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第26話

「例の四人の内、エルフとコボルトに動きがありました。それぞれ別の場所──ここから東……もう一人はここから南に向かって移動しています」


ゴトーの執務室に入ってきたカイン一党は、テーブルに地図を広げると端的にゴトーたちに状況を説明した。


「……うちの従業員寮と資材倉庫がある方向だな。この情報はどうやって?」

「彼らを解放した時、私が追跡魔法を仕掛けました。高位の呪文遣いに解呪してもらわない限り、彼らの居場所はリアルタイムで私に筒抜けです」


秘書エルスマンの疑問にセフィアが胸を張って答える。


その横でエリザは不機嫌そうに嘆息。


「……自慢できることじゃないけどね。こんなことになるんだったら、やっぱり解放なんてせずに最初から拘束しとけば良かったんじゃないの?」

「だから、私たちには彼らを無理に拘束する権限はないんですって。そんなことしたら向こうに付け入る隙を与えるようなものだって説明したじゃないですか」

「そうじゃぞ。それに拘束するにしても結局見張りや警戒に人手を割かにゃならん。わしゃ毒使いの小賢しいエルフなんぞが近くにおったら休める気がせんわい」

「……ちょっと愚痴っただけじゃない。そんな二人がかりで言い返さなくてもいいでしょ」


セフィアとドルトン二人がかりで窘められ、エリザはそっぽ向いて黙り込んだ。


そんなやり取りを横目に、ゴトーはカインとフラーラに視線を向けて確認する。


「……どう思うかね?」

『陽動でしょうね』


異口同音に即答する二人。同意見だったゴトーは頷き、重ねて尋ねた。


「私もそう思う。問題はあちらの本命が何か、だ。連動して動くとすれば、行方が分からない女か、かつての君たちの同僚ということになるだろうが、君たちの予想は?」

「あちらの狙いは絞れませんし、絞るべきではないでしょう」


予め答えを用意していたのだろう、カインは流れるように言葉を紡ぐ。


「ジグ──僕たちの知る彼は見切りが早く、この状況で自発的に行動を起こすタイプではありませんが、周りに流されやすく付和雷同する傾向があります。他の人間の意見次第でどう動いても不思議ではありません。もう一人、行方が分からない女に関しては僕たちも人づてに噂を聞いたことぐらいしかありませんが、相当狡猾なタイプのようです。こちらに全く尻尾を掴ませなかったことに視ても、今さらこの状況で動くとは考えにくいでしょう。ですがだからこそ、もし彼女が動いていた場合、何かとんでもない隠し玉を持っているかもしれません」

「隠し玉?」

「さぁ? あくまで仮定の話なのでそこまでは」

「ふむ……」


カインの意見にゴトーはエルスマンと顔見合わせ表情を険しくした。


そこにフラーラが付け加える。


「まぁ、そうは言ってもこのタイミングで陽動を仕掛けるってことは、狙いがこの屋敷にあることはまず間違いないと思いますよ。今更嫌がらせや戦力を削ることに意味はないですし、彼らが狙う価値があるとすればゴトーさんかミモザちゃんのどちらか。具体的にお二人をどうしたいかは別にして、ひとまず屋敷の守りを固めておけば問題ないんじゃないですかね」

「同感だ。雇った傭兵共を叩き起こして警備を固めさせよう」


エルスマンがフラーラの意見に同意し、具体的な対応を提案する。だがそれに主人であるゴトーが異議を唱えた。


「……待て。連中の狙いが私かミモザ嬢だという点に関しては私も同意見だが、陽動役を放置していいのか? 連中が何をしでかすか分からんのは先の一件を見ても明らかだ。改めて同じような被害を起こされでもしたら、今度こそグループ全体の営業活動への影響は避けられんぞ」


そうなれば莫大な損失だ、と懸念を口にするゴトーにエルスマンは顔を顰めた。


「……旦那様のおっしゃりたいことは分かりますが、戦力を割けば敵の思うつぼですぞ」

「だが、万一あちらの真の狙いが報復や嫌がらせだった場合、守りを固めて甲羅の中に閉じこもることこそ相手の狙い通りやもしれんだろう。それに我々の商会の存続そのものを危うくして()()を有耶無耶にしようとしている可能性も否定はできん」

