第22話
「丁度よかった~。ジグ先輩にお伝えしておかなきゃなって思ってたことがあるんです。今、お時間いいですか?」
「…………」
遭遇するなりそう告げるフラーラ。にこやかに微笑み、あくまでここで会ったのは偶然で敵意はないと意思表示する彼女に、ジグは強烈に胡散臭いものを感じていた。
だが状況的に無視することもできない。ジグは無言で酒場のマスターに視線をやると、マスターは分かっているとばかりに頷きを返した。
「二番の個室が空いてるから好きに使え」
「……あんがと」
短く礼を言い、顎でそちらを示してフラーラについてくるよう促す。フラーラの用がどんなものかは分からないが、どうせ人に聞かれたい内容ではあるまい。
個室に入り四名掛けのテーブルに向かい合って座るなり、フラーラは前置きもなく用件を切り出した。
「ヴェルムさんとキコさんを見つけました」
「──そうか」
ジグは動揺を表に出すことはなかった。そのことに意味があるかは別として、彼は平静を取り繕って会話を続ける。
「そりゃ良かった。それで二人への監査──いや、事情聴取は済んだのか?」
「────」
その反応にフラーラは目を丸くし、すぐに面白そうに笑った。
「いえ、まだです。お二人とも非協力的で、何も答えて下さらなくて困ってるんですよ」
「そうなのか? 俺に隠れて悪さするような連中じゃなかったと思うんだが……本当に何も答えないのか?」
「ええ。完全黙秘です」
「ふむ……まぁ反骨心が強くて疑り深い連中だからな。あんたらがゴトーの使いで来たって聞いて、【真偽判定】の結果をでっちあげられるんじゃないかとでも警戒してるのかもな」
「あ~、そういうこともあるかもしれませんね~」
手の内を探り合うような白々しい会話のラリー。
「……俺の方からあいつらに協力するよう言おうか?」
「う~ん。ありがたい申し出ですけど、立場上ジグ先輩と会わせるのは難しいですよ~」
「おいおい。まさか俺が何かすると疑ってるのか? この状況で俺があいつらに会ったところで、一体どんな小細工が出来るってんだよ? 監査が終わらなきゃ営業停止が解けなくて困るのはこっちなんだ。素直に協力しろって説得する以外にやりようがあるか?」
「さあ? そこは話の持って行き方次第じゃありません?」
取り繕った笑顔で暫し見つめ合う。
押されているな、と感じたジグは切り口を変えて探りを入れる。
「そうは言ってもなぁ……医業組合の規則による監査じゃ相手に拒否されちゃやりようがないだろ? 営業停止や取り消しも、あいつらが知ったことかって突っぱねたらそれまでだし──と、そもそも見つけたところで警察権があるわけでもないから、拘束することもできないんじゃないか?」
「そこはご心配なく。お二人は証言こそ拒否されてますが、身柄自体は確保できてますので」
「……無理やりってことか?」
「いえいえ~。単に『逃げればその時点でクロと見做し、ミモザ商会の営業許可を取り消すことになる』って脅しただけですよ」
明確な証拠もないのに営業許可の取り消しなんてできるのか?──疑問に思わないではなかったが、ゴトーの権力を考えれば絶対に不可能とは言えない。そしてその可能性を否定できない以上、ヴェルムとキコは逃げられないだろう。
「今は『黙秘を続ければ営業許可の取り消しは免れられない』と言って、素直に聴取に応じるよう説得中です。多分、遠からずゲロって下さると思うので、ジグ先輩に協力していただかなくても大丈夫だと思いますよ」
「…………」
何が「何も答えて下さらなくて困ってる」だ。盤面を詰ませておいていけしゃあしゃあとほざいたフラーラの性格の悪さにジグは内心毒づいた。
フラーラはそんなジグの胸中に気づかぬフリをし、ニコニコ笑いながら続ける。
「私がギルドに来たのは、その辺りの経緯を上の人たちに説明しておくためです。一応、形の上ではギルド構成員同士の対立ってことになっちゃうので、誤解を招かないように筋だけは通しておかないといけませんからね。それとジグ先輩にも」
先輩が事情を知らないまま二人を探して駆けずりまわる様なことになったら気の毒なので伝えられて良かったです──と、心にもないセリフを吐いて、フラーラは説明を締めくくった。
「…………」
話を聞き終えたジグの感想は『最悪』の一言に尽きた。ヴェルムたちが捕まり証言を拒否しているという時点で客観的にほぼクロが確定。このままではミモザに最低限の商売基盤を残してやることさえ難しい。
