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第21話

──何故ここに……!?


驚愕。それがカイン一党に遭遇したヴェルムの思いだった。


彼とキコがカイン一党に遭遇したこの場所は、サラが隠れ家の一つとして利用していた貸店舗。立地が悪く事故物件ということもあって長らく借主募集の看板が立ったままになっているが、実際にはサラが所有者と話をつけて物置兼有事の際の潜伏場所として使っている。この場所のことを知っているのはサラ本人と所有者、情報交換の場として使ったことがあるヴェルムたちぐらいの筈だが……


「フラーラの読みがバッチリ当たったわね」


たった一つしかない入口に立ちふさがり僧侶のエリザが挑発的に笑う。エリザ一人ならまだ強引に突破も出来たかもしれないが、彼女の隣にはカインたち三人が武器を構えて油断なくこちらを見据えていた。


建物内に他の窓や脱出口が無いわけではない。だがそちらは、蹴破るにせよ潜るにせよ、どうしたって脱出に一瞬のタイムラグが生まれる。その隙を、建物の中で気配を消して待ち構えていた同業者の女は見逃しはしないだろう。


「ヴェルム? キコ? 一体誰の──」

「ああ~、人違いだなんてつまらない言い訳は止めてくださいね~?」


それぞれ髪と毛を染め、服も一般人風に変えて変装していたヴェルムは惚けようとしたが、そんな苦し紛れの言葉はフラーラには通用しない。


「隠しても変装してることは見れば分かりますから、その時点で疚しいところがあると言っているようなものです。それと、惚けたところでこちらには至高神の僧侶がいることをお忘れなく」

「────っ」


ヴェルムは胸中で『相手の許可なく【真偽判定センス・ライ】を使うのはマナー違反だろうが』と見当違いの毒を吐きつつ、逃げる隙を探して周囲に視線を走らせた。


「逃げようとしても無駄ですよ~? こちらは貴方方が来ると分かった上で準備万端待ち構えていたんです。逃亡の余地なんて蟻の穴ほども残していません」

「ワフゥ……」


見える逃走ルートは全て潰すか仕込みをしてある──暗にそう告げるフラーラの言葉に、キコがヴェルムを見上げ不安そうな声を漏らした。


「何故……」


答えを期待してのことではない。何故この場所が、何故自分たちの動きが読まれていたのか──その疑問がつい呻き声となってヴェルムの口からこぼれた。


カインはヴェルムたちを精神的に追い詰めるため、敢えてその疑問に答える。


「監査のためにあの店に立ち入る前、フラーラから一つ忠告というか提案を受けていたんだ。もしジグたちが時間稼ぎをする素振りを見せたら、実行犯を庇って逃がすか有耶無耶にしようとしている可能性がある。その場合、僕らが退店して直ぐに動く可能性が高いから、網を張ってみようってね」

「儂はジグを問い詰めてやればええと言うたんじゃが、セフィアやエリザ嬢が反対したもんでな」

「ジグさんは【真偽判定センス・ライ】の仕様を熟知してますからね。問い詰めても誤魔化されるか、何だかんだ理由をつけて致命的な質問には答えてくれなかったと思いますよ」

「ふん。あれは単に往生際が悪いって言うのよ」

「────っ」


なるほど。ジグから話を聞いて不思議には思っていたが、道理であっさりと引いた訳だ。ジグ自身はかつての仲間だから厳しい追及を受けなかったと思っていたようだが──


──ええいっ! 小僧め、全く信用されとらんではないかっ!!?


ヴェルムは内心、全く自分も言えたことではない怒りをジグにぶつける。


「無駄な抵抗はしないでくれ。僕たちとしてもジグの友人を無駄に傷つけたくはない。なに、素直に質問に答えてくれれば直ぐに解放してあげるよ──その答えによっては、別の人に引き渡すことになるかもしれないけどね」


カインが穏やかな表情と声音でヴェルムたちに最後通告を行う。


彼らは自分たちの絶対優位を確信してはいたが、その眼光には一筋の油断もない。


ヴェルムとキコは戦えないわけではないが、戦闘はその本領ではなく、戦闘の専門家である彼らと正面から向かい合って対処できるほどの力はなかった。


また得意の毒もこのシチュエーションでは自爆ぐらいしか使い道がない。


──詰み、だな。


『…………』


ヴェルムとキコは無言で両手を挙げ、降伏した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ボスなら留守だぜ」

