第3話
「ミモザです! 精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!」
「アイシャと申しますだ。見ての通り腰の曲がった婆で、行き届かないところもあろうかと思いますが、店番ぐらいはできますんで、なにとぞよろしくお願いしますだ」
パーティーから抜けた翌日、ジグはサラに誘われていた出資話に参加を検討する旨を伝えた。
あくまで検討。出資する商会の状況も確認しないでは良いも悪いも判断できない。本当はパーティーを抜ける前に確認しておくべきことだったが……正直先走った。
ともかく確認する前から乗り気になっているヴェルムやキコと共に、サラに案内されてその売りに出ている商会とやらを視察に行ったわけだが──
「ふむ……調剤室はどこだ? 先に設備を確認したいのだが」
「あ、はい! ご案内します!」
毒の研究にしか興味の無いヴェルムは目の前の光景に疑問を抱いた様子もなく、ミモザと名乗った少女を促し店舗の中に入って行こうとする。
「──っ! ちょっと待った! タイム!!」
ジグはハッと我に返り、ヴェルムの手を掴んで制止する。
「むっ? 何の用だ短命種。吾輩はこれから新たな研究室のチェックを──」
「その前にちょっと話をしようか! ヴェルムの研究にとっても大切なことだから先に四人で!──と、ミモザちゃんだっけ? 悪いんだけどちょ~っと待っててくれる?」
「あっ、はい──」
ジグはミモザの返事を最後まで聞かず、ヴェルムとサラの手を引っ張って──キコは引っ張らなくてもついてきた──店舗から二〇メートルほど離れた位置に移動。ミモザたちに聞こえないように小声でサラを問い詰めた。
「どういうことだあれは……!?」
「どういうことって……何が?」
すっとぼけるサラにジグは殺意の籠った視線を向ける。
「あっ! ひょっとしてお店に商品が並んでなかったこと~? 先代が亡くなってしばらく休業してたからね~。日持ちしない商品が多かったんじゃな~い?」
「うむうむ。毒も薬も鮮度が命だからな。吾輩に任せておけば、どんな病気もイチコロのフレッシュなヤツをいくらでも作ってやるから安心しろ」
「そこじゃねぇよ!」
ヴェルムは気づいていないのか、あるいは単に関心がないのか分からない。
キコはチラチラ視線を彷徨わせ存在には気づいているが、それが何を意味するのかまでは理解できていないようだ。
「……店舗の東側で二人、今も俺らの様子を伺ってる。同業者じゃねぇが、かと言ってどう見てもカタギじゃねぇ」
一目見て暴力──あるいは恫喝を生業にしていると分かる二人組を視界の端に捉えつつ、サラを問い詰める。
「しかもあの店舗、修繕はしてるがあちこち壊された形跡があった。ありゃあ明らかに嫌がらせか妨害を受けた跡だよな?」
「あ~、生き馬の目を抜く商売の世界だし、そういう嫌がらせもあるのかもね~」
なおもすっとぼけるサラ。
ジグはピキッとこめかみに血管を浮き立たせ、怒りを必死に抑えながら続けた。
「……あのな。俺も考えなしの馬鹿じゃねぇ。事前にお前の言った『商会』がどんなもんか、情報屋に裏取りぐらいはしてきたんだよ」
「え~? ひっど~い。もしかしてあたしを疑ってるの~?」
どの口で──ジグは口をついて出そうになった罵声を呑み込む。
「情報屋が言うには、ここは元々アラン商会って薬と日用品を扱う店なんだそうだ。規模は小さいが東方群島に独自の仕入れルートを持ってて、他にない商品で安定した商売をしてるって話だった」
「何、それは素晴らしい!! 東方群島と言えば大陸にない独自の植生を持つ動植物の宝庫だからな! 研究が捗るぞう!!」
「ねぇ~、出資するにはいいお店でしょう?」
事前に情報収集もしてこなかったヴェルムは目を輝かせるが、問題はここからだ。
「……情報屋は、この商会が他所と揉めてるなんて話は一言も言ってなかった」
「ふ~ん? じゃあ、あそこにいる二人組はこことは無関係に監視ごっこでもしてるのか、情報屋が見落としてたのかもね~」
「ん・な・わ・け・あ・る・か! お前、情報屋を抱き込みやがったな……!」
てへっ、と可愛らしく舌を出すサラに、ジグは自分たちがハメられたことを確信した。
恐らくサラは、ジグが予め情報屋に裏取りをすると予想して、ジグの馴染みの情報屋を抱き込んで彼に偽情報を流したのだ。正確には完全な嘘ではなく、後で見落としていたと惚けれる程度に情報を伏せさせたのだろうが、情報屋は信用が命。どんなに金を握らせても普通そんな馬鹿な真似はしない。だがサラはローグギルドの中でも対人交渉のスペシャリストだ。それぐらいの寝技はやりかねないし、やってきたことをジグは知っている。
今回、弱みでも握ったのか、口車で丸め込んだのかは分からないが──
「待て待て。何を興奮しとるのだ、短小種」
