第2話
ローグ仲間の前では散々愚痴を吐いたが、ジグは別に今所属しているパーティーに不満があるわけではない──ああいや不満はあるのだが、それはどちらかと言えばパーティーメンバーではなく冒険者という仕事そのものに対して。
パーティーメンバーはむしろ、冒険者なんてゴロツキ集団の中ではかなり良心的な部類に入ると思っていた。
リーダーで戦士のカインは英雄願望が強く生真面目な熱血漢。実家が豪商のボンボンでやや世間知らずなところはあるが、話は通じるし俺を見下すようなこともない。
エリザは至高神の尼僧。やや堅物で教義の問題もあってパーティー結成当初は色々衝突もしたが、最近は二日に一度意味なく罵声を浴びせられる程度の良好な仲だ。
ドルトンは豪快なドワーフの戦士。血沸き肉躍る戦いを求めて冒険者となった脳筋で、暑苦しいし酒臭いし興奮すると話を聞かなくなるが、悪い奴ではない。
セフィラはハーフエルフの女魔術師。真面目でちょっと気弱な常識人。最近気づいたが、多分彼女が一番俺を怖がってる気がする。メンバーでは一番仲良いつもりだったんだけどなぁ……
この四人にローグのジグを加えた五人組が、冒険者パーティー『銀狼』のメンバー。結成僅か三年で上級冒険者と呼ばれるCランクに上り詰めた将来を嘱望される若手冒険者たちだ。
ジグは決して彼らのことが嫌いではなかったし、それなりに愛着のようなものもあった。だが自分一人に様々な責任と負担が集中する状況に限界を感じていたこともまた否定しようのない事実だった。
だから単なる酒の席の愚痴として吐き出したはずの言葉に、サラから具体的な転職の誘いが返ってきた時は、正直、心が揺れた。
冒険者を辞めると決めていたわけではない。
それでも一度、腹を割って話をしなくては──そう、思った。
「俺以外に斥候役をもう一人増やさないか?」
隊商の護衛依頼を終えた打ち上げの席で、ジグは皆の腹が満たされたタイミングを見計らいおもむろにそう切り出した。
『…………』
四人全員がポカンとしていた。聞き違いか?──顔を見合わせ、他のメンバーの様子からどうやらそうではないらしいと悟る。
代表して口を開いたのは、リーダーでもあるカインだった。
「突然何言ってるんだ、ジグ?」
「斥候役を、俺以外にもう一人、入れないかと、言っている」
冗談ではないと、真っ直ぐ目を見て言葉を区切りながら言う。
カインは困惑に頭を掻いた。
「……いきなりどうした? そりゃ、前からもう一人ぐらいメンバーを増やした方が安定するなって話はしてたけど」
「だからそのメンバーを斥候役にして欲しいって言ってるんだよ。別に専業じゃなくてもいい。レンジャーとか、最悪斥候経験のある戦士とかでも──」
「ちょ、ちょっとストップ!」
カインは困惑してジグの言葉を遮り、再び他のメンバーと顔を見合わせた。そしてその表情から仲間たちも自分と同じ思いであることを確認し、話を整理する。
「あ~……まず、元々追加メンバーに関しては戦闘を安定させるために前衛をもう一人、ってプランをメインに話をしてたよな? 他にも回復役をもう一人入れた方が安定するんじゃないかとか、呪文遣いをもう一人入れた方が戦闘が早く終わって結果的に安定するって意見も出たけど、斥候役をもう一人なんて話は出てなかった筈だ。元々が戦闘を安定させるにはどうしたらいいか、って話だったんだから」
「分かってる。それは分かった上で、考えて欲しいと言ってるんだ」
「……理由は?」
ジグが真剣なことは伝わったのだろう。カインは眉を顰めつつも話を聞く姿勢をとった。
「…………」
ジグがこれから言おうとしているのは、とりようによってはただの弱音で、反論が容易に想像できる内容だ。一度深呼吸をし、覚悟を決めて口を開く。
「戦闘面の安定もそうだけど、現状うちのパーティーで斥候系の技術を持ってるのは俺一人だろう? 索敵、隠密、探索、罠や鍵の対処、尾行に情報収集その他諸々、俺一人に負担と責任が集中してるんだ。俺がしくじったら誰もフォローできない。この状態が続くのはリスクが高いし、いつか破綻する」
「ふむ……」
カインはジグの意見を聞き、口元に手を当てて考える素振りを見せる。
だがそれはジグの意見に納得したわけでも検討していたわけでもなかった。
「ジグの言いたいことは分かるけど、それは本当に必要なのか? 周りを見ても専門の斥候役を二人以上入れてるパーティーなんてほとんど見たことないぞ?」
「いや、それは──」
「そうよ! 第一、責任や負担が集中してるって言うけど、そんなの一つ一つは小さな話でしょ? 他の人が一人でこなせてるのに自分は出来ないなんて怠慢か、そうでなければただの能力不足よ!」
ジグの反論を遮って、エリザが厳しく叱責する。
「……まぁ、エリザ嬢は少し言い過ぎじゃが、儂も同意見かの。別にお主の仕事を軽んじるつもりはないが、それよりまずは戦力の増強じゃろ」
