第19話
「ど、どうしましょう……?」
カインたちが帰って行った後の店内で、ミモザは顔を青くして頭を抱えていた。
その場にはジグと、カインたちがいなくなったのを見計らって店に戻ってきたヴェルムとキコの姿もある。
「どうする、つってもなぁ……」
「ふむん……」
「ワッフ……」
ミモザと対照的にローグ三人は落ち着いていた。
ただしそれはこの状況を打開する方法があるからではない。
「ゴトーの干渉を突っぱねれるような人間に伝手ってあるか?」
「下らんことを聞くな。吾輩たちに人脈などあるわけがなかろう」
「ワフ」
「はぁ……こういう時に頼りになりそうなクソはいねぇし」
「そもそもあの女を信用できるのか? この展開を見るに、吾輩はあれがどこと繋がっていても驚かんぞ」
「……そうなんだよなぁ。でもそうなると、すげー難易度上がっちまわねぇ? あの蜘蛛みたいな女のこった。俺らが適当な人間を探し当てたとしても、それが実はあの女の仕込みだったってオチになるような気がするしさぁ」
「……その可能性は高い、な」
「ワフゥ……」
「──あ、あの! 皆さん一体何の話をしてるんですか!?」
三人の会話に、ミモザが困惑した様子で割って入る。どうやら話の内容についてこれていないらしい。
ジグたち三人は誰が説明するか顔を見合わせ、ジグが代表して口を開いた。
「このまま行けば、ゴトーが監視か監督の名目でこの店を支配下に置くのが目に見えてる。その前に、奴の干渉をはねのけられるだけの地位や権力を持ってて、かつ信頼できる人間にこの店に入ってもらう必要があるって話だよ」
「え、と……? そういう人が協力して下さるなら助かりますけど、今はそれより監査をどう切り抜けるかが問題なんじゃ……?」
そこからか──ジグは溜め息を噛み殺して続けた。
「……監査に関しては、もうどうしようもないだろ。時間をかければ誤魔化す方法もあったかもしれないけど、営業停止を持ち出されて期限を区切られちまったらそれも難しい。『ローグには裏で問題行動をとっていた疑いがあるが、商会長はそれに関与も把握もしていなかった』って形で、問題を切り離すぐらいしか手はないんじゃないか? 勿論、こっちのやったことがバレたらマズいから、実際には監査は受けず、疑惑は疑惑のままにしておく必要があるけど」
「そんな! それじゃ皆さんは──!」
ミモザの言葉をジグが手を挙げて制する。
彼の表情は既に『そういうものだ』と割り切っていて、それはヴェルムもキコも同様だった。
「問題はその後だ。いくら君が俺らに利用されただけの被害者だったとしても、使用者責任ってのを追及される可能性は高いし、薬舗の経営者としての資質や能力を問題視されることは避けられない。そうなれば当然、ゴトーは医業組合のトップとしての立場を利用してこの店を自分の支配下に置こうとするだろう。俺たちを切り離しても疑惑を明確に否定できない以上、これに抗う名分はない」
失策だった。
ジグたちがローグというだけならここまで問題になることはなかったろう。だが先の食中毒騒動は今更言っても詮無いことではあるがやり過ぎた。証拠を残さなければ──いざとなればバックレればどうとでもなると考えていたが、甘かったと言わざるを得ない。
毒云々を抜きにしても、直接的な妨害は最後の手段とすべきだったのに──
──つーか何で俺らはあんな軽率な行動に出た? 言い出しっぺはサラだけど……いやでも、だとしたら何でワザワザこんな回りくどいことをする必要があったんだ……?
ジグの頭の中をジワリと疑念が侵食する。
自分たちをこの話に誘い、ゴトーへの直接妨害を提案し、そして今自分たちの前から姿を消したサラ。彼女が自分たちを騙し、この状況を引き起こしたのではないかという疑い。
例えばもし彼女がゴトーか、あるいはゴトー以外にこの商会を欲しがっている誰かと繋がっていたとすれば、この状況は願ってもない好機だろう。このまま手をこまねいていればミモザ商会は利権ごとゴトーに支配されることになるだろうし、あるいはゴトーよりマシな条件を提示してくれる誰かに実質的な身売りをするしかなくなる。そのどちらであっても、商会の内情を熟知しているサラであれば如何様にも転がせる筈だ。
だがもし本当にこの状況を仕組んだのがサラであれば、何故彼女はわざわざ自分たちを巻き込んだのだろうか?
ミモザを転がして店を騙し取る程度、サラなら一人でどうにでもできたように思う。自分たちという不確定要素を巻き込むことにはリスクしかない筈だ。
サラ本人が御尋ね者になることを避けたかった? あるいは別の理由で自分たちを一緒に排除したかった?