何とかしなければと、苦し紛れに口を開く。
「……あの二人は状況を正確に理解できてるのかな? 勿論、あんたらが説明はしてるんだろうけど、ゴトーに雇われた人間って時点でそれを信用してない可能性がある」
「あ~、それはあるかもですね~」
「だろう? その、俺としても監査が終わらずオープンを延期しなけりゃならないって状況は避けたいんだ。余計なことは言わないし、あんたらの立ち合いの上で構わないから、一度二人と話をさせてもらえないか?」
「う~ん……」
繰り返しになるジグの頼みを、フラーラは今度は即座に切って捨てることなく、唇に指をあて少し考える素振りを見せ──苦笑。
「……お二人のことがなくてもどうせ明日のオープンは延期せざるを得ないんじゃありませんか?」
「いや……まぁ、監査を終わらせるにはもう一人探さなきゃならない奴がいるけど、それは──」
「そこじゃなくて」
ジグの言葉を切って捨て、フラーラは憐れむように柳眉を下げる。
「そちらの商会長のミモザちゃん。さっきゴトー氏のところを訪れたそうですよ」
「────」
「もうこの状況から独力で立て直すのは難しいからって、ゴトー商会の傘下に入る方向で調整してるっぽいです。当然、その辺りの話が完結するまでオープンは見送り。トップ同士、オープン日は延期するってことで、話がついちゃってるみたいです」
「────」
「……やっぱり、何も聞いてなかったんですね~」
「────」
途中からフラーラの言葉はジグの耳を素通りしていた。
頭の中は『何故?』という疑問がリフレインし、ミモザがゴトーに脅されているのでは、あるいは自分たちを気遣ってのことなのか、自分のせいなのか──と、そんな思考で埋め尽くされている。
「…………」
そんなジグにフラーラは憐れむような──あるいは見下げるような視線を向け、これ以上は用がないと席を立つ。
「……余計なお世話かもしれませんけど、身内のことも把握できてないなんてローグとして見る目がない以前の問題です。やる気がないなら、これ以上余計なことはしない方がいいと思いますよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ねぇ、アイシャ。少しいい?」
「はい」
ゴトーの屋敷の客間に案内されたミモザは、そのまま部屋を去ろうとするアイシャを呼び止める。
今回、ゴトーからの提案をジグたちに隠れてミモザに伝えてきたのはアイシャだった。当初ミモザは、アイシャはただ伝言を託されただけなのだと思っていたが、先ほどの執務室でのやり取りを見る限り、両者の間には明確な主従関係があった。
それはつまり両親の代から自分を支えてくれたこの老婆が、自分を裏切り、ゴトーに通じていたことを意味する。
「…………」
「…………」
疑念を言葉にすることを逡巡するミモザに対し、アイシャは動揺することも悪びれることもなく、真っ直ぐにミモザを見つめ返していた。
「その……ゴトーとは、いつから?」
「……最初に誘いを受けたのは旦那様や奥様が生きておられた頃のことになりますだ」
「そんな前から……」
息をのむミモザ。アイシャは無言で左腕の袖をまくり上げる──と、そこにはところどころ緑に変色した斑の肌があった。
「おらのおっ母は、おらが腹の中にいる時にゴブリンに攫われて犯されちまったそうです。おっ母は無事に救出されておらを産んでくれたけんど、おっ父は生まれたばっかのおらの腕に緑の斑点があるのを見て、ゴブリンに孕まされた子供だって言っておっ母とおらを捨てちまいました」
「…………」
ミモザはアイシャの皮膚の斑点がゴブリンの皮膚に寄生する細菌由来の疾患だと知っていたが、知識のない者たちからすればアイシャはゴブリンに孕まされて生まれた子供にしか見えなかっただろう。
「おっ母もおらが小さい時に周りの目に堪えられなくなって首吊っちまって、おらぁ、生きるために何でもしてきましただ……」
「…………」
「ゴトーの旦那は、どこからかそのことを聞きつけて、おらに声をかけてきましただ。自分は混じり者でも差別しねって。だから協力して欲しいって」
ゴトーが獣人や混血など立場の弱いマイノリティを積極的に保護し取り立てていることはミモザも知っている。
「……こんな混じり者の私に最初に手を差し伸べてくれた恩は、忘れらんねぇし裏切れねぇ。それだけですだ」
「…………」