「はい。私ももう少し前衛を安定させていただかないと安心して呪文が使えません」
「…………」
その言いぶりが既に自分の仕事を軽んじている、との言葉をグッとジグは飲み込む。
当然ジグにも反論はあった。
まず索敵や情報収集は戦闘を安定させる上で必要不可欠だ。もしこれに失敗し、敵から奇襲を受けたり、敵戦力を見誤ったまま戦いに突入すれば不利を強いられるどころの話ではない。最悪、何もできないまま全滅するリスクも普通にあり、それは前衛を一人や二人増やした程度でカバーできるものではなかった。
他のパーティーは斥候役一人で回している?──ジグに言わせればそんなものは偶々上手くいっているだけだ。
何せ斥候役の仕事にミスがあればパーティーはそのまま全滅してしまう可能性の方が高いのだ。戦士が攻撃を受けた、呪文遣いが呪文の発動に失敗しただのは周囲がフォローできるケースが多いが、斥候役の仕事は中々そうもいかない。
ミスが顕在化した時には大抵そのパーティーは全滅しているから、どのパーティーも斥候役一人で回せているように見えているだけだ、と。
だがこれはあくまでジグの肌感覚であり、何か具体的に冒険者の死因を調査してまとめたデータのようなものがあるわけではない。結局水掛け論になりそうだったので、ジグは反論を躊躇った。
またジグは気づいていなかったが、冒険者パーティーに参加しているローグの多くは自分の限界より遥か手前で線を引き、無理をしないように立ち回っていた。
当然、そういったローグが所属しているパーティーは活動が制限され冒険者として停滞することになるわけだが、その分リスクも抑えられる。自分の能力いっぱい全力で働くジグのスタイルは、彼ら『銀狼』の飛躍に大きく貢献するとともにジグ自身を追い詰めてもいた。
どちらが冒険者として好ましいというものではないし、手を抜き余力を残して働くローグをカインたちが受け入れることもなかっただろう。だが結果的にカインたちが今のパーティーの危うさに気づかないままここまで来てしまったことは事実である。
「……ジグ。僕らもこの三年でCランクまで上り詰めて、難度の高い依頼を受ける機会も多くなった。プレッシャーを感じることもあるだろう。でもそれは君だけじゃなく僕らだって同じことだ。だから──」
「悪いけど、そういう話をしてるんじゃあないんだよ」
宥め、この話題を締めようとするカインの言葉を遮る。やや不快そうに眉をしかめるカインに対し、ジグは下っ腹に力を込めて続けた。
「パーティーの斥候役として、これ以上俺一人で役割をこなすのは限界だ。責任を持てない。だから人を増やしてくれって、そう言ってるんだ」
「…………」
無言のカインと睨み合う。ピリッと空気が張り詰めた空気をセフィアがとりなすように口を挟んだ。
「ま、まぁまぁ。今までだって上手くやってこれたわけですし、そんな心配しなくても──」
「今までは運が良かっただけだ。そしてこれからは、今まで以上にリスクの高い依頼をこなしていくことになる。これ以上は、俺一人じゃ無理だ」
『────』
ハッキリと、弱音ともギブアップともとれる言葉を吐きだす。
ジグがこんなことを言い出したのは、言わずもがな先日サラから商売に誘われ、冒険者を辞めるという選択肢が生まれたからだ。
だが自分に集中した負担と責任をどうにかしなくてはならないという想いは、それ以前から胸の奥にあった。
冒険者よりサラに誘われた商売に魅力を感じているというわけではない。
それでもこのまま無理をして冒険者を続け、結果的に仲間を危険に晒すよりは、いっそ──
「……なら、抜けてもらうしかないんじゃない?」
「エリザさんっ!?」
それは売り言葉に買い言葉だったのかもしれない。だが、セフィアが咎めるような声を発してもエリザは発言を撤回しなかった。
あるいは、そう言えばジグが謝ってくると思っていたのかもしれないが、ジグもここで引き下がるつもりはない。
「…………」
「…………」
しばし睨み合う二人。
そこに決を下したのは、やはりリーダーであるカインだった。
「……そうだな。ジグがこれ以上は無理だ、ついてこれないと言うなら、パーティーを抜けてもらうしかない」
「カインさんまでっ!?」
「実際に多くのパーティーでは斥候役一人で仕事をこなしている以上、ジグの発言は甘えにしか聞こえない。リーダーとして、僕はそれを認めるわけにはいかない」
「…………っ」
結局セフィアも同意見ではあったのだろう。それ以上何も言わず押し黙る。
ドルトンも顎髭を撫でるばかりで何も言わない。
──潮時か……
「……分かった。今まで世話になったね」
そう言ってジグは席を立つ。
それ以上告げる言葉も、引き留める声もなく、彼の三年間に及ぶ冒険者生活はひどくアッサリと幕を下ろした。
お互いに本音を隠した(あるいは気づかない)ままの脱退、追放劇。