「そんなことは……」

「ないと言い切れるか?」

「…………」

「…………」


どちらの意見にも理があり、ゴトーもエルスマンも主張を戦わせながら自分の意見に確信を持てずにいた。


そんな二人の様子を見かねてカインが口を挟む。


「陽動に関しては僕らが対処します」

「いや、だがそれでは──」

「全員でじゃありません。向こうはたった二人、最大でも四人。手分けしても十分対処できますよ」


エルスマンの反論を遮って、カインは自信たっぷりにそう宣言。仲間たちに向き直って分担を相談した。


「エルフの毒使いのところには、万が一を考えてエリザが向かうべきだろうね」

「私? それは構わないけど、万一戦いになった時に備えて前衛が欲しいわね」

「警備の人間を一人二人連れていきなよ」

「急場しのぎで雇った傭兵なんてあんまり信用できそうにないけど……ま、この状況じゃ贅沢は言えないか」

「ふむ。フラーラは警戒、セフィアは通信のために屋敷に残るべきじゃろうから、コボルトの方は儂かカインが相手をすることになるのか? 正直、コボルトなんぞ無視しても構わん気がするが……」

「そういう油断は良くないと思いますよ? コボルトとは言え無視すれば大惨事を引き起こしかねないことは実証済みです。通信魔法は外にいても使えますから、私がコボルトちゃんを対応しましょうか?」

「……いや。罠の可能性もあるから、セフィアを一人で動かすのは危険じゃろう。儂が行くわい。どうせ屋敷の中では満足に斧も振るえんしの」

「じゃあ、屋敷に残るのが僕とセフィア、フラーラ。エルフのところにエリザ、コボルトのところにドルトンだね」

「……自分で言い出しておいて何じゃが、儂のところだけ子供の遣いみたいじゃの」


役割の軽さにぼやくドルトンに一党は苦笑。


「それで構いませんか?」

「……いいだろう」


カインは話を聞いていたゴトーに向き直り許可を求めると、ゴトーはエルスマンに視線で確認した後、頷きを返す。


この時彼らは、敵の狙いが読めないことに何とも言えない気持ち悪さは感じつつも、戦力では圧倒的に優位にあり、あまり不安は感じていなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


最初に動きがあったのはエルフの毒使いことヴェルムのもとに向かったエリザたちの班だった。


ヴェルムが向かった先にあったのはゴトー商会の従業員寮。


独身者を中心に荒事に関わっていない表の従業員も数多く居住しており、万一また食中毒騒ぎのようなことがあれば大惨事だ。とは言え先の一件があってから従業員も警戒を高めており、敵がよほど無茶をしない限り問題になるようなことは──


「──っ!? 息を止めて!!」

『っ!?』


エリザは寮の敷地に入るなり漂ってきた甘い香りに口元を袖で押さえ、同行していた二人の傭兵に指示を飛ばした。


そして素早く呪文を詠唱し神に奇跡を願う。


「──【防毒プロテクション・フロム・ポイズン】」


毒からその身を守る奇跡が完成し、エリザたち三人の身体が淡い光に包まれた。


ほっと息を吐き感謝を告げる壮年の傭兵。


「……助かった。こいつはどれくらい持つんだ?」

「毒の強度にもよるけど、大体十五分ってとこね」


エリザは答えながら周囲を観察し、顔を顰める。


「……すごいにおいね」

「ああ。まさかとは思うが、無差別に毒をばら撒いてるのか……?」

「いやいやいや! そんないくらなんでも──」

『…………』


最悪の想像に顔を見合わせる三人。


「……ここでぼうっとしてても仕方ないわ。とにかく、中の様子を確認しましょ」


エリザの言葉に頷き、傭兵二人が先行し盾になる形で寮の敷地を進み建物の中に侵入する。


奥に進むにつれて、甘ったるい香りはますます強くなっていった。それと同時に──


「……何だこれ? 人の声?」

「まるで、宴会でもやってるみたいだな……」


聞こえてきた騒ぎ声に顔を見合わせる。だがその声から漏れ伝わる雰囲気は決して悪いものではなく、むしろ楽しげなものだった。


『…………』


三人の間にどこか拍子抜けしたような空気が漂う。だがすぐにここは敵地だと気を引き締め直し寮の中へと進んだ。そこで彼女たちが見た光景は──


「グハハハハッ! 貴様らぁ、ハッピーか~い!!?」

『イェーイ!!!』

「カハッ! 吾輩もハッピーだ~! でもまだまだ吾輩たち、こんなもんじゃねぇよな!!?」

『ウェーイ!!!』

「かっ飛ばしてくのだぁぁっ!!!」

『ウィィィィッ!!!』


『────』


絶句。そこには全く予想だにしていなかった光景が広がっていた。


寮の中庭を中心に、至る所で興奮し狂乱状態にある従業員たち。そのふにゃけた表情はアッパー系のヤバい薬をキメているようにしか見えなかった。


人垣が邪魔になって確認できないが、輪の中心から聞こえてくる声はあのエルフのものだろうか?