情報が少なく、その辺りは想像することしかできないが、どうもしっくりこない。
「──小僧? どうした?」
ジグがハッと我に返るとヴェルムたちが自分の顔を覗き込んでいた。どうやら考えこんでしまっていたらしい。
「や、悪い。ともかく、この状況をどうにかするには、ゴトーの干渉をはねのけられる誰かの協力が不可欠だ。同業者でも他業種の商人でも貴族でもいい。そんな都合よく協力してくれる人間を見つけるのが難しいことは分かってるけど、そうしなけりゃゴトーに全部持ってかれるだけだ。その……東方から仕入れた商品の販売権とか、見返りに何かを求められることになるだろうから、当初約束した形で店を残すのは難しいかもしれないけど──」
「そんなことはどうだっていいです」
ジグの言葉を遮って、ミモザがキッパリと言う。いや、すぐにかぶりを横に振って前言撤回。
「いえ、どうでもよくはないですけど、問題はそこじゃありません。確かにこの間の一件は、先にゴトーが仕掛けてきたこととは言え、正直私もやり過ぎだと思います。だけど先生もキコちゃんもお店のためにやってくれたことじゃないですか!? それが後になって都合が悪くなったから切り捨てるなんて、私にはできません!!」
『…………』
ミモザの言葉にジグたちは目を丸くして顔を見合わせる。
「……いや弟子よ。この間の一件、貴様には事後報告だったのだから、後から変節したわけではないだろう。責任を感じる必要は──」
「事後報告でも、私はそれを認めて受け入れたんです! 名ばかりとは言え私はこの商会の代表です! 私にも責任があるんです!!」
『…………』
駄々っ子のような言い分に三人は再び顔を見合わせて苦笑。
それを子ども扱いされていると解釈したミモザは顔を紅潮させ、ぷく~っと頬を膨らませた。
「~~っ! とにかく! 皆さんは悪者かもしれませんけど、だからって悪者として切り捨てるのは無しです! それ以外の方法を考えましょう!?」
「いや、もうそんな時間の余裕は──」
「明日のオープンに拘らなければ、営業許可が取り消されるまでまだ一か月あります!」
「一か月しか、だよ。それに時間をかければかけるだけ状況は不利に──」
「い・い・か・ら! これは商会長決定です!!!」
反駁するジグの言葉を遮って、ミモザは席を立つ。この話はこれまで、という意思表示らしい。
最後にビシッと三人を指さし、
「絶対になしですからね!!!」
そう念押ししてプリプリしながら部屋を出て行った。階段を昇る足音が聞こえたので、自室に籠るつもりだろう。
『…………』
ジグたちは三度顔を見合わせ笑みをこぼす。
彼らは久方ぶりに胸に温かく心地よいものが満ちるのを感じた──が、それと彼らがこれからどう動くかは別問題だ。
「……ミモザはああ言ってくれたたけど、俺らがここに残っても百害あって一利なしだ。俺は取り敢えずボスに頭下げて伝手を紹介してもらえないか頼んでみるよ。あいつの手がどんなに長くても、ウチのボスにまでは届かないだろ。それで、その間に二人は──」
「分かっておる。あの女の捜索だな」
「ワフゥ」
互いに役割を確認するジグたち。そこでヴェルムはふと、迷うような微妙な表情を見せた。
「……どうした、ヴェルム? 何か気になることでもあるか?」
「いや……あの女のことなのだが、な」
「ああ」
「あの女がこの状況を予見できていなかったとは思えん。吾輩は間違いなくあの女がこの状況を仕組んだ、と確信している」
「……そうだな」
ヴェルムは一瞬言葉を区切り、逡巡するような素振りを見せた後、続けた。
「……だが、あの女がこんな単純な策を仕掛けるかというと、少し違和感がある」
「…………」
「吾輩にはどうも、まだこの話には裏があるように思えてならんのだ」
「…………」
同感ではあった。が、確証のある話ではなかったため、ジグは沈黙を返す。それを見てヴェルムは苦笑をこぼした。
「……いや、すまん。つまらんことを言った。忘れてくれ」
それからヴェルムは重くなった場に空気を入れるように話題を変えた。
「しかし小僧。吾輩たちはともかく、貴様は直接妨害には関与していない。吾輩たちに遠慮して貴様まで商会を抜ける必要はないのだぞ?」
「ワフゥ」
「……別に遠慮してるわけじゃないよ」
苦笑を取り繕い、ジグは肩を竦める。
「さっき【真偽判定】を誤魔化せたのは、向こうが形式的な質問しかしてこなかったからだ。お前らが疑惑を抱えたまま姿を消せば改めて踏み込んだ調査がされる可能性が高い。まずい立場なのは俺も一緒さ」
「それはそうだろうな」
ヴェルムはジグの言葉をあっさりと認め、その上で少し真面目な表情を作って続ける。
「──だがな、小僧。弟子の言い分ではないが、お前は少し見切りが早すぎるように思うぞ。実行犯である以上、吾輩たちがこの店から距離を取るのは止むを得まい。だが貴様はそうではないのだ。今の理由にしても、貴様が本気で誤魔化そうと思えばやりようはいくらでもあるだろう?」
「…………」
「貴様がここでの商売にやりがいを感じていたのは吾輩たちも理解している。だから言っておるのだ。どのような選択をするにせよ、言い訳はするなよ」
「言い訳って──」
「今更言わせるな。貴様がこれまでどのような生き方をしてきたのだとしても、結局人は自分を幸福にするために生きているのだ。そこには権利も義務も、資格も意味も価値もありはしない。だからそこに妥協はするな、と言っておるのだ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………」
ミモザは自室のベッドにうつ伏せになり、顔をシーツに押し付け、湧き上がる感情や思いを押し殺していた。
先ほどジグたちにああは言ったが、両親の店を守るためには彼らに犠牲になってもらうしかないのではとの思いがないわけではなかったし、口にした彼らに対する情も嘘ではなかった。今更彼らの助けなしに知らない人間と組んでやっていける筈がないという不安もある。
ジグたちの前では触れなかったが、姿を見せないサラに対する不信や疑念、怒り、信じたいという気持ちは彼女の頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合って渦を巻いており、一度考え出せば頭と胸とがパンクしそうだった。
どうすればいいのだろう?
何を選ぶのが正解なのだろう?
彼女の心は答えの無い思考の海にどっぷり沈んでいき──
──トントン
「……お嬢様。アイシャですだ。少しよろしいだか?」
 




