生む。それなりの金をチラつかせればこちらに引き込むことはさほど難しくないだろう。


「分かったか?」

「はっ。旦那様の深謀遠慮に恐れ入るばかりです」

「世事は良い。放置してよいとは言ったが。表向きの監視は続けさせろ。奴らの目が内通者に向かわぬようにな」

「かしこまりました」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「それで、どうするつもり?」

「どうするつもりって……」


拠点にしている宿の一室。つい先日までジグが所属していた『銀狼』──冒険者カイン一党は、リーダーの部屋に四人で集まり今後の方針について話し合いを行っていた。


カインは僧侶エリザからの責めるような詰問に思わず苦笑を漏らす。彼女に悪意や他意がないことは理解していた。ただその言い方ではまるで自分一人が悪いようではないか、と。


これまでエリザの口撃の矛先はジグに向けられることが多かったのであまり気にならなかったが、これからは自分に向けられることが多くなるのかもしれない。あるいはこうした部分も含めてジグは悲鳴を上げたのかもしれないな、と益体もないことを考えた。


カインの苦笑をどう理解したのか、エリザの眉間の皺が濃くなる。


「ちょっと! 笑ってないで真面目に──」

「考えてるさ。といって考えるほど選択肢もないけどね」


カインは仲間たちをぐるりと見まわし、宣言した。


「ジグが抜けた以上リスクの高い仕事は受けられない。当面は受ける依頼の難度を二回りは落として、かつ斥候役の必要性が薄い力技で何とかなるものを選んで対応していく」

「ま、仕方あるまいの」

「妥当な判断だと思います」


カインの言葉にドワーフの戦士ドルトン、ハーフエルフの魔術師セフィアは賛意を示す。だが、それにエリザが一人噛みついた。


「待ちなさいよ!? 何でそんな消極的な──」

「斥候役が抜けた以上はやむを得ないだろう。エリザ、君も冒険者ならその重要性は身をもって知っている筈だ。斥候役抜きで冒険に出るなんて自殺行為だし、正直僕は依頼の難易度を下げるどころか休業した方がいいとさえ思ってるよ」

「──っ!」


キッパリと告げるカインにエリザは一瞬言葉に詰まる。だがすぐに気を取り直して言い返した。


「なら新しく斥候役を勧誘すればいいじゃない! すぐに固定メンバーが見つからなくても、スポットでならいくらでもいるでしょ!?」

「そんなどこの馬の骨とも知れない人間に命を預けろって?」

「それは──!?」

「ジグは能力面でも人格面でも信頼のおける男だった。彼のサポートに慣れた僕らが別の人間を入れて、すぐに対応できるとは思えない」

「────」


静かに断言するカインにエリザは言葉を失い、助けを求めるようにドルトンとセフィアに視線を向ける。


「儂も同感じゃ。ジグは人を増やせと言うとったが、増やしたところで結局最後は奴を頼っておったろうよ」

「ジグさんと同じことを要求しても、いきなりこなせる人がいるとは思えませんしね。扱いに差が出て、結局どこかで破綻してたと思います」

「──っ! あんたたちまで……!」


ジグの代わりなどそう簡単に見つかる筈がないと言うドルトンとセフィアに、エリザは苛立たし気に唇をかんだ。


そんな彼女に、カインは静かに重ねて言う。


「エリザ。君も分かってる筈だ。ジグを信頼してたからこそ、あんなキツイ言葉を使ってしまったんだろう?」

「────」


エリザは否定せず、ただ黙って俯いた。けれどしばしの沈黙の後、再び顔を上げて口を開く。


「──そう思うなら、何で引き留めなかったのよ」

『…………』


エリザが言えたことではない。だがカインたちは顔を見合わせ黙り込む。その答えを持っていないのではなく、上手く言語化できずにいた。


「何で、か……やる気を無くした──いや違う。冒険者が嫌になった──って言うのも少し違うか。どういう感情なんだろうな、あれは……?」

「……何の話?」

「ジグの話さ。あいつは多分、本人も気づいてない根っこの部分で冒険者を続けることを迷ってた。役割が多いとか責任が重いとかはきっと後付けの理由だよ。だからあんな形でしか話を切り出せなかったんだろうね」

「…………」


カインの言葉は曖昧模糊とした憶測に過ぎないが、エリザにも思い当たるフシがあった。あれは自分たちがCランクに昇格して、周囲から一目置かれるようになった頃から──


「何にせよ、あんな状態で形だけ要望を受け入れたり無理に引き留めても近い内に破綻することは目に見えてた。強いて言うなら、それが引き留めなかった理由だよ」

『…………』


全員、本当の意味で理解も納得も出来てなどいない。それでも、何もかも今更だということだけは分かっていた。


「さっきも言った通り、当面は受ける依頼の難度を下げて対応する。新しい斥候役についてはすまないが各々心当たりを当たって欲しい。まずはスポットで組んでみて、能力や人格、相性を見てから慎重に決めよう」

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