「せめて短命って言えよ!? 見たことねぇだろ!」
「耳の話だ」
「初めて聞く表現っ!?」
サラに掴みかかりそうな勢いのジグを制止し、ヴェルムが割って入る。
「貴様の言う通りなら吾輩たちはこの女にハメられたのやもしれん。だがそれがどうしたというのだ? まだ吾輩たちは現地確認に来ただけで出資するとも協力するとも決めとらんのだぞ。実際にこの商会が置かれた状況を精査した後で、問題があると判断すれば手を引けばいいだけの話ではないか」
騙されたまま出資していたら手遅れだっただろうがな、と気楽に笑うヴェルムに、ジグはかぶりを横に振り大きな溜め息を吐いた。
「……分かってねぇな」
「何だと?」
「いくら偽情報を流したところで、現地を見れば俺らがそれに違和感を持たない筈が無いだろ。そんな杜撰な罠をこの女が仕掛けると思うか?」
「────!?」
ジグの指摘にヴェルムがサラに視線を向けると、彼女は肯定も否定もせずニンマリと笑った。
「つーかそもそも、あの二人組は何だ?」
「? 商売敵とか地上げ屋とか、そんなところではないのか?」
「なら悠長に様子見なんてする意味があるか? あの連中だってこんな小さな商会にのんびりかかずらってられるほど暇じゃねぇだろうし──ってか、状況だけ見ればもう潰した後なんじゃね?」
「それは──いや待て……まさかっ!?」
ヴェルムもジグと同じ結論に至ったらしく、目を見開いてサラを睨みつける。
この場で唯一状況を理解できていないキコが不安そうに彼らの顔を見上げていた。
「ワフゥ……?」
「つまりな、キコ。あの二人組の素性がどうあれ、本来この潰れかけ──というか潰れた商会に見張る価値なんてない筈なんだ。何せ動きがないんだから。あるとすれば連中にとって不都合な変化が起きると分かった時ぐらい。そうだな──」
ジグは視線をキコからサラに向けて己の推測を語る。
「──例えば、あの二人組が商売敵の手の者だと仮定しよう。あそこは前の経営者が亡くなって商売を再開する見通しも立ってない商会だ。妨害が目的ならとっくにその目的は果たしてる。情報収集は続けてたかもしれんが、人を張り付けてまで監視する意味はないし、していなかった。だがある日そんな商売敵の下に、せっかく潰した商会を買い取って商売を再開しようと考えてる連中がいるって情報が入った」
「ワフッ!?」
遅れて、キコもサラが仕掛けた罠に気づいて悲鳴を上げる。
「当然、商売敵はその連中の素性を確認しようと直接人を送り込んでくるだろう。この商会から手を引くように脅してくるぐらいならまだいいが──」
「こうなると前の経営者が亡くなった経緯というのが怪しいところであるな。場合によっては話し合いを飛ばして──という可能性も否定はできん」
ヴェルムもジグに追随して懸念を口にする。
だがジグはニマニマ笑みを浮かべているサラを見て、その想定は甘いとヴェルムの言葉を否定した。
「いや、むしろこの女のことだ。俺らの情報を相手に流して、積極的に巻き込むつもりと見たね。今更関わる気はないと言ったところで、相手がそれを信じないように」
「え~? 何か証拠もないのにあたしすごい悪女扱いされてな~い?」
サラはワザとらしくプンプン怒った仕草を見せるが、ジグたちの推測を一言も否定はしなかった。
「──まぁ、でも~? もしジグの推測通りだったとしたら、なおさらしっかり話をした方がいいんじゃないかな~? だって今更帰ったりしたら、その商売敵?──みたいな奴らの素性も分からないままになっちゃうわけだもの」
サラにとっては、ジグたちが彼女の思惑に気づくことまで含めて思惑通り。
「いつ、どこで、誰に、どんな理由で狙われるかも分からない──そんな不安を抱えて何も知らないまま過ごすなんてシンドイわよねぇ?」
『…………』
既に彼らは彼女が張った蜘蛛の糸に絡めとられていた。
そのことを理解させられたジグたちが苦々しい表情で立ち尽くしている、と──
「──あの、旦那様方……?」
いつまでも話し込んでいて戻ってこない四人を不思議に思ったのだろう。ミモザが邪気の無い態度で近づき、話しかけてきた。
「お話中申し訳ありません。ですが、今日は日差しも強いですしお話は店舗の中でされてはいかがでしょう? 中にお茶とお茶請けも準備しています」
『…………』
「えっと……?」
無言で顔を見合わせるジグ、ヴェルム、キコに戸惑うミモザ。
その純粋そうな態度に彼らは彼女がサラの謀りとは無関係なのだろうな、と判断。気を遣わせるのも悪いかと、代表してジグが口を開いた。
「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな──と、その前に一つだけ」
「はい? 何でしょう?」
「旦那様って呼ぶのは勘弁してくれるかな? 何かゾワっとするし、何よりそこで腹抱えて笑ってる女がムカつく」