「はぁ!?」


酒場のマスターにそう告げられ、ジグは顔を歪めた。


「留守ってどういうこったよ!?」

「おいおい。平和ボケして言葉もろくに理解できなくなったか? これじゃそこらの酔っ払いの方がまだ話が通じるぜ」

「ふざけん──」


反射的にマスターに食って掛かろうとし、周囲の視線に気づいて思いとどまる。


この小柄な初老のマスターはこう見えて『鼠』──情報屋──を束ねる幹部だ。ジグが彼に手をあげようものなら、周囲のローグたちから一斉に袋叩きにされてしまうだろう。


「──……ふぅ」


短く息を吐き気持ちを落ち着ける。


ボスの不在──この言葉には二通りの解釈が存在した。一つは文字通りの不在。もう一つは会うつもりがない、との意思表示だ。


そもそもローグギルドには厳密な意味での本部や拠点は存在しない。正確にはローグギルドは公に認められた組織ではなく、国家や体制側と潜在的に敵対関係にあるため、そんなものは設けられない、と言うべきか。


つまるところローグギルドとは『場所』ではなく『人』だ。この酒場の奥がギルド本部と認識されているのも、ギルド長がそこに腰を据えていることが多いからに過ぎない。


そしてローグギルドの本丸がギルド長だとすると、この酒場のマスターはその入口。入口が本丸の所在を把握していないなんてことはあり得ない。


つまり彼がギルド長の現在の居場所や帰還予定時刻を告げるでもなくただ『留守』と告げたなら、それはギルド長がジグに会うつもりがないという意思表示だ。


他の者ならいざ知らず、かつてギルド長の手足として働いてたジグにとってこれは初めての経験だった。


「…………」


ローグギルドに今、尋常ならざる事態が起きている。そのことを理解したジグは、困惑や動揺を胸の奥に押し殺し、静かに警戒レベルを引き上げた。


それを見てマスターが薄く笑う。


「へへ……少しはマシな顔になったじゃねぇか」

「…………」


マスターに事情を問うたところで、この様子では素直に答えてはくれまい。そう判断したジグは懐から換金用の宝石を幾つか取り出し、マスターの前に置く。マスターはチラとそちらに視線をやりその大きさと輝きからその価値を値踏みすると、いやらしい笑みを浮かべた。


「いいぜ。何を聞きたい?」

「サラの居場所を」


マスターはその問いかけに笑みを深くし、


()()()


とだけ言って一際大きな宝石を一つ懐に入れた。その意味を正確に理解したジグは文句を言うでもなくただ表情を険しくする。


「……もう一つ。俺たちがゴトー商会と揉めてることは知ってるよな?」

「ああ」

「ギルドはこれに関わるつもりがない、って認識で構わないか?」


その問いかけにマスターは一番小さな宝石を懐に収め口を開く。


「……お前さんに肩入れするつもりがない、って意味ならその通りだ」

「ゴトーは『ローグギルドの構成員が関わってる』って理由で商売を邪魔して来た。これはギルドへの敵対行為と解釈できないかい?」

「はっ。物は言いようだな? お前さんらは表の人間がバチバチやってるとこに全部わかった上で首を突っ込んだんだろうが。言わば当たり屋──しかも先に線引きを超えたのはお前さんらの方だ。それで難癖付けようってのは、ちいっとばかしやり口があくどすぎるんじゃねぇか? どこぞのローグと組んでウチに損害を与えたってんならともかく、奴さんのやってることは今のところ商売の範疇だからなぁ」

「…………」


よくご存じで──ジグはギルドがこちらの動向を自分が思っているより正確に掴んでいることに表情には出さず驚いた。


一瞬、彼の脳裏に最悪の想像が思い浮かぶ、が──


「おっと。サービスで教えといてやるが、別に俺らはゴトーの味方ってわけじゃあない。個人的に雇われてる奴はいるようだが、今んとこどっちに肩入れするつもりもねぇよ」

「…………」

「おいおい、そんな目で見るなよ。取引で嘘吐くほど耄碌しちゃいねぇっての」

「……別に。疑っちゃいないよ」


ただローグギルドがこちらへの協力を拒否する理由が思いつかない。協力にあたって条件を突きつけられるならまだしも、門前払いというのは──


「これは独り言だが──ボスは残念がってたぜ」


そう語るマスターの目は、どこかジグを憐れんでいるように見えた。


「三年経っても腑抜けたまま。これなら自分が使ってやった方がマシだった、ってな」

「────」


頭の中が真っ白になる。その言葉に自分は一体何を感じたのか──それすら脳が理解を拒み、ジグは咄嗟にマスターに背を向けていた。


そして振り返った先──見計らったかのように現れた女の姿に大きく目を見開く。


「────」

「やっほ~。さっきぶりですね~、ジグ先輩」

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