周囲には熱狂して騒いでいる者もいれば、酔っぱらって床や地面にへたり込んでいる者もいて様子は様々。ザッと見回した限り、死んだり命の危険がありそうな者は見当たらないが──


「おいお前っ! こいつは一体どういう状況だ!?」

「んぁぁ~……っ?」


傭兵の一人が、近場でへたり込んでいた男の襟首を掴んで揺さぶり、話を聞こうとするが、男は意識が朦朧としていて意思疎通ができる状態ではなかった。


「どいてっ──【解毒キュア・ポイズン】」


エリザは男を治療するが──


「? けひゃひゃ……!」

「効かない!? 何で!?」


エリザの【解毒】の奇跡は男に対して全く効果を及ぼさなかった──いや、全くというのは少し語弊がある。呪文が発動した瞬間、ほんの僅かだが男の表情に変化があったので、全く効いていないわけではない筈だ。


だが奇跡が正常に発動しているのなら、男の症状が改善されないのはおかしい。


奇跡の効果に毒の強度は影響しないし、この場に毒が満ちているとしても【解毒】の奇跡には使用して二、三分は毒の効果をはねのけることができる副次効果がある。


考えられることは、これが毒でないか、あるいは毒と認識できていない──


「うぇぇぃ!! 何だ何だぁ? 素面の奴がいるではないか。吾輩のハッピー薬が効かんてかぁ!?」

「うぉっ!? 何だこのエルフ、臭ぇっ!?」

「────!?」


エリザが考え事をしていると、いつの間にか近づいてきた件のエルフ──ヴェルムが、傭兵の一人に馴れ馴れしく背後から抱き着いていた。


その表情は他の者たちと同様──あるいはそれ以上にキマっていて、完全にトランス状態にある。


そして何よりエリザの目を引いたのは、ぐっしょりと濡れたヴェルムの服──間違いない。この強烈な臭いは彼の服から漂っていた。


「離れて──」

「いかん! いかんぞぉ!? 幸せでない者は不幸だ! 不幸、イズ、アンハッピー! 貴様も吾輩と一緒に、ハッピーになれぇぇっ!!!」

「うわぁぁっ!? 止めろ! 気持ち悪いから湿った身体を擦りつけ……る…………けひゃ?」


ヴェルムに抱き着かれていた傭兵がトロンとした目つきとなり、他の者たちと同様、正気を失った表情となる。


「けひゃ……きひひっ……あいむ、はぴぃ~?」

「いえぇぇっす! ゆーあーはっぴー!!!」

「けひゃひゃひゃひゃ!!!」

「ロラン!? テメェ、ロランから離れろっ!」


もう一人の傭兵が仲間からヴェルムを引き剥がそうと掴みかかるが──


「近づいちゃ駄目!!」

「ロラン!? だいじょ……じょ……じょ~~ぅ?」

「じょじょじょ~?」

「じょびぃ……ハピィィィィィィィィ!!」

「──ウィィィィィィィィィィ!!」

「ああ……」


ヴェルムに近づいたことで毒か薬か知らないが、その影響をもろに受けてしまったのだろう。傭兵二人があっという間に……その、何と言うか……ハッピーになってしまった。


──どういうことよっ!? まだ五分も経ってないのに【防毒】が突破されるなんてあり得ないでしょ!? おまけに【解毒】も出来ないとか……こいつ毒使いじゃなかったの!?


意味不明な状況に胸中で悲鳴を上げるエリザ。


ヴェルムは明らかに正気を失っていながらも、そんなエリザの困惑を見透かしたようにニチャァと笑ってその疑問に答えを返した。


「神の奇跡が通じぬことが不思議かぁ、尼僧?」

「な……っ」

「クハハハッ! 貴様らが使う奇跡は、しょせん人にとって有害なものを排除することしかできんからなぁ! 吾輩のハッピー薬は人体に全く無害で後遺症もゼロォ! 人はハッピーを害とは認識できん! 吾輩のもたらすハッピーの前では奇跡の介在する余地などありはせんのだよぉぉっ!!」

「はぁ!? そんな無茶苦茶……な?」


ヴェルムの無茶苦茶な理屈に絶句するエリザの脳に、ぬるりと侵入してくる甘い香り。


「…………ぁ」

「クハッ! 抵抗など無意味! 至高神の尼僧よ! 貴様もその信仰の衣を脱ぎ捨て、ハッピーになれぇぇぇぇぇっ!!!」

「~~~~っ!! は──」

「はぁ?」

「ハピィィィィィィィィィッ!!!」

『イエェェェェェェェェェッ!!!』


…………訳が分からなかった。




一方、その頃。


「フラーラッ!!?」

「…………」


ゴトーの屋敷では背後からナイフで貫かれたフラーラが、血の海に沈んでいた。

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